(第七話) 哀れ忠信の最後(一)
義経主従が基治の屋敷にやってきて、春の夜を迎えようとする頃、亡き家臣の忠信の事について泣き崩れる義経に変わり、弁慶がその詳しい忠信の最後の様子を伝え始めた。
佐藤四郎兵衛尉忠信は、打倒・平家の旗揚げをした源頼朝のもとへ馳せ参じる源九郎義経が、当時、身を寄せていた奥州・平泉の藤原秀衡が与えてくれた家臣であり、佐藤兄弟の弟のほうであった。
兄の継信は、平家を相手に一戦交えた屋島の戦いにて、義経めがけて飛んできた矢を、身を挺してその危険を防ぎ、主君のために命を落としたことは前回でふれている。
平家滅亡後、頼朝は義経に対する猜疑心から義経追討の命令をくだした。
義経は、静や忠臣らと共に都から落ちようと、尼崎の大物浦から船で西国をめざして出帆したが、急に天候が変わり暴風雨にあって、もとの浦に漂着してしまう。
その後に義経は藤原秀衡を頼って奥州へくだろうと考え、吉野の山奥へと入っていった。静と分かれた翌日、一行は刺客である土佐坊昌俊の襲撃を受けることとなる。
弁慶は土佐坊昌俊の襲撃の場面を話し始める。
「主君である義経様が頼朝殿から謀反の疑いをかけられているという噂が立ち、世間は不審がります」
木曾義仲と平家を滅ぼすのに大変な役割を果たした義経に、恩賞を下されることこそあれ、 疑いをかけるなどまさに言いがかりに等しい出来事であった。
「これは昨年の春のこと、軍監である梶原景時が船に逆櫓を立てる件について、義経様と口論になったことを、景時は恨みに思い、頼朝殿に幾度か義経様のことを悪く報告していたためでした」
その後に頼朝は土佐坊昌俊を召して、義経の殺害を命じることになる。
九月二十九日、土佐坊昌俊は都に入り弁慶に召されて義経に拝謁することとなる。
土佐坊が遣わされた目的をいぶかしがる義経に、土佐坊は身の潔白を証明するため 起請文を書くことになった。
「神仏に誓ってこの身に偽りはない」
土佐坊は偽りの潔白を証明しようとした。
こうして義経の尋問を逃れた土佐坊は宿所に戻り義経の屋敷を襲撃するための準備を進めることとなる。
この時、義経の愛妾である「静」がものものしい異変に気付き、その様子を義経に伝えることとなるのである。
往来に武者がひしめいて、ただならぬ様子だったのである。
弁慶は続けた。
「かつて平家に使われていた【かむろ】を様子を探りに送るが、そのかむろはなかなか戻らなかったらしいのです」
「その後、召使の女に偵察に行かせると、かむろは土佐坊の門のところで斬り殺され、宿所には 武士どもが具足を整えていたというのです」
その召使の女の報告を聞いた義経は、屋敷にて奮戦し、敵の襲撃を食い止めると主従は住み慣れていた堀川の屋敷を後にする。
この時に襲撃した側の土佐坊は、義経主従に撃たれることとなる。
「この場を立ち去ろうぞ!」
義経主従は吉野の山を目指して、屋敷を後にした。
弁慶は、義経主従が、住み慣れた堀川の屋敷を離れ、奥州めざして逃亡することになった吉野の山中のことから再び話し始めた。
「壇ノ浦の戦いの後の事でございます」
「義経様の兄である頼朝様と不和となって追われる身となった我が主君は、主従らとともに屋敷を離れ、奥州をめざして逃亡を意識し、潜伏先の吉野山にて、敵に囲まれた時の絶体絶命の危機なる状況のときに、佐藤忠信殿は、そのときに殿を努めてくださり、見事、主君である義経様を遠方へ逃がす事に成功なされました」
忠信が主君を逃がすために、命を覚悟してその行動に出たのであった。その後の展開を弁慶が確かめるように話しだす。
「吉野山にて追手を煙に巻いた忠信は、逃げた義経一行も、(おそらく遠くに逃げることができたであろう)という事で、単身、京の都に舞い戻ります」
この忠信の単身、京都を目指して戻った行動には訳があった。その意味を直接聞いていた弁慶がことを細かく伝え始める。
「実は、彼はその都に、愛する人を残したままでした」
かつて京都にいた時に知り合い、その運命が彼を翻弄することになるのである。
弁慶は続けて話す。
「その女性は、四条室町に住む娘で「かや」という名前でした」
追われる身となって、あわただしく都を落ちた忠信は、彼女に、最後の挨拶も無しに別れたままであるので、心残りに思った忠信は思い出のかやの家を訪ねることとなる。
「忠信が彼女の家を訪ねると、その女は懐かしそうに声をかけたかどうかは解らぬが、家に忠信を招き入れたというのです」
「女の出した酒に舌鼓を打ちながら、ひとときのやすらぎに、油断なる隙を覚える状況であったと…」
この油断が忠信を落とし穴に招き入れた。
「その時、忠信は疲れもあって、その心地よさのまま、いつしか眠りに入ったというのです」
「しばらくして、下女に起こされた忠信は、事の重大さに気がつきます」
その状況で下女は言った。
「旦那さん、早く逃げてください。敵が寄せて参ります」
耳を澄ませて聞き耳を立てると、馬のひずめの音と、甲冑
のすれあう音が聞こえてくる。周辺を見渡す忠信であったが、そのかやという女の姿はもうなかったのである。
(騙された!)
そのことの次第に忠信は、その罠の意味を悟ったのであった。
時すでに遅し、忠信の運命は京都の町にてその悲しき定めを迎えようとしていた。




