遅れてきたやつら
ライトバンの残骸がゴムの燃える不愉快なにおいと鉄の焦げる血のような臭いをあげてまだくすぶっている。
「おい、なんだありゃ?」
「俺に聞くな」
顎髭の男が忌々しげに煙草をくわえ、燻っている燃えカスで火をつける。
「何があった?」
止血した個所がまだが痛むのか、一番大柄な男が左手で右腕を抱えるようにしながらうなだれている。
「俺に聞くな」
とはいえ、何があったのかを理解できたのは髭の男一人だろう。
ほかの三人は完全に戦意を喪失している。まあ、そうでなくとも得物も足もここまで完全におしゃかにされては今更何ができるわけでもない。
「化け物め」
化け物としか言いようがなかった。
初速の遅さを差し引いたとしても、移動するものに正確に着弾させるのは並大抵の技量では不可能だ。しかもそれが宙を飛ぶものであればなおのこと。にもかかわらずあの男は、たかだか六インチの銃身しかない拳銃一丁で、あろうことか全く同じ場所に五発の弾丸を着弾させた。連続で。おそらくミリ単位のずれもなかったことだろう。徹甲弾四発に徹甲焼榴弾一発といったところだろうか。
ぶちっと音を立てて煙草がかみちぎられ、フィルターが吐き捨てられる。
「廃業、だな」
ポケットから引っ張り出した、しわだらけの古い手配書が広げられる。
紙の色合いやふちがぼろぼろになっているのは扱いの乱雑さだけではなく、それなりの時間が経っていることを感じさせる。
最後に一度だけ、何かを確認するようにじっと見つめるが、すぐに手を離す。まだくすぶっている残骸の中に舞い落ちたそれは瞬く間に燃え落ちて風に舞ってゆく。
あまりにも古ぼけた人相書の中で不機嫌そうにゆがめられた、リバー・Dの仏頂面は少し悪意を持って描かれたものであるのはいたしかたないのかもしれない。
「何だ、それ?」
「ん?」
「今、何か鼻歌ぁ歌ってなかったか?」
「ええ」
「なんて歌だ?」
「知らないの」
「そっか」
「知らないけれど、好きな歌なんです」
「へぇ」
「気に障りました?」
「続けてくれ」
少しだけはにかむように微笑んだラシルは何事もなかったように目を閉じ、歌う。
素直じゃないな、我ながら。そんなことを思う。
鼻歌に包まれて、バイクはいつもより少しだけのんびりしたペースで荒野を走る。
「なぁ姉ちゃん」
「うるさいわね、何よロト」
「まだ追っかけるのかよ?」
「あったり前でしょ? あんたは父さんや母さんの仇を打ちたくないの?」
小さな体のてっぺんまで怒りをみなぎらせているかのように、不機嫌オーラを振りまいてずんずん歩くセフィは、唐突に足を止めたかと思うと頭二つほど身長の違う男の胸倉に思いきり手を伸ばしてつかみかかる。
精一杯背伸びをして思いきり手を伸ばしてようやく届いたのは、実は男のほうが少しだけ体をかがめたからだというのは絶対に秘密にしなければならない。さもなくば、余計な怒りまで買ってしまうことになるのだから。かといって、手が届かなければ届かないで八つ当たり気味に機嫌を損ねるのだから厄介なものである。
少女の名前はセフィ・カーバル。男の名はセフィの弟でロト・カーバル。
「あの男をぶっちめて賞金を手に入れなきゃ、父さんも母さんも浮かばれないし街も救えない。それに何より、私たちをこんな体にしたあいつを絶対に許せな」
「わかった、わかったから姉ちゃん、とりあえずこんな大勢の人の前で」
掴みかかったのと同じ唐突さでロトから手を離したセフィは、荒い鼻息を隠そうともせずに腕組みをすると、よろける弟に向かって鋭い眼光を向ける。というか、セフィのそれは街の不良少年がメンチを切っているのとさして変わらないのだが。
「図体ばっかでかくて頼りないんだから。ほら、サッサとしないとあの卑怯者が逃げちゃうでしょ。何としても追っかけないといけないんだからね」
「でも、ほんとに来るのかな? 姉さんが絶対だって言うからニドヴェリまで来たけど、あれからもう三日も経ってるし、下手したら全然違う街に行って」
