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面倒事は放っておいてもやってくる

 手頃な廃屋や大きな木でもあればそこにバイクを止めようと思ったのだが、残念ながらそういったものが全く見当たらず、道から少し外れた場所にある大きな岩がごろごろと転がるあたりで、西日を避けるようにして野宿を決行することにした。それでも直射日光や周囲の目を避けるための遮蔽物があるだけでも大きく環境は異なる。

 バイクをできるだけ街道から見えない場所に隠すと、リバーはとっとと保存食を引っ張り出して食事と寝床の準備を始める。

 一瞬、ラシルがどの程度野宿に耐えられるのか心配にはなったが、そんな心配は無用の長物であるというようにこ、ちらはこちらでてきぱきとシュラフを引っ張り出して寝床の準備を始めていた。

 雑貨屋の親父からもらったコンビーフをおかずにパンを齧る夕食を終え、ラシルが持っていたポットでお湯を沸かしてコーヒーを入れてくれたときには、もうすっかり世界は夜の色に染まっていた。

 日中の熱気とは裏腹に荒れ地の野宿は夜の寒さが敵であることを知っているあたり、ラシルはそれなりに旅慣れていることがうかがえた。

 そんなティータイムも半ばに差し掛かり、固形燃料が半分を切ったところでステンレスのコップを置いた。

「ここからだと、もう一つの世界樹の町に二日ほどで行けるはずなんだ。ニドヴェリっていう職人の街なんだけどな。そこなら仕事のあてがあってね」

「そうなんですか。私は実はこのあたりの地理に明るくなくて…」

 地理に詳しくない、それは驚くべきことではない。街から街への移動が困難なこの世界にあって、地理の知識などはむしろ役に立たない知識として扱われることのほうが多い。しかも世界地図などという気の利いたものがないのだから、地理というのは個人の経験や他人からの伝聞によってのみ得られる知識というのが常識だ。ただ、一つリバーにとって引っかかったのは、ラシルが目的をもって旅をしている存在だということだった。

 地理知識なしに荒野に出れば間違いなく死ぬ、これもまた一つの常識として世界中に定着している考え方だ。事実、嘘八百の地図をつかまされた揚句に生死の境をさまようほどの迷子になったこともあるほどだ。大の大人の男がそうなのだから、この小さな体がそれをするというのがどれほど無茶なことかは想像するまでもない。

「なあ、今更聞きなおすのもなんだが、その旅ってのは絶対に続けなきゃいけないのか?」

 当然の疑問だと、リバーならずとも思うはずだ。

 そこまで過酷な旅を自らに課す理由、それがどうしてもリバーには見つけられない。ときに人が人生をかける理由や目的などというのは、他人にしてみれば驚くほどどうでもいいということはよくある話だ。しかし、それでも「何かに重きを置いているからだ」ということは理解ができるものだ。

 ラシルの場合はそれがどうしても見当たらない。

 バイクを走らせながら、荒野のど真ん中であることをいいことにリバーが遠慮のない質問を口にする。

「世界樹の種、か?」

 しばらくはまっすぐな道が続いているのを確認し、視線の七割をラシルに向ける。

 首を縦に振る時に口を一文字に引き絞るのは癖なのか、それともなにがしかの覚悟の表れなのかは分からなかったが、なんとなく決意の固さを見せられたような気がした。

「詳しいことはわからないんですが、私はこの種を持って旅をしなければいけないんです。この種が芽吹くべき場所。必要とされる場所。その時になればわかると言われています。だから」

 気が変わって街まで連れ戻される、下手をすればここに置いて行かれるとでも思ったのか、ラシルは慌てたようにコップの中身を激しく波立たせて腰を浮かせる。もうちょっとリバーの次の言葉は遅ければ掴みかかられていたかもしれない。

「勘違いすんなって、今更あんたの依頼を断ろうなんて思っちゃいないって。ただ、さすがに多少は事情を知っておきたいだけだよ、ブツだけじゃなくて依頼主もいっしょに運ぶなんて聞いたことねぇからな」

