↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者のいる窓際  作者: 月白ゆう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/25

第25話 勇者の仕事

 雨上がりの朝だった。

 アウグストは珍しく窓際ではなく、騎士団本部の廊下を歩いていた。怪我と風邪の経過報告のため、呼び出されて来ただけの用事である。診療室を出たところで声がかかった。


「終わったか」


 レヴァインが壁にもたれて腕を組んでいる。


「終わった」

「なら来い」

「なぜだ」

「団長命令だ」


 アウグストは何も言わず歩き出した。

 執務室の扉が開くと、セシルが机の前にたっていた。そして視線の先には、山のような書類。

 アウグストは一度だけ見て、見なかったことにしようとしたが遅かった。立ち去ろうとした瞬間、声が飛ぶ。


「待ってください」

「嫌だ」


 レヴァインが吹き出す。


「見ただけで察したな」

「縁談の書類だ」

「正解」


 正解したくはなかった。

 侯爵家、伯爵家、大商会、名門騎士家。整然と積まれた紙の束を見ながら、セシルは疲れた顔で額を押さえる。


「今月分です」

「燃やせ」

「駄目です」

「返せ」

「すでに返してます」

「なら問題ない」

「あります」


 押し問答はどこまでも平行線だった。

 レヴァインが面白そうに肩を揺らす。


「世界救った英雄なんだから、少しくらい興味持てよ」

「ない」


 即答だった。

 アウグストは窓の外へ視線を向ける。訓練場では騎士たちが木剣を振っている。剣の方がずっと単純だった。知らない誰かと結ばれる話より、剣の軌道の方が単純だ。

 セシルの声が再び飛ぶ。


「聞いていますか」

「聞いている」

「聞いていませんね」


 正しい指摘だった。

 やがて諦めたようにセシルが息を吐く。


「今日はもういいです。帰ってください」

「帰る」


 即座に扉へ向かう。


「待て」


 今度はレヴァインだった。嫌な予感がする。


「訓練、付き合え」


 十分後、訓練場。

 若い騎士たちは期待に満ちていた。勇者と手合わせできる機会など滅多にない。

 二十分後には、そのほとんどが地面に倒れていた。


「遅い」

「はい!」

「甘い」

「はい!」

「考える前に動け」

「はい!」


 返事だけは妙に元気だった。


「今日、やけに厳しくないか」


 セシルも腕を組む。


「確かに普段より容赦がないですね」


 気づけば訓練場に立っている者はいなかった。

 アウグストは首を傾げる。


「弱いな」

「お前基準で語るな」


 即座に返された。

 帰り道、レヴァインが隣を歩く。


「で、機嫌悪いのか」

「悪くない」

「そうか。道具屋行くんだろ」


 足がわずかに止まる。ほんの一瞬だけだったが、レヴァインは見逃さなかった。


「行く」

「だろうな」


 からかうような声だった。

 だが空を見上げると、日は傾き始めていた。閉店には間に合わない時間だ。少し考える。ほんの少しだけ。


「帰る」


 そう言って方向を変えた。


「珍しい選択だな」


 レヴァインの声を背に、王都の大通りを進む。

 邸宅はいつも通り静かだった。

 広い廊下を歩いても、耳に入るのは自分の足音だけだった。ふと、工具を削る音が頭をよぎる。

 もちろん聞こえるはずもない。本を読んでいても、時間を区切る声はない。それが当たり前のはずだった。今までは気にならなかった。


 その夜、読みかけの本を開く。犬のしおりが挟まれている。指先で軽く触れ、外してページをめくる。旅人はすでに次の街へ進んでいた。少しだけ安心する。本を閉じ、しおりを戻す。ふと、窓際の席が浮かぶ。静かな午後、薬草の香り、工具の音、窓から差し込む光、木彫りの犬。アウグストは静かにしおりを見つめる。

 明日は図書館へ行ってみようと思った。本がたくさんある場所らしい。……道具屋からも近かった気がする。どんな本があるか気になっていた。

 しおりを挟み直して本を閉じる。

 小さな犬は、本の間で静かに眠っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。