魔王、第二の人生 〜こんどは人間界に転生したので、世界をリノベします〜
短編小説「転生したら魔王だったので、メラミンとポストフォームで城を建てます」の後日談です。
前作のインパクトを超えることは難しかったですが少し続きが読みたくなった方へ
……ん?
目を覚ました魔王は、天井を見上げた。
「……我が城が、SRC造になっている」
鉄骨鉄筋コンクリート造。
見覚えのない天井材。整然と並ぶ蛍光灯。
壁際には、養生テープの切れ端が落ちている。
そして鼻をくすぐるのは、コンビニ弁当と缶コーヒーの香りだった。
「ここは一体……」
「おい、昼休憩終わってんぞ」
隣から声がした。
……ん?
誰だ、お前は。
我は魔王である。
かつて幾千もの軍勢を従え、勇者どもを恐怖のどん底に叩き落とした、あの魔王である。
……はずなのだが。
「お前、また昼寝してたのか。午後イチで現場行くぞ。カウンターの納まり、確認してこい」
現場。
納まり。
その言葉を聞いた瞬間、魔王の脳裏に無数の図面がよみがえった。
メラミン化粧板。ポストフォーム。木口処理。見付寸法。クリアランス。
「……ふっ」
魔王は笑った。
どうやら、この世界にも我が力を必要とする者がいるらしい。
「よかろう。人間どもの世界も、我が手で作り変えてくれる」
「何ブツブツ言ってんだ。ヘルメット持ったか?」
「……ヘルメット?」
「現場入るんだろうが!」
魔王は立ち上がり、窓の外を見た。
そこには、かつての魔王城とは似ても似つかぬ、巨大な建造物がそびえ立っていた。
SRC造。地上十数階。外壁タイル貼り。
魔王は静かにつぶやいた。
「……まずは、ここの石張りの割付からだな」
こうして、魔王の第二の人生が始まった。
世界征服より先に、現場の納まりを制するために。
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「おい、まずは養生からだ」
現場に到着すると、先ほどの男が魔王に養生シートを手渡した。
「養生……?」
「床や壁を傷つけないように保護するんだよ。材料運ぶ前にやっとけ」
魔王は手渡されたシートを見つめた。
「なるほど。結界のようなものか」
「まあ、そんなもんだ」
男は適当に返事をすると、さっさと現場の奥へ歩いていった。
魔王は床にシートを広げ、テープで固定した。
しかし、どうにも気に入らない。
「……端部の処理が甘い」
貼り直し、角を合わせ、隙間をなくす。
しばらくして戻ってきた男は、養生された床を見て足を止めた。
「お前、初めてにしては丁寧だな」
「当然である。守るべきものを守れぬ者に、城を築く資格はない」
「……変な奴だな」
魔王は返事をしなかった。
この世界では、どうやら防御魔法よりも養生テープの方が重要らしい。
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それから数日。
魔王は現場で様々な仕事を覚えていった。
材料の搬入、下地の確認、寸法の測定、職人への指示。
しかし、どうにも納得できないことがあった。
「なぜ、図面と現場の寸法が違うのだ?」
「そりゃ、建物ってのは図面どおりにいかないこともあるからな」
「設計者は何をしている!」
「設計者も大変なんだよ」
魔王は図面を広げた。
壁の寸法、カウンターの奥行き、天井の高さ。
一見すると問題はない。
だが、実際に現場を測ってみると、壁がわずかに傾いていた。
「……なるほど。壁が敵であったか」
「敵じゃねえよ。躯体の誤差だ」
魔王はしばらく考え込んだ。
そして、図面の余白に鉛筆を走らせた。
「ここを調整すれば、見付寸法を変えずに納められる」
「え?」
「下地を組み直し、こちら側で逃げを確保する。表面の仕上がりには影響しない」
男は図面を覗き込んだ。
「……お前、そんなこと考えてたのか」
「当然だ。見えるところだけ仕上げるのではない。見えないところにこそ、仕事の本質がある」
男は少し黙ったあと、笑った。
「お前、意外と使えるな」
魔王は眉をひそめた。
「意外とは余計である」