 鼻先がぶつかるかと思うほどに身を乗り出したラシルの肩を、ゆっくりと押し戻すようにしながらリバーは慌てて言葉を選ぶ。

「送り先はまだ聞いてないわけだし、俺だって永久にあんたの旅に付き合えるわけじゃない。俺には俺の、あんたにはあんたの旅の目的ってのがあるはずだからな」

 この話題が今のラシルにとってのアキレス腱であることは承知の上で、あえて言葉を選んだ割にはかすかな罪悪感が思考の隅をよぎる。そして当然のごとくアキレス腱に直接触れられたラシルは言葉もなくゆっくりと腰をおろした。

 とりあえずは会話のとっかかりとしてはうまくいったものだということにして、さらに続ける。

「終着点が違えば必ず分岐点がある。ま、当たり前の話だけど、俺に出来るのは配達先まで物を届けるだけだからな」

 コップの底に残った、少しぬるくなったコーヒーを一気に飲み干す。

 カコン、という小気味よいステンレスの音が固形燃料の明かりに照らされた夜の中に消える。

「と、ま、言いたくないこともあるか。すまん、ちょっとルール違反だったな」

 ばさりとシュラフを引っ張ってきて器用に体をその中にねじこむと、内側から一気にジッパーを引き上げる。が、胸元までジッパーが来たところで何かを思い出したようにリバーがごそごそとシュラフの中で動き、不意に左手だけがにょっきりと突きだされる。

 その手にある黒い金属の塊が、固形燃料のオレンジ色を反射して鈍く光った。

 リボルバー式の拳銃。シリンダーには六発の銃弾が装填されている。

「それ、拳銃ですよね?」

 ぬるいコーヒーに口をつけながら、ラシルの視線はシリンダーを握る左手を追いかけている。

「珍しくもないだろ? 誰だって一つや二つは持ってると思ってたけど、あんたは違うのか?」

 そんな呼びかけにも言葉を忘れたように沈黙するが、それは明確な答えでもあるように思えた。

「ふうん、まあこんなもん使わないに越したことはないからな、持たないほうがいいのかもしれん。ただ、俺にはどうしてもこれを持たなきゃならん理由があるからな」

 自嘲気味に言うリバーの言葉は紛れもなく、何度となくそれを使ってきたからこその重みが込められていた。それに、実際に何度となくそうしてきた。

「火、消しといてくれな。さすがに無駄遣いできるほど裕福じゃないからな。それともまだコーヒー飲むのか?」

「いえ、私ももう寝ます」

 言った時にはもう火は消され、まっ暗闇の中でガサガサとシュラフのこすれる音が聞こえる。

 街であればまだまだ夜はこれから、というような時間だが、太陽と月だけが時間を支配する荒野の中では火を消した時間が夜の帳の下りるときだ。場所によっては虫の声や夜行性の鳥の声が聞こえたりもするのだが、ここまでだだっ広い平野では耳鳴り以外に聞こえる音はない。

