急襲するドラゴン
空は絶望の色に染まっている。ドラゴンが一匹モントバーンの空を舞っていた。
「ひやぁ!」
レオモンドがそれを見て叫ぶ。悠々と空を飛ぶブラックドラゴン。デカい。昨日エリスが退治したドラゴンより二倍くらい大きい。
ドクン……! 心臓が跳ね上がる。あの時の記憶が思い起こされる。無力で強大な力の前でただ震えるしかなかった幼いころの記憶を。
「大丈夫や。あんさんにはあのドラゴンを倒すだけの力が備わってるハズや」
村正からミヤビの声が聞こえる。
「街の人々の避難はまだ済んでない! 全員で街の人々を守るんだ!」
デイドリッグが叫ぶ。
すると残った街を守護するチームの面々は反応が鈍い。
お互いに顔を見合わせている。
「キャーーーーー!!!」
街の人々が走って逃げている。
ウーーーーーーーーーー!!! ウーーーーーーーー!!!
サイレンが鳴る。
「住民の方々は安全な場所に避難してください。住民の方々は安全な場所に避難してください!!」
「で……どうやってあのドラゴンと戦うんだ……」
誰かが一人ポツリと呟く。
兵士たちはドラゴンに向かって弓矢を撃っているがまるで当たらない。それどころかドラゴンに届く前に空中で失速している。
「ゴオオオオオオオオオオオオ!!」
ドラゴンは口から光弾を放つ! それが城壁に当たりボゴォン! と城壁が崩れる。
続いてドラゴンは尻尾で教会の塔を横薙ぎにした! ドゴン! 凄まじい衝撃音が鳴ると教会の塔はまるで内側から爆発でもしたかのように粉々に吹き飛んだ。
「ひぃいいいいい!!!! あんなの無理だ!」
レオモンドが叫ぶ。
「なぁ! 俺たちは剣士なんだよ! ドラゴン相手じゃ分が悪いんだよ!! なぁ! 魔術師行けよ! なぁ!」
レオモンドがガクガク震えながら叫ぶ。
「オメェら! 一体何しに来たんだよ! 一流の冒険者様じゃねぇのか!」
デイドリッグが斧を持って叫んだ。
「俺は司令官タイプなんだよぉ! 面倒くさいことはテメェらでやってろよ! 俺は安全な場所からお前らに指示する! 行けよ! お前ら!」
レオモンドは狂ったように言った。
「お前!」
デイドリッグが叫ぶ。
「俺ら『雷光のライトニング団』はもうこの戦いに付き合えない。オイ! お前ら行くぞ!」
と言うと
「ハイッ!」
「分かりました!」
と『雷光のライトニング団』のメンバーがレオモンドに従う。
「じゃあな! 死ぬならお前らだけで死ねっ!」
と言ってレオモンドはその場から逃げ出した。
「俺らも無理だ……」
「なんだよ……あんな化け物勝てるわけねーだろ!」
「聞いてねーぞ! あれだけ大きいなんて!」
冒険者たちが口々に叫ぶ。
「大丈夫だ! これだけ人数がいれば倒せなくても撃退できる! まずは注意を引き付けるんだ! 相手は一匹だ! 街の人々を守れ!」
「悪いけど……俺は抜けるわ……」
「命あってのモノダネだからな」
「悪いな。デイドリッグ!」
と言って冒険者たちは次々に逃げ出して言った。
「おい! お前ら! クソッ!」
デイドリッグが叫ぶ。
いつの間にか残されているのは俺とデイドリッグだけになっていた。
「二人だけになっちまったなぁ。まぁ臆病者はいらねぇわ。期待してるぜ。アーサー。お前なら大丈夫だ」
デイドリッグが俺の肩に手を置く。
「あ、あぁ……そうだな」
俺は答えた。
すると! ドシン! ブラックドラゴンが逃げ出したレオモンドたち『雷光のライトニング団』の前に降り立った!
「ひぃ!」
叫ぶレオモンド。
ヒュッ! っとドラゴンは息を吸い込むと
「ゴオオオオオオオオオオオオ!!!!」
レオモンドたちに強烈な炎のブレスを吐いた!
「えっ? 嘘だろ……」
炎に一瞬にして焼かれるレオモンドたち。
「ぎゃああああああああ!!!」
「ああああああ!!!」
燃やされて黒焦げになるレオモンドたち『雷光のライトニング団』
「!!」
俺の右手の薬指が熱い!
すると右手の薬指からレオモンドとゲッシュの誓いをした際に出来た紋章がスッ……っと消えていく。
「死んだか。あいつ」
デイドリッグは俺の手を見てそう言う。
「あのドラゴンに感謝しないとな。あの臆病者のクズを殺してくれて。あいつにはこの戦いの舞台はふさわしくない。退場してくれて良かったぜ」
デイドリッグは斧を握りしめながら言う。
ドシン! ドシン! ドシン!
ドラゴンが近づいてくる。
駄目だ。体が……足が震える。
怖い。
逃げ出したい。
嫌だ! 死にたくない!