たしかに、セフィの言うとおり図体の割には弱気でおどおどとした言動ではあるが、姉と弟という関係を鑑みればむしろ強気な姉に対してはこのぐらいでバランスがとれているのかもしれない。それが証拠に、そんな弟を牽引するようにセフィは小さな手でロトの尻を思いっきりはたく。
パアン、という小気味の良い音が通りに響き、近くにいた数人の通行人が何事かと振り返るほどだ。
「あいつが配達屋をしてるのは知ってるわよね?」
「うん」
おずおずと答えるロトの言葉を聞いているのかいないのか、セフィは満足げに続ける。
「なのにあいつは配達の仕事を探す間もなく逃げ出した」
「たぶん」
「だったら、とりあえず手近な街まで逃げつつ次の仕事を探そうと考えるはず。とすれば、このニドヴェリは格好の場所なわけ。短距離短時間で到着できるし、何よりものが集まり商品が出てゆく職人の街だからね」
最後のあたりで力強くガッツポーズを作って語るセフィの言葉だが、残念なことにロトの反応はその半分も力の入らないものだった。
「って言っていっつも空振りするよね。今回も見つけたのはたまたまだったし。しかも、水も食料もなくなって、やむなく立ち寄っただけの街って」
「行くわよ!」
どうやら、自分への反論が自動的に却下されるタイプの思考回路であるらしく、セフィはくるりと踵を返すと、あっという間にずんずん歩いて行ってしまう。
「まあ、いいけどね。時間ならたっぷりあるわけだし」
言葉ほどには落胆した様子もなく、ロトもゆったりとした足取りでセフィのおあとを追って通りを歩いていゆく。
世界樹の見下ろす大通りは人の数も活気もやはり祭りのようで、うっかりすると人の波にのまれて進みたい方向に進めないこともあるほどだ。が、のんびりとした歩調のロトはそれを感じさせない器用さで人波をかき分け、難なくセフィの背中に追いつく。
「とりあえずは聞き込みからよ」
たくましい姉の背中に向けられるのは、どこか穏やかで信頼のこもった表情。
「でもさ、姉さん」
「なによ?」
「たぶん聞き込みなんてしなくてもいいんじゃないかな?」
「なんでよ?」
「だってほら」
人通りも道幅も街一番の目抜き通り。そこは、近代建築こそ数えるほどだが、それを補って余りある露店と古い店舗とが互いに肩を寄せ合うようにしてひしめき合っている。もちろんそれは、加工品を作る職人たちがそれぞれの商品を売りさばくために、奪い合うようにして場所をとった結果なのだが、今だけはそのごった煮のような街の中に、ぽっかりと空間が開けている。
まるでそこだけが台風の目のように、不気味なほどに静かに、線を引いたように人垣が半球形に途切れている。
「ってぇぇぇぇ! てんめぇ、やりやがったな絶対にゆるさねぇ!」
どうして悪党というのはこうもセリフが凡百で機微がないのだろうか、というほどに実に典型的でわかりやすい悪党の絶叫。そもそも事の次第も顛末もわからないのにこの叫び声をあげた時点で悪党とわかってしまうのが実に悲しい。
セフィは小柄な体を駆使して、ロトは大柄な体躯に似合わない器用な動きで人垣をすりぬけて最前列に何食わぬ顔で肩を並べる。
いた。
「ね、言ったでしょ。あいつは探さなくても、絶対に騒動を起こすし絶対に騒動があいつに寄ってくるから」
一度見たら忘れられない、逆立てられた黒髪、馬鹿みたいに頑丈なブーツ、影がその場に立ち上がったかのような真っ黒な外套に包まれた長身の男。
リバー・D。
「うっふふふふふふ」
肩をわななかせるように震わせながら、セフィが顔を下げる。ばさりと落ちた前髪で表情は見えないが、こういうときのセフィは実に壮絶な笑みを浮かべているのが定番だった。
「あーっはっはっはっはっは! 見ーつけたー!」
目の前ではリバーに対峙する男が物騒なものを引っ張り出して今まさに某かの口上を垂れようとしていたところだったが、ものの見事に出鼻をくじかれて酸欠の金魚のようにパクパクと口だけを動かしている。
すでに物見遊山に盛り上がっていた見物人はこっちのほうが見ものだとばかりに、瞬く間に円の中心はセフィとリバーに移される。