 時が止まったような静寂の中に小さな呼吸音が聞こえてくるが、まだわずかばかり不規則なのは眠りに落ちていない証拠だ。

「それとな、一つだけ言い忘れてた。もしかしたらこれを一番最初に言うべきだったんじゃないかって思ってる話なんだが」

 ぴたりとその小さな呼吸がひそめられ、じっとこちらの声を聞いている気配がする。

「俺を旅の道連れには選ばないほうがいい」

「どうしてです?」

 ぽつりとラシルの声がこぼれる。

「すぐにわかる。その時になれば嫌でもな」

「私と同じですね」

「ああ、お互い、その時にならなきゃわからないことばっかだな」

「そうですね…わっ」

 ラシルの声にシュラフを着たままの体をはねさせ、実に器用な動きでリバーが立ち上がる。

「どうした?」

 極力落ち着いた口調を意識したが、残念なことに手も足もシュラフに収まったその立ち姿はまるでいも虫が起きあがったようでどこをどう見ても頼りにはなりそうにない。

「すごい、星」

 対して、同じような格好で寝転がっているラシルは心を奪われでもしたかのようにじっと空を見つめていた。

「なんだ、ビックリするだろ。星って、見たことないのか? いままでずっと旅してきたんだろ?」

 驚いて損したとでも言いたそうに眉間にしわを寄せながら、リバーが再びいも虫のように地面にはいつくばる。先ほどいきなり立ち上がった時に生成されたらしいアドレナリンのせいで、いしきがすっかり覚醒してしまっている。寝入りばなではなくてよかった、なんて思いながら再び横になって、ラシルの言う空を見上げる。

「見たことなくって。いつもは野宿にしても絶対に人に見つからないように隠れたり、そうじゃなくても…なかなか気が抜けなくて」

 野宿をするような旅の中で油断できる瞬間などそうそうありはしない。もちろん、夜ともなればむしろ周囲に注意を張り巡らし、気を張り詰めていなければならない、眠るときでも野生の動物がそうするようにいつでも逃げ出せなくてはならない。それが女の一人旅ともなれば何をかいわんやだ。

 そんな中で空を見上げる余裕などない時間ばかりを積み重ねてきたのだろう。

「大変だな、なかなか」

 

 翌日の行動開始は、日の出とともに目覚めたラシルに叩き起こされたところからとなった。

 野宿となれば就寝時間の早さから必然的に朝が早くなってしまうものだが、それでも日の出と同時というのはリバーの経験上でもトップクラスに分類される。にもかかわらず、リバーが目が覚めた時にはラシルはすでにシュラフを片づけ、簡単な朝食の準備に取り掛かろうとしていた。

 湯気を上げながらカタカタとなるポットの音が、眠気の抜けきらない頭には心地よかったが、二度寝ができないほどには意識が覚醒してしまっていた。

 朝の冷気に体を震わせながら飲んだホットコーヒーは一日の始まりにふさわしい香ばしさで脳を刺激し、いつもなら味気なく感じるはずのパンが今日は妙に旨く感じられた。

「うまく行けば今日中には街につける。そうなればちゃんとした荷物にもありつけるだろうし、あんたも目的地を見つけられるかもな」

 そう言ったのは、ラシルの早起きのおかげで、予定よりもずいぶん早い時間の出発ができたからだ。当初はもう一日はかかると想定していたが、ここへきての予想外の短縮だった。

 しっかりと暖機を済ませ、ほぼ真横からさす太陽の光に黒く輝く車体にまたがったリバーがアクセルをひねる。

 最初の数時間は順調すぎるほどに順調、といえば聞こえはいいが、どこまでも単調で退屈な移動がつづけられた。変わったことといえば、日差しの角度とそれに伴う気温の上昇ぐらいのものだった。

 それが一変したのはちょうど太陽が真上に来た正午過ぎのことだった。

 乾いた埃っぽい風も、どこまで行っても全く近づかない陽炎も、見あきるほどに見慣れた光景だったが、そのなかにありがたくないものがちらりと見えた。

「あ~ぁ、さっそくお客さんだ」

 悪態をつきはするものの、どこか予想通りとでも言うような、あらかじめ用意されていたような口調だ。

「お客さん?」

 周囲をキョロキョロト見渡したラシルの視界のなか、はるか前方に小さな点のように何かが見えた気がした。

「ああ、もしかしたらただの野党かなんかかもしれないけど、たぶんそうじゃない」

「というと?」

 答える暇は与えてもらえなかった。

 先ほどは点だったものが、当然といえば当然だが進むにつれてはっきりと大きく見えるようになり、それがいかに招かれざる客であるかは五分としないうちにラシルにも確認できた。数人の人影がじっとこちらを見据えているようだった。すぐ隣には、おそらくそいつらの乗ってきたらしいライトバンが停められている。

