過去編 アーサーとエリスの出会い
「みなさん。始めまして。アーサー・ウォードと申します」
すり鉢状の教室、そこでアーサーは授業をしていた。
「年齢は21歳。専攻は土魔法。アルカディア魔法大学で博士の資格を持っています」
アーサーが言うと生徒たちからどよめきが起こった。
「アルカディア魔法大学って超一流の大学じゃない」
「結構カッコいいし、あたしタイプかも」
「あの歳で博士って結構凄くない?」
女子学生が値踏みをするようにアーサーを見る。エリスはそれを呆然と聞いていた。
エリスはショックを受けていた。先程の授業でだまし討ちに近い形でレイモンドに体を触られてしまったのだ。レイモンドに背中から抱きしめられ、手を握られた。
ゾッとするような体験だった。エリスの心に色んな苦い想いがこみ上げる。
レイモンドに対する嫌悪感。
でも、教師を尊敬しなければならないという矛盾する想い。
ジュリアに助けられてまともにお礼も言えなかった後悔。
あの時まともに声が出せず、レイモンドが自分の体を触ることを許してしまったという自己嫌悪
自分では上手くできたと思っていたケルピーを非難された悲しさ
そして、なんだか自分の体がまるでモノのように感じた。
自分の体がまるで薄汚れてしまったように感じた。
なぜだろう。自分でも分からなかった。自分の体がまるで自分のものではないような感じがした。どうしてあの時声を上げることが出来なかったんだろう。自己嫌悪。吐きそうな想い。そんな想念がグルグルとエリスの頭の中を渦巻いていた。
「みなさんもご存知の通り、土魔法は最強です」
アーサー先生が言うと学生たちから笑いが起こった。学生たちは土魔法が最弱であることを知っているからだ。
属性魔法で1番強力なのは炎魔法だった。ほとんどの英雄たちも炎魔法の使い手だった。使い勝手がいいのだ。炎はどんな敵にも通用するからだ。土魔法はゴーレムで相手を殴るくらいしか使い道が無かった。
「なぜ、土魔法が最強なのかお伝えします。それは我々は常に大地の上にいるからです。つまり、土魔法は触媒に事欠かないのです。炎魔法は火花を散らし、それを触媒にして巨大な魔法を召喚します。水魔法は大気中の水分を触媒にして発動します。だが、土魔法は目に見える大地そのものを触媒に出来る。我々が地を這う生き物である限り土魔法が我々にとって最も効率のいい魔法なんです」
アーサーが言う。学生たちから親和的な笑いが起こる。アーサーがふざけていると思っているのだ。
「そして、土魔法は土にあるもの全てをコントロールする魔法。発展させたら樹木魔法や宝石魔法などにも応用できます。例えば……そうですね。この机」
アーサーが教卓を叩く。するとその教卓から植物の芽が出てきた。そして、あれよあれよといううちに教卓から小ぶりな木が生えてきた。
「おおお!!」
とどよめく学生たち。エリスは目を見開いてアーサーの魔法を見る。
教卓から出た木は長さ2メートルくらいで止まり、枝からリンゴの実を実らせた。アーサーはそのリンゴの実をむしり取る。そしてサクッ! っとアーサーはそのリンゴの実にかぶりついた。
「これが土魔法です。土魔法を極めれば土を肥やし木々にその栄養を吸わせることが出来る。そして、こんなに美味しいリンゴの実を食べることが出来ます」
アーサーが言うと学生たちから笑いが起こり、その後拍手が起こった。
エリスは思った。凄い。この先生。魔法の能力もそうだが、教え方の上手さ。そして生徒たちを魅力する力。今日出会ったばかりなのに生徒たちは全員この新人教師のアーサーに惹きつけられていた。
心の片隅で思っていた。だが、諦めていた。もし、こんな先生が居たら……と。人として尊敬できる人が教師だったら……
でも、現実の教師はレイモンドだった。だから、エリスは心の中で諦めていた。大人に期待することを。そして受け入れていた。あんなレイモンドでも反面教師にはなるかも知れないから。大人なんてそういうものだと。
だが、目の前にいるアーサー先生はまさに理想の大人そのものだった。エリスの憧れそのものだった。エリスは思った。このアーサー先生のことをもっと知りたいと。
「そして、これも応用です。土に還れ」
アーサー先生が卓上から生えた木にそう命令すると木は急速に枯れ始めて、カラカラになったかと思えば、机に吸収されるようにして消えた。
「おおお!!」
とどよめく生徒たち。本当に凄い。ここまでの魔法制御の力を持っている人を見たことが無かった。エリスは誰かが魔法を使っているところを見て初めて美しいと思った。
「先生。ですか、それがなんの役に立つんですか」
ニヤニヤしながら男子学生がアーサー先生に質問をする。あの男は……クラス委員のフィン。フィンは席に座り、取り巻きたちに囲まれながらニヤニヤとアーサー先生を見下ろしている。
「先生の魔法が素晴らしいのは分かりました。ですが、それはただの大道芸と一緒ですよね。子供たちを誤魔化しているだけに過ぎません。僕達は実践で使える魔法が学びたいのです」
フィンはそう言う。おおお……とクラスからどよめきが起こった。
「なるほど。君の名前は?」
アーサー先生が聞く。
「フィンです」
「フィン君だね。分かった。では、フィン君はなぜ僕が使う魔法が実践的ではないと思うんだね」
アーサー先生が聞く。
「あっ……うっ……それは」
「じゃあ質問を変えよう。木々を生み出し、そして木々を枯らす。その魔法を有効に使える状況。それはどんな状況かな?」
「う……そんな質問をして卑怯ですよ……そんなの先生が教えないといけないことじゃないですか」
フィンが言う。
「そうでもない。フィン君。答えをただ教えるのは三流の教師だ。僕が教え、君がそれをただ聞く。そんな授業はしたくない。では僕が仮に嘘をついていたら? その嘘が正解になるのか? そんな訳はないだろう。覚えることよりも、考えることで初めて知識は身につくのだ。フィンくん。考えてみよう」
アーサーはフィンにそう言う。学生たちはどよめく。
フィンの表情に焦りの色が見える。
そうだ。やっぱり違う。エリスは思った。今までの教師と違う。これがレイモンドだったら、フィンを怒鳴り散らして終わりだった。教師の言うことを黙って聞いておけ! それがレイモンドだった。他の教師も大差なかった。
全く先生らしくない、でも、先生らしい先生。目の前のアーサー先生はそんな先生だった。
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