「おい、きけ、こら! このピンを抜くだけでここいらいったいが吹っ飛ぶ、っておい、ちょっと!」
男の声はあっという間に周囲の歓声にのまれ、その他大勢へとなり下がる。そのあとも何かを叫んではいたようだが、もちろんセフィの耳には入らない。
「どんだけ逃げようったってあたしらは地の果てまで必ず追っかけてってやるんだからね!」
例の、音がするような勢いでつきたてられた人差し指は、この瞬間だけは方位磁石でさえここを指しているんじゃないかというほどに定規で測ったようにまっすぐとリバーを指す。
「覚悟なさい!」
腰に手を当て、自信満々の笑みを浮かべてやる。
何故こういつもいつも、そんな疑問をさしはさまなくなったのはいつごろからだろうか。
ラシルの体力面が読めなかったことと、襲撃されやすい夕刻を避けるためとでニドヴェリへの到着を一日遅らせた。これ自体は決して間違ってはいなかったと思う。
宿も順調に決まったし、以前何度か仕事の依頼があった職人がまだ廃業していないことも早々に確認できた。あとは食事をしてうまくすれば夕方には積み荷が見つかるかもしれない。そう思って入った定食屋で回鍋肉をつつこうとした矢先のことだ。
「動くな!」
突入してきたのは一人の若い警官で、有無をも言わせないといった表情で拳銃を構えていたのを見た時には絶対に自分を追いかける何かだと思った。とっさに逃げるか回鍋肉を平らげるかで迷ったその瞬間に、自分よりも少し、ほんの少しだけ後ろの席から罵声と銃声が上がった。
「くそっ!おちおち飯も食わせてくれねぇのかよ!」
警官のすぐ隣で飲んだくれていた酔っぱらいの酒瓶がはじけ飛び、何枚かの窓ガラスが木っ端みじんに砕け散った。
埃っぽい店内に怒号と悲鳴と塵と警官の叫びが充満した。
「貴様、抵抗すんなら鉛玉ぶちこむぞ」
「おおやってみろや、てめぇが一発ぶちこむ間に俺はてめぇの体重を三割増やしてやるよ!」
その言葉が冗談ではないことを示すかのように拳銃を握っていないほうの手は、マシンガンらしき銃器を取り出して確実に警官をロックオンしている。
あとから聞いた話だと、罪状は強盗殺人というこの時代にはありふれ過ぎて話題にもならないようなもので、たまたま逃走中にこの街に立ち寄ったとのことだったが、問題は警官が血気盛んな若者だということだ。
打てば響くといえばまさにこのことだが、結局はただのガキのけんかだった。
「てめぇらみてぇな悪党がな、この街にのさばってんのが我慢なんらねぇんだよ」
「だったらてめぇが出て行きな。その分俺が秩序と財産を守ってやるよ。全部おれのものにしてだけどな」
パラパラパラパラ
ばらまかれる弾丸が舐めるように店内を一掃し、テーブルやら皿が破片に姿を変えて床にばらまかれる。
「器物損壊も追加だ。臭い飯食わせてやるから覚悟しろよ!」
「おうおう、楽しみだ」
ぱらぱらぱらぱら
いい加減、一言しゃべるたびにトリガーを引くのはやめてほしい。という周囲の客らの視線を無視するように警官が拳銃を構える。かなしいかな、こういうときの住民の反応というのは応援よりも、余計なことをしやがってという疎ましさをこめた視線が圧倒的に多い。厨房から顔をのぞかせている店主に至っては、どうでもいいから早く帰れという視線を警官に向けている。
「後悔するなよ!」
ばんっ
警官の指がトリガーを引く。
先にも述べたとおり、この事件で最大の問題は警官が血気盛んで経験不足で肩に力の入った若者であったこと。
「うるさいなあ」
ラシルが不機嫌そうにつぶやきながら厨房を気にしている。銃弾が飛び交う中で料理のほうが気になるというのはかなりの肝を持っているのかもしれない。
当たり前のように銃弾はそれ、はるか手前に着弾し、回鍋肉がまだ山盛りに入っている皿が回鍋肉ごと派手に吹っ飛んだ。ラシルは二口三口食べていたようだが、リバーはまだ一口目を箸でつまみ上げたところだった。
