受け継がれる勇気
遠くの空にドラゴンの群れが見える。巨大な黒い雲だと思っていたものが街を滅ぼさんとやってくるドラゴンの群れだった。
俺は走る! グン! っと街の光景が後ろに下がる。俺のレベルは急速に上がっていた。もちろん素早さも。俺は風のようなスピードで街の駆け抜けていく。
「あんさん。ちょっとええか?」
ミヤビの声が腰に下げた村正から聞こえてくる。
「どうした?」
「もうさっきのドラゴンの光弾を吸収した時のようなマジカライズは使えへんえ。休まんとあかん。魔術回路が悲鳴を上げているからな」
ミヤビが言う。
確かに。俺は走り出したいくらいのみなぎる力に満ち溢れているが、それと同時に体に痛みも感じていた。
「それにもう一ついいたいことが……」
ミヤビがそう言いかけた。
「えっ?」
俺はダッシュで走っていた……が……え? 壁?
「えっ? あ! あああああああああ!!!!!」
俺は路地を曲がりきれずに民家の壁にぶち当たった!
「あああああああああああ!!」
ドゴッ! ドゴゴゴゴ!!
俺は次々に民家の壁をぶち抜いて、それでようやく俺は止まった。
「いてててて……」
俺は痛みを感じながら起き上がる。
「えっ? 怪我一つしてない! すげえ!」
俺は自分の体を触り怪我がないことを確かめる。そしてピョンピョン飛び跳ねる。
俺は俺がうっかりぶち抜いてしまった民家の壁を見る。まるで大砲の弾で撃ち抜かれたような大穴が一直線に並んでいた。
「ひっ! ひぃ!」
そこに住んでいた住民が俺を怯えた表情で見る。
「あ! 違います!」
俺は言う。
「ひっ! えっ?」
住民は怯えた表情で俺を見る。
「これリフォームです。この家ちょっと換気が悪かったので。で、どうですか? 気に入りましたか?」
俺は笑顔で言う。
「えっ? は、はい……」
住民はブチ抜かれた壁の大穴をチラチラ見ながら言う。
「お値段はタダでいいです。では急いでますので」
俺は言う。
「あ……はい」
「じゃ!」
俺はまた走り出した。すぐさま風のように駆け抜ける。
「うわぁ!! 焦った! でも上手く切り抜けられた!」
俺は言う。
「あんさん! 無茶苦茶やな! さっきの人ら怒ってはるで!」
ミヤビが呆れたように言う。
「なんだか……力を持て余してるみたいで」
俺は言う。
「そやねん! それがうちが言いたかったことや。急激にレベルが上がってるやろ? 自分の強さを制御できてへんねん」
ミヤビは言う。
「そうか! じゃあ!」
俺は城壁の前に立った。この城壁を抜けると外になる。
「そや! 今ならこの城壁もジャンプして飛び越えられるハズやで!」
ミヤビが言う。
「そうか! うおおおおおおお!!!!」
俺は走り出した! そしてバコン!! 吹き飛ばされる城壁! 俺はそのまま走り、城壁を突き破って外に出る!
「って! おーーい!!」
ミヤビが突っ込む。
「壁突き破ってどうすんねん!」
ミヤビが言う。
「いや! 全然怪我してない! 凄い!」
俺は自分の体を触って怪我がないことを確かめる。
「もう……ホンマ無茶苦茶やなぁ。でも、あんた……ホンマに魔王様になったんやなぁ。社会のルールなんて通用せえへんホンマの魔王様に」
ミヤビは言う。
「なんだか……生まれ変わったみたいで……早くこの力を使いたいんだ!」
俺は走りながら叫ぶ。
「そっか。民家や街の壁も無駄に壊したことやし、絶対街を救わなあかんえ」
ミヤビが言う。
俺はドラゴンの大群を見ながら言う。
「もちろんだ!」
◇
貧民街の町娘サシャはアーサーが走り去るのを見ていた。あのドラゴンの大群に一人で戦おうとするアーサーを。
ドラゴンプリーストの声が響く。
「ドラゴンは神である! 誰一人抵抗してはいけない! 今! 我々の罪を贖うときがきた! 我々はドラゴンの聖餐となるのだ!」
ドラゴンプリーストが叫ぶ。
サシャは迫りくるドラゴンの群れを見た。
「駄目だ! このままじゃ! 私にも……!」
サシャはそうハッキリと呟くと街の広場まで向かって行った。
サシャは街の広場でたむろしている人たちに告げる。
「みんな戦おう! ドラゴンと!」
サシャは叫んだ。すると広場にいたみんなから一斉に注目される。そしてその直後広場のみんなから
「ギャハハハハハハ!!」
と爆笑が起こった。
思わず笑われたサシャは広場にいた男たちを睨む。
「サシャ! お前気でも狂ったのか? ドラゴン相手に闘うつもりか?」