 ただ、それでもリバーは全く意に介さないかのように速度を落とすことなくバイクを走らせ続ける。

 ほどなくして、四人の男の表情までが確認できる距離になったところで、ようやくリバーが速度を落としてじっと男たちを睨みつけるようにして視線を向ける。

「よう、色男」

 おそらくは四人の中ではリーダー格と思しき、荒くれ者と無法者を足して二で割ったような風貌の男が、ぼさぼさの顎ひげをいじりながら値踏みするような視線をからみつかせてくる。周囲では言葉こそないものの、その他三人のにやにやと笑うような表情が例外なくリバーに向けられている。

「まあ確かに色男だとは思うけど、今更改めて何の用だよ?」

「ま、わかりやすく言うとだな」

 それまでは小馬鹿にしたようなにやにや笑いだったのが、一瞬にして男たちに獰猛なけだものの顔が浮かぶ。

「死んでくれや」

 言い終わったのかどうかはわからない。ただ、なんとなくそんな意味のことを言われたことだけがわかった時にはリバーはアクセルを全開にして、吹っ飛ばされるような加速を体に浴びていた。

 背後からは数え切れないほどの銃声と、薬莢の落ちる乾いた音が聞こえていた。何が起こっているかなどは想像する必要もない。

「むだむだむだ~、鉛玉から逃げられるわけなんてないだろ。黙って賞金に代わりやがれー」

 威勢のいい掛け声はどこからどう聞いても安っぽい悪党丸出しだったが、それでも確実にこちらをとらえつつある弾丸が、後輪のすぐ近くに着弾する音にはさすがに背筋が冷えるのを抑えられない。

 右に左に車体を振り回して、何とか相手の射線上に一秒と留まらないようにするのだが、何かを察知していたラシルがサイドカーにしがみつき、身をかがめてくれていたのが救いだった。これでラシルが無防備で会った日には確実に鉛玉の餌食になっていたはずだ。

「賞金って、もしかして」

 頭を下げてヘルメットを抱えるようにしているラシルがくぐもった声で言うが、もちろん思いきり横向きのGに振り回されたせいで舌をかまないようにするのがやっとといった感じだ。

「そゆこと。結構な賞金がかかってるらしくてな、ああいう手合いの相手をしながらの配達仕事ってわけだ」

 言いながら、こちらは器用にハンドルを切り、サイドカーを振り回す遠心力で車体をスライドさせると、一瞬前まで走行していた位置が爆撃されたかのように砂埃を上げてはじけ飛んだ。

 見ると、四人の中で一番大柄な男がガトリングガンを脇に抱えて何もかもを薙ぎ払うかのように銃弾をぶちまけていた。

「うへっ、あんなもんからはさすがに逃げ切らんな」

「逃げ切らないって、じゃあどうするんです?」

 意外にもパニックになった様子はないが、それでもこの状況に思考が付いてきていないらしく、慌てたような口調でラシルが少しだけ頭をあげる。

「こうするしかないかな」

 しばらく横滑りしていた車体にトラクションをかけ、再び進行方向を変えると先ほどと同じようにガトリングガンの一斉射が浴びせられる。

 唐突に加速感が薄れ、逆に減速のGが体をすりぬける。

 リバーの右手がアクセルから離され、あろうことかバイクは的になることを選択したように目に見えて速度を落とす。

 ドンッ

 音は一度だけだった気がしたが、どうやらそれは自分の勘違いらしいことをすぐにラシルは知る。

 進行方向左手、男たちのライトバンのあたりで派手な爆発が巻き起こり、次いで慌てたように四人の男がクモの子を散らしたように四方に散っているのが見えた。ただし、一番大柄の、ガトリングガンを抱えた男だけはほかの三人に比べて明らかに鈍い動きで這うようにして移動している。見ると、左手で右手をかばうようにしている。

 そのすぐそばに落ちている、鉄くずの塊。それがガトリングガンのなれの果てであることは容易に想像できたが、何が起こったのかはリバーの右手に握られたリボルバー式の拳銃を見てもなかなか想像ができなかった。