パクリと最初で最後の回鍋肉を口に放り込み咀嚼する。本格的なそれはキャベツではなくちゃんとソンミョウを使って作られており、豚肉もさすがは世界樹の街にふさわしく甘みたっぷりのジューシーなものだ。しかも豆板醤の利き具合が絶妙な一品だった。
もぐもぐもぐ、ごっくん。
握った箸がへし折れるのと床を蹴りつけるようにして立ちあがったのは同時だった。と思っているのはリバーだけで本当はもう一つ、手近なテーブルに置いてあった紹興酒の瓶を警官に向かって投げつけるという暴挙までも同時に実行していたのはラシルのみならず全観客が口をそろえて証言している。
「っざけんなこの野郎、俺の回鍋肉返せ! てめぇもだ!」
幸か不幸か、手の届く範囲にいた犯人はトリガーを引く間もなく首根っこをひっ捕まえられて、
「俺の近くでもめごと起こすんじゃねぇ!」
その場にいたリバーとラシルを除く全員の眼が、文字通り点になる。
人が宙を舞う。比喩表現ではなく、放物線を描いて数メートルの距離を飛び、そして地上に存在するすべての物体の例にもれず、落ちる。殺しきれないベクトルを、地面で体を削って殺し、顔も衣服もボロボロにして止まったところはもう定食屋の入り口を飛び出してしっかりと通りに出て数歩は歩いたであろうというところだ。
「回鍋肉もう一つ」
ラシルが淡々と追加の回鍋肉を注文するも、怒りの収まらないリバーは、目の前にあるものすべてを蹴散らすとでも言うような足取りで店を飛び出すとぎろりと周囲の野次馬を一瞥する。
が、さすがに人も多ければけんかも多いだろうこの街には肝の据わった野次馬も多いらしく、何かを期待するかのようにさっとリバーを中心とした半円形のリングを作りだした。
「なんで平和に飯が食えねえんだ! 食わせてくれねえんだ!」
そんな魂の叫びにも説得力がないとは口にしないのがギャラリーとしての不文律だ。
「ってぇぇぇぇ! てんめぇ、やりやがったな絶対にゆるさねぇ!」
擦り傷だらけの顔をさすりながら自慢のマシンガンを片手に立ち上がったかと思うと、自分の血のついた手を唐突にズボンの中に突っ込んだ。
取り出されるのは、形も大きさもちょうどレモンのような黒い鉄の塊が一つ。
いかにもイっちゃった目はもう後先など考えてはいないやつの典型的な飛び方をしていた。
「ちょっと、まずったか」
ほかのだれにも聞こえないように口の中だけで言葉を漏らしたリバーのこめかみに、嫌な感じのする冷たい汗が伝う。余計なことかもしれないが、こんな事態でも注文された回鍋肉を作る店主とそれを待つラシルというのは、ある種のトリックアートのように見えてしまう。
ため息を漏らさなくてはならないと思い、ため息用の息をゆっくりと人知れず鼻から吸い込んでいるところ、
「あーっはっはっはっはっは! 見―つけたー!」
もちろん息は止まったし冷や汗も止まった。その代わり、しっかりと違うため息が出た。
言葉にすればたぶん「うそだろ?」だったはずだ。それほどに、信じられなかったのではない、嘘であってほしかったのだ。
この時点ですでに野次馬の動きは当事者のだれよりも早く、瞬きほどの間にリバーとセフィを取り囲む即席人垣リングが構成されていた。
手榴弾男も何かを叫んでいたようだがもちろん耳になど届くはずがない。
「どんだけ逃げようったってあたしらは地の果てまで必ず追っかけてってやるんだからね!」
こちらに突き立てられた指は、いつも思うのだがなぜにあんなにも自信に充ち溢れているのだろうか。
「しつっこいなぁ、お前らも。せっかくしばらくは静かな旅だったのに、また鬼ごっこ始めるのかよ」
「当たり前だ! お前さえいなければあたしらの街も父さんも母さんも何もかもが幸せなままでいられたんだ」
「だからあれは」
違う。そう言いきれないのは百も承知だ。事故で片づけられるものであるはずもなければ、あれを事故だなどとは言わせない。あれは、
「事故だなんて言わせない、絶対に」
人災だ。
「ま、とりあえず飯でも食ってかねぇか? ここの回鍋肉うまいぞ」
「ふっざけるなよ、あたしたちは…」