ボロボロの服を身にまとった男がサシャに失笑しながら言う。
「そうだよ! 私達にもできるハズ! みんな見てたでしょ! あのドラゴンを倒したあの人を! 私もあの人も同じ人間だよ! あの人に出来るのなら私達にもできるハズ!」
サシャは叫ぶ。
サシャが話してる最中も男たちは笑いを堪えきれずにギャハハハハハハと失笑している。
「みんな! なにがおかしいの! 自分たちを守るために! この街を守るために! 戦うのかそんなにおかしいこと?!」
サシャは言う。
するとボロボロの服を着た男が一人サシャの前に歩み出た。
「お前……俺たちは見捨てられたんだぞ。俺たちは一級市民様を逃がすための時間稼ぎなんだよ! 第一お前になにが出来る! ひ弱な女じゃないか! 武器さえロクに扱えないだろ! なにも分からないお前は黙っていろ!」
ボロボロの服の男が言う。
するとサシャはその言葉を聞いて泣きそうになる。そしてキッとその男をにらんだ。
「じゃあ! このまま黙って死んでおけって言うの? 私達が誰かの犠牲になるべきだって! そんな人たちの理屈を受け入れないといけないの?! そんな人たちの正しさを受け入れないといけないの?!」
サシャは叫ぶ。男はサシャのあまりの勢いに後ずさりする。
「でも……俺たちにはなにも出来ない……」
「国王が言ったんだ! 俺たちは聖なる生贄だだって! ここで死ねば俺たちの魂は天国に行くんだって!」
「無理だ……戦い方なんて知らない」
「出来ないよ……死ぬだけだ……」
広場に集まっている男たちが言う。
「この貧民街には何千人もの人が集まっている! なにかできるハズだよ! 絶対!」
サシャが叫ぶ。
「無理だ! ふざけるな! 兵士たちが見張っている!」
「そうだ! そうだ! 俺たちにできる事なんてなにもない!」
「ふざけるな! 出来もしないことを言うな!」
大声で男たちは言う。その男たちの声が大きくなりサシャに向けられた凄まじい罵声になる!
そうだ!
そうだ!
そうだ!
男たちの叫び声が聞こえる。
「うるせぇ! みっともねぇぞ! テメェら!!」
ドンッ! っと壁を殴る音が聞こえた。みんな一斉にそちらを振り返る。そこには冒険者ギルドの長であるディドリッグが居た。
「そこのお嬢ちゃんの言うとおりだ。みんなドラゴンに怯え過ぎだ。臆病風に吹かれていたら勝てるものも勝てない。あのブラックドラゴンにも弱点はある。氷だ。あの分厚い鱗を剥がして氷属性のアーティファクトで魔法を流し込めばお前らでも倒せる!」
ディドリッグは言う。
「鱗を剥がすってどうやってだよ!」
男たちは言う。
「それは……」
ディドリッグは言葉に詰まる。
「ほら! やっぱり出来ないじゃないか!」
「適当なことを言うな!」
「じゃが……ここに向かってきておるのは生まれたてのドラゴンだと聞くのう。だったら鱗もそんなにブ厚くないハズじゃ……」
貧民街の老人が言う。
「でも……」
「みんな! 出来るよ! 私達にも!」
サシャが叫んだ。群衆がサシャを見る。
「でも……」
まだ煮えきらない群衆たち。
「出来るよ! 私達にも! 私は絶対に嫌! ここで黙ったまま死ぬなんて! みんなだってそうでしょう? 戦おう! 戦って明日を掴み取ろう! ドラゴンに怯えることのない明日を! 自分を蔑ろにしない明日を!」
サシャは言う。
観衆はいつの間にかサシャのスピーチに魅せられていた。
「私達は今まで蔑ろにされてきた! 私達は不要な存在だと言われてきた! でも違う! 私達はこの街に必要な存在なんだ! 私達がこの街の未来を作るんだ! 私達がドラゴンを倒し! 私達がこの街を救うんだ! 街を逃げ出した一級市民と、街のために戦う私達! どっちが本当に必要な存在なのか! ドラゴンを倒し! この街の人々に思い知らせよう!」
とサシャが檄を飛ばすと
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」
と凄まじい歓声が群衆から響いた。
「よしっ! 冒険者ギルドに武器が置いてある! みんなで戦うぞ!」
嬉しそうな顔でディドリッグが叫んだ。
「よしっ! みんな行くぞ!」
サシャはそう叫んだ。
そして心の中で思った。
アーサー。ありがとう。私達に勇気をくれて、と。
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