「ふぅ、とりあえずはこれでいっちょあがり…だといいんだけどなぁ」

 器用に片手でシリンダーをずらして銃身を上に向けると、乾いた金属音を響かせて空の薬莢が地面に落ちる。どうやらあの一瞬で六発すべてを打ちつくし、四人の男の得物をすべて撃ち抜いていたらしい。

「でも多分そんなわけにはいかないだろうし。弾だってただじゃないのになぁ」

 ぶつぶつとため息交じりの文句をこぼしながら、どこから引っ張り出したのかシリンダーに弾を押し込んでゆく。

「こんのやろ~、よくもやりやがったな! どうせてめぇはデッドオアアライブだ、ぶっ殺してやる!」

 男の絶叫がこだまする。

 ライトバンの扉が吹っ飛ぶように引きあけられ、中からどう考えても正気の沙汰とは思えない代物が引きずり出される。

 対戦車ロケット砲。おそらくは携帯用のMATか何かだろうが、もちろんバイク一台ぐらいを木っ端みじんにするだけならお釣りのほうが多く出るはずだ。

「おぉ、何かすげぇのが出てきた」

 弾の装填も忘れてリバーの口が半開きになる。ラシルもさすがにあれが具体的にどの程度のもなのかは知らなくても、どういった代物なのかを知らないわけではない。

「あれは、逃げたほうが」

「いや、ああいう手合いはよっく言って聞かせないとな、何度でも同じことを繰り返す。それに」

 ガチャリと音を立ててシリンダーを戻し、大声でがなりたてている男に視線を固定する。

「はじけてくたばれやー!」

 ロケット砲独特の、ゆったりとした初速で砲弾が打ち出されると、白煙が尾を引き始める。

「さすがにあれは逃げても間に合わない」

「じゃぁ!」

 いまにも掴みかかりそうなのをこらえるかのようにサイドカーから身を乗り出すラシルの表情に、リバーが小さくほほ笑む。

「そんな顔もできるんだな。やっぱあの朝の頑固さは嘘じゃなかったな」

「は?」

 脈絡のない一言に拍子抜けしたラシルをよそに、リバーは銃を構える。

「耳塞いで伏せてろ」

 がきんっ。

 トリガーを引く動作とほぼ同時にロケットの先端が火花を上げる。二度、三度と上がる火花に何をしようとしているのかはわかったが、

「ばーか、いくらマグナム弾でも鉄板撃ち抜くなんて不可能だ、あきらめて塵になりな!」

 勝ち誇ったように男が叫んでいるが、リバーは全く相手をする気がないらしい。再びトリガーを引く。四度目の金属音と火花。

「はい、おしまい」

 トリガーを引いた直後、すさまじい風と地響きが巻き起こった。

 体を芯から揺さぶるような衝撃波に、バイクがひっくり返るんじゃないかとさえ思ってしまったがなんとかそれだけは免れる。ただ、それでも引きずられるように数十センチ移動させられたのは足元を伝わる不愉快な摩擦感からわかった。ガンガンと、何かの破片か石ころが車体にぶつかる音はまるで銃弾の雨の中に放り込まれでもしたような気分になる。

 ごうごうと、耳の奥に音の塊を突っ込まれたような不快感が、しばらくは神経を握っていいたが、それも時間とともに耳鳴り程度に収まり、巻き上げられた砂埃が少しずつ風に巻かれて晴れてゆく。

「いくらマグナム弾でも鉄板をぶち抜けない。ただ、いくら鉄板でも同じ場所に五発もマグナム弾を食らえば何とかできる」

 器用に、バイクに逆向きにまたがったリバーが口元を引き上げて皮肉っぽく笑っている。

「というわけで」

 シリンダーに残っているのはあと一発。慎重に肩の軸線と銃身を合わせ、

「逃げるぞ」

 カチンというハンマーの音が妙にきれいに響いたその一発は見事としか言いようのない命中精度でライトバンのタンクに突き刺さり、先ほどのロケット砲の一撃を彷彿とさせる爆音と、ガソリン特有の赤い炎と黒い煙が巻き起こった。