ぐぅぅぅ…
誰の耳にも届く、わかりやすすぎる腹の虫の鳴き声。
「ねえさん、ここはご飯にしたほうがいいんじゃない? ぼくらここ三日ロクなもの食べてないしさ」
思いきり振りかえり、何かを言おうとしているのだが言葉にならない様子は後頭部を見ているだけでもしっかりと伝わる。たぶんすさまじい葛藤があるのだろう。が、遠慮がちに、伏し目がちに振り返るセフィの眼には、きっちり「負けました」と書いてある。
「食べたらしっかり決着つけるんだからね」
悔しそうに握りしめられたげんこつだけが小さな体に込められた最後の抵抗だったのだろう。
だからって許すわけじゃない、と。
決して食欲に屈したわけではない、と。
かくして、尻切れトンボになったエンターテイメントに観客はやれやれといった具合で三々五々おのおのの日常に帰り、殺気に充ち満ちたテーブルが一つ出来上がる。
ちなみに、人のいなくなった通りに一人ポツンと残された手榴弾男はといえば、何を言う間もなくリバーの拳銃一発でベルトのバックルを吹っ飛ばされ、実力差を悟ってすごすごと逃げ出した。ズボンの前を抑えていたのは、ずり落ちるからだけではなくちょっとちびっていたからだが、あえてリバーは言わずにおいてやった。
というわけで、運ばれてきた回鍋肉や麻婆豆腐を奪い合うように分け合い、思った以上の辛さに悶絶するセフィをさておいて、辛いものが得意らしいロトがでかい図体をかがめて切りだした。
「ここらで、終わりにしようよ」
静かな口調には、張りのある姉とは違う種類の決意が込められている。炎と氷、同じ決意が違う形をとった、良くも悪くもでこぼこな兄弟だが、ピッタリなコンビでもあるようだ。
「何を?」
麻婆豆腐の真っ赤なたれをレンゲですくいながら口に運ぶラシルを見て感心する。なんだかんだ言いながらここの味付けは激辛に分類される。特に麻婆豆腐に顕著なそれは、セフィを見ればわかるとおり、並みの辛党程度なら口が痛くなるほどだ。
「こんな不毛な追いかけっこ、疲れるでしょう?」
「だったら追わなければいい。俺はお前らに追われようと追われまいと、目的がある限りは立ち止まれないんだからな」
「それはこちらもおなじだよ。あんたが逃げなければ僕らはもう追わなくていいんだ」
「それで、どうする?」
「え?」
いかにも優男といった顔をあげ、開いているのかいないのかわからないほどに細い眼でじっとリバーを見つめる。瞳に映るリバーは杏仁豆腐を二つ注文している。
「俺を捕まえて、殺すのかどっかに突き出すのかは知らんけど、そのあとはどうするつもりだ?」
少しだけ間をあけて、じっとロトの瞳を覗き込む。その視界にとらえられたセフィは、何か一つでも間違えばすぐにでもかみつくとでも言うような雰囲気だ。
「『その体』で」
テーブルを殴りつける派手な音を立ててセフィが立ち上がる。
「しばらくはこの街にいるはずだ。といっても、数日だろうけどな」
そんなリバーの言葉も無視して、手近な椅子を蹴散らしながらセフィが店を出てゆく。あとを追うロトの視線は最後までリバーを睨みつけて外れることはなかった。
「言ったでしょ、あたしたちから逃げられるなんて思わないこと。絶対に、絶対にお前だけは許さない」
殴りつけるように開かれた扉がきいきいとなりながら揺れる。
杏仁豆腐の甘さが口いっぱいに広がり、ふっと肩の力が抜ける。
「食べてから行けばよかったのにな」
しっかりと麻婆豆腐を平らげ、杏仁豆腐もすでに半分以上をやっつけたラシルがスプーンを置き、ぺろりと舌舐めずりをする。
「変な人たち」
「そう、思うだろ?」
実は甘党ではないリバーにとっては、ここの杏仁豆腐は甘すぎた。二口目あたりでもう口の中が満足のサインを送り始めた。対して、ラシルは甘いものは辛いもの以上に行ける口らしく、とっとと自分のを平らげてすでにリバーの手元をロックオンしている。
差し出された杏仁豆腐にスプーンを突き刺しながら言う。
「あなたも含めて、です」
苦笑いしか出ない。