「アーサー。お前。どんな魔法が使える?」
デイドリッグが俺に聞く。
「えっ?! あっ! つ……土魔法だけど」
俺は驚いてデイドリッグを見る。
「よしっ! 俺がこの斧で直接叩く。アーサーは魔法で援護してくれ」
「あぁ」
俺は返事をする。
駄目だ。二人とも殺される。勝てない。違うんだ。人間が太刀打ち出来る相手じゃないんだ。倒せるのは特別な能力を持った英雄だけだ。エリスやミラーカのような。俺じゃない。
過去の記憶が俺を襲った。焼かれたシモンと助けようとした男。そうだ。いつだって死んでいくのは勇気のある人間からだった。善良な人間からだった。
だが俺は……
俺はそっちの道を選ばなかったんだ! 自分には才能が無いって分かったから。俺みたいな奴が戦場にいたら周りの迷惑になる。そう思って俺は教師としての道を歩んだハズだ。
だが、目の前に迫る運命が……このドラゴンが悪夢のように俺を追いかけてくる。夢の中でも現実でも俺はこいつから逃げることが出来ない。
このドラゴンに立ち向かう勇気を……
ドラゴンが目前にまで迫った。巨大な黒い体。火を吐く口。そして強烈な破壊力を持つ尾。
駄目だ。
足がすくむ。
こいつは災害なんだ。
人は災害には勝てない。
ただ、逃げて逃げて逃げ続けることしか出来ない。
「よしっ! 行くぞ!」
デイドリッグが言う。
「無理だ」
俺はかすれる声で言った。
「えっ?」
「ごめん。デイドリッグ! すまない!」
俺は叫んでその場から逃げ出した!
「嘘だろ……おい!」
デイドリッグの声が聞こえる。俺は逃げ出した。
一人取り残されるデイドリッグ。巨大な影がデイドリッグに迫る。だが、バサッ! バサッ!
ドラゴンはデイドリッグを相手にせず空に飛び立った!
「はぁ……! はぁ……!」
俺は全力で走る。逃げろ! 逃げろ! あんなのには勝てない! 勝てないんだから!
「なぁ! ミヤビ! 助けてくれ!」
俺は村正に呼びかけるが返事が無かった。
「クソッ!」
俺は路地を曲がりとにかくドラゴンから逃げる。多くの人々も俺と同じ方向に逃げていた。
「キャーーー!!」
「助けてーーー!!」
逃げ惑う多くの人。
「ママーー!! ママーー!!」
子供の泣き叫ぶ声が聞こえる。俺はふと、前の方を見た。小さな男の子が一人取り残されて泣いていた。母親とはぐれたのだろうか。
ウーーーーーーーー!!
ウーーーーーーーー!!
と鳴るサイレン。
俺は子供のそばを走り去る。誰かがあの子を助けてくれるだろう。俺じゃない誰かが……そうだ。勇気のある誰かが助けてくれるだろう。
俺はふと足を止めた。
「キャーーー!!」
「あああああ!!!」
逃げ惑う人々。
勇気のある誰か? それでいいのか? それは本当に正しいのか? 本当にそんな人が来るのか? 俺はその人に責任を押し付けて自分だけ逃げるつもりか? 俺は子供の方を振り返る。
するとドシン!! ドラゴンが泣いている子供のそばに降り立った。
俺とドラゴンが子供を挟んで向かい合う!
駄目だ。あの位置じゃ子供が殺される。俺も早く逃げ出さないと殺される。
俺はドラゴンに背を向けて走り出そうとする。だが、泣いている子供に一人の男が駆け寄った!
「ノア! 今助ける!」
男が一人子供を助けようとする!
ドラゴンの口が大きく開く。もうすぐあの口から光弾が飛んでくるだろう。駄目だ! あれじゃ二人とも死ぬ!
俺は……
俺は……
クソッ!!
俺は泣いている子供の方に走り出した!!
助けるんだ! 二人とも! 今度こそ!
なにを考えてたんだ! 俺は!
そのために今まで鍛えて来たんだろう!
そのために大人になったんだろう!
他の誰かじゃない! 俺が誰かを助けるんだ!
「ゴオオオオオオオオオオオオ!!!」
ドラゴンの強烈な光弾が子供と駆け寄った男に襲いかかる!
俺は子供を守るようにその光弾の前に立ち塞がった!
そして!
マテリアライズ! 地面に手をつく!
俺は全魔力を集中して地面から壁を出現させた!
ドゴン!!!
俺が作った壁にドラゴンの光弾が衝突する。
俺は俺が作った壁を抑え込む! 必死で壁に魔力を集中させる!
子供は? 俺は振り返る。無事だ。子供は泣きやんで俺を見ている。
「早く逃げろ!!」
俺は叫んだ。
「分かった!」
と男はノアと呼ばれた子供を抱きかかえて逃げた。
「ゴオオオオオオオオオオオオ!!!」
「ぐぐぐ……ぐ」
俺は必死で魔力を集中させて壁を維持する。
俺が作った壁はもう真っ赤になっている。
ドラゴンの光弾が強烈な熱で壁を溶かし始めた。
壁はもうすぐ崩壊するだろう。だが、それでいい。自分の勇気で誰かを助けられた。それでもう十分だ。
「ゴオオオオオオオオオオオオ!!」
ドラゴンの咆哮が更に強まった! 壁が崩壊した! 俺はドラゴンの光弾による光に包まれた。
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