 その周りでは何かを叫びながら四人の男たちが慌てふためいているのが見えたが、リバーはそんなものにはもう興味がないとでも言うようにハンドルを握っていた。

 走り始め独特の振動交じりの加速感と、徐々に強くなる風を受けながら、

「お、今度は笑った」

 リバーのその言葉に一瞬なのことなのかわからなかったラシルだが、サイドミラーをひんまげて自分に向けられてようやくその言葉の意味を知った。

 何とも不器用で、へたくそで、人に見られればひきつっているのか泣きそうなのかといわれてしまっても仕方がないような表情だった。けれど、リバーはそれを「笑っている」と言った。自分でもそう思った。

 そういうリバーの表情も、自分のものに負けず劣らず不器用でへたくそだったからだ。

「変な人」

「そうか? 笑い方がへたくそなのはなかなか治らないけど、変ってことはないだろ?」

 サイドミラーを器用に左手で戻し、腰のベルトにつっこんだ銃の位置もついでといった感じで直しながらリバーは練習するように口の端をむにむにと動かしてる。

「いえ、そっちもそうなんですけど、私が言いたいのはあの賞金稼ぎのことで」

 そっち「も」というのが気にはなったが、とりあえずリバーはラシルの言葉に耳を傾けることにした。

「どうして、その」

「殺さないのか、ってことか?」

 首を縦に振る。どうやらラシルは肯定のときには口よりも首を動かして返事をする癖があるらしい。

「私も詳しくはないけれど、ああいうときって大抵は命の奪い合いになるんじゃないんですか?」

 口を開きかけたリバーが不意に、言葉を選ぶように黙りこくる。そして、

「俺もそう思う」

 何かを言いたそうなラシルを制するように視線を向け、小さく首を縦に振る。

「そう思うけど、何も奪い合いだからって奪わなきゃいかんことはないだろとも、思う」

 不思議な理論だった。言っている自分がこの言葉の真偽について疑ってしまうような内容だったが、それが一番しっくりくるのだから仕方がない、とでも言うようにリバーは言葉をつづけた。

「奪わずに済むならそれも良し、奪わなければならないならそれもやむなし。どっちが正しいのかは俺には分からんさ。でもな、正しかろうと正しくなかろうと、俺にはやらなきゃならんことがある。それが答えさ」

 目的のためなら手段は選ばないとは言うが、これもその一つなのかもしれない。

 目的を達成するための手段、過程にはそれこそ毛ほどの興味も抱いていない。むしろそこに他者の介在をさえ疎ましく思い、ただ排除するのみ、そんな極端なまでの目的意識。

 いったい何をしてこのリバーという男をそうさせているのか、ラシルの中に好奇心に似た興味がわいたのは嘘ではない。ただ、そこに踏み込むことへの躊躇いはそれよりもはるかに大きい。

「な、言ったろ? 旅の道連れにするには不向きかも知れない、って」

「賞金首だからですか?」

「そう。しかも結構な額だ。今みたいなことは日常的に発生する。へたすりゃ夜討ち朝狩りも覚悟しなきゃいけない」

「けど、あなたは戦うんでしょう?」

「たまには逃げるけどね」

「どこに向かってですか?」

 賞金首の情報は国中に広がる。とはいえ、その賞金の支払いが有効でない範囲になれば手配書など鼻をかむ紙にも劣る。さらに言うなら、賞金首を追うのは賞金稼ぎぐらいのもので、賞金首を捕まえてひと山当てようとする人間などというのは命知らずだと鼻で笑われる。

「つつましく暮らして暮らせないことはないのでは? わ」

 リバーの手がカーキグリーンのヘルメットにかかり、乱暴な手つきで前後に頭をゆすられる。ついには鼻の頭までが隠れるまでヘルメットをずらされたラシルは慌てて頭を振る。

「あんたと一緒だよ。それでも行かなきゃならん場所があって、やらなきゃならんことがあるんだよ。理不尽だけどな」

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