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石版の魔女  作者: チカ.G
その後編
72/72

22. 最終話 - また会いましょう

 あっという間だった、と美月は思う。

 ドナヴァンの家族と会う事もでき、多分彼の嫁として許容範囲、と思ってもらえた気がする。

 もしかしたら気に入ってもらえたかもしれないな、と思えた時もあった。

 そういう時は大抵構われすぎて、どうしていいか戸惑ったほどだった。

 それでもそうやって構ってくれて、気を使ってもらえた事が嬉しかった。

 けれどそんな楽しい日々も、ついに終わりだ。

 今日、これから自分の家に帰らなければいけない。

 少し涙目になりながら、自分の甥っ子や姪っ子と抱き合っている美月を見て思わず苦笑いを浮かべていると、アルフリーダとルルーシアがドナヴァンの両脇から腕を絡めてくる。

 「絶対にまた来なさいよ」

 「すぐに来てもいいんだからね」

 「なんならミッキーだけ置いて、あなただけ帰ったっていいんだから」

 「ミッキーは連れて帰るに決まってるだろ」

 何言っているんだ、とブツブツ言うと、両脇を固めている母親たちがムゥっとした顔をするが、そんな事はドナヴァンの知った事ではない。

 「もうっっ。あんないい子、絶対に大事にしてあげるのよ」

 「そうそう、向こうに戻ったらあんたしか頼る相手がいないんだから、ちゃんと面倒みてあげるのよ」

 「俺だけって・・・バトラシア様たちもミッキーの事は気に入っているんだ。いつだって彼女の味方になってくれるよ」

 「私たちが味方になってあげたいのっ。んっもう、ほんっとうに女心が判らないんだから」

 美月の心配をする母親たちを安心させるつもりで、リンドングラン領の領主夫婦も美月の事を気にかけているから、と伝えたのだが薮蛇となってしまったようだ。

 「王都にある大神殿のファルマーニャ様がミッキーの後見人なんだから、何かあるわけないだろう? 彼女に手を出すという事は、王都の大神殿を敵に回す事になるんだから」

 「それでもよっ。だって、みんながみんなミッキーの事を知ってる訳じゃないんでしょ?」

 「だから、心配なの。それだけじゃなくって、また会いたいの。だから連れてきて」

 「判った判った。向こうに帰ってからミッキーに聞いてみるよ。彼女も1−2年に1回は大神殿に行ってファルマーニャ様に会う事になっているから、そっちの日程の事も鑑みてって事になるけどね」

 とはいえ美月はアルフリーダたちに言われると断らないだろうな、とドナヴァンは思っている。

 なんせ彼女はドナヴァンに「いいご両親たちで良かった」と言っていたのだから。

 「大体そんなに会いたいんだったら、そっちが来ればいいだろ? どうせ2−3年に1回は王都に行っているんだから、ちょっと遠回りしてうちに寄ればいいんだよ」

 「・・・そうねぇ・・・」

 「それにどうせラルがすぐに来ると思うよ? あれだけ興奮してジローを見てたんだから、すぐにでも荷物をまとめてくると思うな。だから、彼が来る時に便乗してくればいいよ。そうすればラルだってバトラシア様への挨拶をごまかす事が出来なくなるから、こっちとしては助かるよ」

