矢沢は、決断する。 「俺の曲を、俺のやり方だけで仕上げない」
矢沢は、決断する。 「俺の曲を、俺のやり方だけで仕上げない」
「時間よ止まれ」は、矢沢永吉が自分の音楽を変えようとしたところから始まった。
キャロル時代の矢沢にとって、ロックンロールは「元気いっぱい、まっすぐに突っ込んでいく」音楽だった。
ところが、サディスティック・ミカ・バンドなどの音楽に触れ、矢沢は気づく。
同じメロディーでも、アレンジによって、こんなにも違う音楽になる。
「アレンジって、こんなに深いものなのか」
その経験が、矢沢の中に残った。
だから「時間よ止まれ」を作るとき、矢沢は、自分と同じタイプのミュージシャンだけで固めようとはしなかった。
そこで出会ったのが、坂本龍一だった。
「いい鍵盤がいるよ。紹介するよ」
そう聞いて、矢沢は坂本を使ってみることを決めた。
当時、坂本はまだYMOを結成する前。今のような「世界の坂本龍一」ではない。
それでも矢沢は、坂本の持っているものを感じ取った。
そして、さらに高橋幸宏、後藤次利、斉藤ノブらが加わった。
矢沢のバックバンドからは、相沢行夫と木原敏夫も参加した。
公式の記録にも、このメンバーで1978年1月7日にレコーディングを行ったことが残っている。
ここで矢沢は、もう一つの決断をする。
「俺の曲を、俺のやり方だけで仕上げない」
通常のCM曲なら、編曲者がいて、譜面があって、それをミュージシャンが演奏する。
しかし、この録音ではそうしなかった。
譜面を用意せず、ミュージシャンとエンジニアがスタジオで音を出しながら、曲の形を作っていった。
つまり矢沢が選んだのは、単なる「豪華メンバー」ではない。
**自分とは違う音を持った人間を、自分の曲の中に入れることだった。**
坂本の鍵盤。
高橋のドラム。
後藤のベース。
斉藤ノブのパーカッション。
そして矢沢のバックバンドから来たギター。
それぞれの音をぶつけながら、矢沢のメロディーを新しい場所へ持っていく。
その結果、生まれたのが「時間よ止まれ」だった。
だから、この曲の本当の転機は、レコーディングの日ではない。
**矢沢永吉が、「自分一人のロック」にこだわらず、未知の才能に自分の曲を預けてみようと決断したこと。**
そこから、あの音が始まった。