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初めて大きな仕事を任されたのは、それから半年ほど経った頃だった。
商業施設の一角に設置する、特注の受付カウンター。
図面には複雑な曲面が描かれ、仕上げにはメラミン化粧板が指定されていた。
ところが、現場に届いた製作図を見た職人たちは頭を抱えていた。
「この寸法でポストフォームを回すのか?」
「曲げのRがきつすぎるぞ」
「木口の処理もどうするんだ。これじゃ仕上がりが汚くなる」
誰もが難色を示していた。
そのとき、魔王が図面を手に取った。
「……ふむ」
しばらく眺めたあと、静かに口を開いた。
「この納まりでは美しくない」
「じゃあ、どうすればいい?」
「曲面の構成を見直す。下地の形状を変更し、仕上げ材に無理をさせぬことだ」
「そんな簡単に言うけどな……」
「簡単とは言っておらぬ」
魔王は鉛筆を取り、図面に線を引いた。
「ここを分割し、こちらで見付を揃える。継ぎ目は視線の流れから外す。木口はこの位置で処理すれば目立たぬ」
職人たちは図面を覗き込んだ。
「……なるほど」
「これならいけるかもしれん」
数日後、カウンターは無事に完成した。
仕上がりを確認した現場監督は、思わず声を上げた。
「すごいな。図面で見たときは無理だと思ったのに」
魔王は完成したカウンターを眺めた。
「ふっ。人間よ。納まらぬものなどない。ただ、納め方を知らぬだけだ」
「お前、ほんとに何者なんだよ」
「魔王である」
「はいはい」
誰も信じなかった。
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それから数年。
魔王は現場で経験を積み、いつしか難しい仕事を任されるようになっていた。
最初は材料運びを命じられていた男が、今では職人たちから相談を受ける立場になっている。
「ここ、どう納めればいいですかね?」
「図面を見せろ」
「このクリアランス、どうしても足りないんです」
「ならば、取り付け順序を変えればよい」
「なるほど!」
「あと、そこに置いてある缶コーヒーは誰のだ?」
「俺です」
「冷めるぞ」
「いや、もう冷めてますよ」
そんなやり取りが、日常になっていた。
そして、いつしか人間界の内装業界には、ひとつの奇妙な噂が流れるようになった。
どんな難工事も納める男がいる。
図面に不可能と書かれた納まりを可能にし、職人たちが匙を投げた現場を、何事もなかったかのように完成させる。
メラミン化粧板の木口は寸分の狂いもなく、ポストフォームの曲面は美しく、シールの仕上がりは芸術の域に達している。
人は彼を、こう呼んだ。
――納まりの覇者と。
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本人はといえば、昼休憩に弁当を食べながら、そんな噂を耳にしていた。
「へえ。そんな職人がいるのか」
「いや、お前のことだよ」
「……何?」
同僚は呆れた顔で、スマートフォンを見せた。
そこには、業界誌の特集記事が載っていた。
『常識を覆す納まりの鬼。伝説の職人に迫る』
写真に写っていた男は、確かに自分だった。
「我が……いや、俺が?」
魔王は箸を止めた。
この数年、人間界を征服するため、まずは建築と内装の仕組みを理解しようとしてきた。
だが、気がつけば現場を任され、後輩を育て、難しい仕事が舞い込むたびに呼び出されるようになっていた。
世界征服は、まだ一度も始まっていない。
「まあ、いいか」
魔王は弁当の最後の一口を食べた。
「この世界も、少しずつ仕上がってきたということだ」
そのとき、事務所の電話が鳴った。
「実は、どうしても納まらない案件がありまして……」
電話口の男は、声を震わせていた。
「図面も現場も、もう限界なんです。どうか、助けていただけませんか」
魔王は静かに立ち上がった。
「よかろう」
その目に、かつて世界を恐怖に陥れた魔王の光が宿る。
「図面を見せろ。話はそれからだ」
――人間界のリノベーションは、まだ始まったばかりだった。




