6話 「濁った鮮血」
嫌な音がした。何かを訴えているような音だ。
むせかえるような異様な臭いが嗅覚を刺激する。
「まさかっ…!?」
それは二足歩行でゆっくりと近づく。草むらから顔をだしたそれは多分人間ではない。
「ゾ、ゾンビッ…!!!」
二人の視線が一斉に同じ方向へ向く、体中が危険だと信号を送っている。
ウガァァァァァァアアアアアッ!!!!!
それは獲物を狩る鷹のような目をこちらに向け、虎のような咆哮をあげる。
「おっ…おいっ!?こっちに来るぞ!?」
汚ならしくよだれを垂らす。その口元は笑っている。
「にっ逃げっ…!!!」
足が震えている。すくんで動くことができない。
そうしている間にも一歩、また一歩とジリジリと詰め寄ってくる。
ついに手を伸ばせば届く範囲まで来てしまった。
「うっ…うわぁぁぁぁあああ!」
俺はシャベルを降り下ろす。が…
「う、嘘だろ…?」
シャベルは確実に当たった感触があった。しかし、肝心のそれはびくともしていない。
「かてぇ…固すぎる…!」
「イヤァァァァァァァアアアア!!!!」
不意に後ろから叫び声がする。
それは、もう1体いたのだ。
あゆみは腕を押さえ、抵抗出来ないでいる。
「くそっ…!!」
目の前のそれを蹴り飛ばす。ふらつきながらそれは倒れる。
どうやら体は頑丈だが、バランスはとりにくいらしい。
すぐにあゆみの元へ走る。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおっっっ!!!」
シャベルの先端でそれの首を突き刺し木に押し込む。
手足をジタバタと動かす。その動きはまるで虫が死の直前に見せる最後の抵抗に似ていた。
「やっ…やったか!?」
それは突然動くのをやめた。その顔はニヤリと笑ったかのように見えた。余裕すら感じられた。
冷や汗が流れるのを感じた。ここで殺らねば殺されると直感した。
「くっ…うおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!!」
グシュアッ!!!
首が吹き飛ぶ音がする。それと同時に吹き飛ばされた場所から勢い良く濁った鮮血が噴き出す。汚ならしく、赤々しい血が花火のように溢れ出す。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
俺は殺ってしまったのだ。人間のように見えるそれを俺が殺したのだ。
ゴソッ
後ろで音がする。
先ほどまで倒れていたそれが起き出したのだ。
「あゆみっ!!!逃げるぞっ!あいつはそんなに速くない!」
「わっ…わかった!」
俺はあゆみの手を握りしめ、振り返らずに逃げ出した。
どれくらい走っただろうか、自分でもわからなくなる。
突然、右手に握られている感覚がなくなる。その代わりに感じたのはあゆみの体重だった。
「あゆみ…?」
あゆみの顔が蒼白くなって倒れている。そして目に入ったのは…
「あゆみっ!?腕がっ…!?」
猛獣が引っ掛かいたような深く、紅い爪跡。
「さっきのでやられたのか…!?」
何も道具がない。治せるようなものは何もない。
せめてものと自分の来ていたYシャツの袖をちぎり、腕にまく。
「ダメだっ…こんなの意味がない…」
ちょうどその瞬間だった。聞き覚えのある音が空を支配する。
「ヘリコプター…じゃないか!?」
そのヘリコプターはまさに頭の上を通りすぎようとしている。
「おいっ待ってくれ!」
あゆみを抱き抱え、力を振り絞りヘリコプターを追いかける。
ヘリコプターを追いかけているうちに広い草原のような場所に出る。
「おーいっ!こっちだっ!こっちだってば!!!」
無情にもヘリコプターは通りすぎてしまった。
「くそっ…!なんでっ…どうしてだよっ!!!」
希望が絶望にかわってしまった。奇跡など起こらなかった。
その時…
バリバリバリバリバリバリ…
再び、同じ音が空に鳴り響く。別のヘリコプターだ。ヘリコプターは一台ではなかったのだ。
もう一度、力を振り絞る。
「おーい!こっちだっ!」
手を空に向かって精一杯ふる。
絶望が希望に打ち負けた瞬間だった。
ヘリコプターは二人の元へ降りて行く。
安心した俺は思わず、地面へと倒れた。
投稿ペースが下がっていたので少し多めになっています!