 「なるほどねぇ・・・」

 ドナヴァンにも仕事があるのだ、そうしょっちゅう何週間も休みをとる訳にはいかない。

 だから母親たちの方から来てくれれば助かるのだ。

 それに、とドナヴァンは思う。

 もし本当にラルウレーンがやってくるのであれば、ある程度目を光らせておかなければいけない。

 彼は研究バカだから領主に挨拶などという事に思い至る事もなく、いつものように突っ走って自由気ままに行動するだろう。

 バトラシアは気にしないだろうが、だからといって挨拶なしという事を許してしまえば、他者に示しがつかなくなってしまう。

 それに母親たちが出てきても立場上バトラシアたちに挨拶をしない訳にもいかないから、それならば母親たちと一緒にバトラシアたちに挨拶をさせるのが一番だろう。

 そして母親たちがやってくる事になれば、きっと彼女たちはバトラシアに勧められるまま領主の館に滞在する事になるだろう。

 そうなればたとえ向こうに2人がやってきても四六時中一緒という事もないから、美月が気を使いすぎる心配もない。

 なにより彼女を母親たちに取られっぱなしにならずに済む。

 申し訳ないが今のドナヴァンには親よりも美月の方が大事なのだ。

 彼女を疲れさせないためには領主夫妻だって利用する事は吝かではないのだ。

 ラルウレーンと一緒に領主の町に行く事を思案している母親たちの向こうから、甥姪たちと挨拶を終えたらしい美月がやってくるのが見えた。

 軽く手をあげると、それに気づいた美月は少し早足で近づいてくる。

 「もう挨拶は終わったのか?」

 「うん、みんな、すごく良くしてくれて、ほんと嬉しかった」

 「良かったな。また時間を見つけて会いにくればいいさ」

 「うん・・・そ、だね」

 しんみりとした気分でいるせいか、美月のテンションは低い。

 「 俺たちがこっちに来れなくても向こうに遊びに来てくれって、今母親たちとも話してたんだ。ミッキーだって来てくれたら嬉しいだろ?」

 「うん、嬉しい。じゃあ、来てくれるんですか?」

 頷いてから、美月はアルフリーダたちの方を振り返る。

 その目は期待に輝いている。

 そんな目を見せられると、アルフリーダたちもいつまでも悩んでいられない。

 「そうねぇ・・・」

 「ラルが向こうに行く時について行こうかしらねぇ」

 「ラルだけに行かせるのはちょっと心配だものねぇ」

 「本当ですか? じゃあ、またすぐに会えますね」

 ニコニコと言葉を返す美月に、アルフリーダとルルーシアが大きく頷く。

 それを見て、更に美月の笑みが深くなる。

 「良かったな。じゃあ、向こうに戻ったらみんながいつ来てもいいように準備しなくっちゃな」

 「そうだね」

 「けど、仕事もちゃんとしろよ? みんなが来た時に仕事が溜まってたら、一緒に何もできないからな」

 「判ってる。アディーにも頼んで仕事を調整してもらうわ。その方が安心でしょ?」

 アディーは美月の仕事場で受付のような仕事をしてくれている。予約も全て把握してくれていて、美月が忘れていても、そういう時は彼女がちゃんとフォローしてくれるので、今では仕事に欠かせない大切なメンバーだと思っている。

 それに客がいない時は部屋の片付けといったような仕事もしてくれるので、美月は本当に助かっている。

 「まぁ来る前にはちゃんとコネコ便で知らせてくれよ? じゃないとこっちも仕事の都合があるからな」

 「そんな事言われなくても判ってるわよ。ちゃんと知らせるわよ。っていうか、いつだってちゃんと知らせてるじゃない」

 「でも、ラルの事までは責任持たないわよ? 彼、いつだってどこで何してるか判らないんだもの。しばらくはここにいるって言ってたけどいつまでいるか判らないし、一体いつそっちに行っちゃうかも判らないんだもの。ラルの首に鎖をつける訳にはいかないから、いなくなっちゃった事に気づいたからコネコ便を送るけど、間に合わなくても我慢してね」

 アルフリーダが不満そうに言うと、ルルーシアが更に言葉を重ねる。

 「まぁ、なぁ・・・そればっかりは仕方ないか。その時はこっちでなんとかするよ。見つけ次第コネコ便を飛ばして知らせるよ」

 「そうしれくれると助かるわ」

 「ま、ラル、だから仕方ないな」

 「そうね。ラルだから仕方ないわね」

 なんとなく肩を落としているように見える3人を美月は不思議そうに見つめる。

 ラルウレーンは確かに変わった人ではあったが、そこまで問題児なのだろうか、と思ったのだ。

 とはいえ、初めて会った時の衝撃は忘れられないから、そうなのかもしれない、とも思えてしまう。

 そんな美月の視線に気づいたドナヴァンは苦笑を浮かべた。

 「とにかく、そろそろ行こうか。あんまりのんびりしていたら宿に着くのが遅くなるからな」

 「あ〜・・・そうだね」

 馬車は既に美月たちが乗るのを待っている。

 荷物は朝のうちに全て積み込んであるから、あとは美月が乗ればいつでも出発できる。

 ドナヴァンは馬に乗るので馬車の中に美月は1人だ。

 だから、寝ててもいいぞ、とも言われている。

 美月はドナヴァンの足元に置いてあったバスケットを持ち上げると、ドナヴァンに促されるまま馬車に向かって歩いていく。

 そんな2人の後ろをアルフリーダとルルーシアがついていく。

 「じゃあ、本当にお世話になりました」

 「気をつけて帰るのよ」

 「いつでも遊びにいらっしゃい」

 「はい、また会いましょう」

 「そうね、すぐにでも会いに行くわね」

 馬車の中から顔を出して挨拶をする美月にアルフリーダとルルーシアが並んで声をかける。

 そんな2人に美月が小さく手を振ると、それが合図になったかのように馬車が動き出した。

 小さくなっていく2人の姿が見えなくなるまで手を振ってから、美月は馬車の中に体を戻すとそのまま背もたれに体を預ける。

 楽しかったな、と目を閉じて美月は思った。

 「また・・・来たいな」

 美月は小さく呟いた。

 『また、会いましょう』

 そう言った美月に返ってきた返事を思い浮かべると胸の奥が温かくなる。

 もう元の世界の家族には会えないけれど、新しいこの世界の家族とはまた会うことができる。

 たったそれだけの事なのに、嬉しくてじんわりと目尻に涙が浮かんでくる。

 そんな家族をくれたのは、ドナヴァンだ。

 彼と出会えて本当に良かった。

 美月が目を開けて少し身を乗り出して窓の外を見ると、少し遠くに馬車を先導するように歩くドナヴァンと護衛の馬が見える。

 いつになるか判らないけれど、またドナヴァンに頼んで連れてきてもらおう。

 その時まで。

 美月は足元に下ろしていたバスケットを膝の上に載せると、そのまま中に手を差し入れる。

 途端に指先に温もりを感じる。

 「みんなで、また遊びに行こうね」

 また海でもいいな、それとも湖がいいだろうか?

 そんな事を考えながら、美月は目を閉じた。

 

 




 連載を始めたのに不定期となってしまい、大変申し訳ありませんでした。

 ネット環境が整わない場所にいたせいで更新ができなかった日もありましたが、それでもなんとか無事に終える事ができ、ホッとしております。

 最後まで読んでくださった皆様に、本当にお礼申し上げます。

 ありがとうございました。

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