『蒸発の男』 最終章 蒸発の理由
了解しました。コピペしやすい形で最終章を書きます。
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『蒸発の男』
最終章 蒸発の理由
女は歩いていた。
あてもなくではない。行き先は、すでに決まっていた。
黒いコートの男は、必ず戻る。
仕事が終わったあと、必ず一度だけ立ち寄る場所がある。
それが、この町の外れにある古いビルだった。
女はそのビルの前に立った。
看板は外され、入口は半分壊れている。使われていないはずの建物。
だが、中に気配がある。
女は迷わず中に入った。
階段を上がる。
足音が、コンクリートに響く。
三階で止まった。
一番奥の部屋。
ドアは、少しだけ開いていた。
女は押した。
中は暗かった。
窓の前に、一人の男が立っている。
黒いコート。
「待っていた」
男が言った。
女は中に入った。
「依頼人は誰」
いきなり本題だった。
男は振り向かない。
「知ってどうする」
「終わらせる」
女の声は揺れなかった。
男は少しだけ笑った。
「終わらない」
そして、ゆっくり言った。
「これは仕事だ」
女は一歩近づいた。
「人を消す理由にはならない」
男は窓の外を見たまま言った。
「理由はある」
その声は、初めてわずかに重くなった。
「この三人、共通点があると言ったな」
女は黙って聞いた。
「誰にも知られていないが」
男は続けた。
「この三人、同じ事故に関わっている」
女の目が細くなる。
「事故?」
「十年前だ」
男はゆっくり振り向いた。
「ある会社で、不正があった」
女は動かない。
「欠陥のある製品を、そのまま出した」
男の目は冷たかった。
「結果、人が死んだ」
部屋の空気が変わった。
「三人は、その事実を知っていた」
女は低く言った。
「内部の人間?」
「いや」
男は首を振った。
「ただの関係者だ。だが、偶然、真実に触れた」
女は言った。
「それで消した?」
男は静かに答えた。
「違う」
一拍置いて言った。
「消されたくなかったら、沈黙すればよかった」
女の表情が変わる。
「脅したのね」
男は否定しなかった。
「選ばせた」
その言葉は、あまりにも冷たかった。
「残るか、消えるか」
女は一歩、さらに近づいた。
「自分で選んだって言うの?」
男はうなずいた。
「最初の一人は、最後まで抵抗した」
女の脳裏に、最初の部屋が浮かぶ。
「二人目は、途中で理解した」
女は目を閉じた。
そして、ゆっくり開く。
「三人目は?」
男は答えた。
「触れた瞬間、決めた」
女の声が震えた。
「そんなの、選択じゃない」
男は言った。
「だが、記録には残らない」
その一言が、すべてだった。
「最初からいなかったことになる」
女はしばらく黙っていた。
やがて、静かに言った。
「依頼人は会社ね」
男は何も答えなかった。
それが答えだった。
女は深く息を吐いた。
「まだ終わってない」
男は首をかしげた。
「三人で終わりだ」
女は言った。
「あなたはそうでも」
一歩、前に出る。
「私は違う」
男の目が、わずかに動いた。
女は続けた。
「消えた人間を、戻す」
その言葉に、初めて男の表情が変わった。
「できると思うか」
女は答えた。
「やる」
短い言葉だった。
男はしばらく黙っていた。
やがて、小さく笑った。
「面白い」
そして、窓の方へ歩いた。
「なら、探せ」
女は動かなかった。
男は窓の前で止まった。
「消えた人間は、どこにいるのか」
振り向かずに言う。
「それがわかれば」
一瞬の沈黙。
「この仕事も、終わるかもしれない」
次の瞬間。
男の姿が、消えた。
何の音もなく。
そこには、もう誰もいなかった。
女は一人、部屋に残った。
静寂。
外の風の音だけが聞こえる。
女は窓に近づいた。
夜の街が広がっている。
無数の灯り。
そのどこかに、消えた人間がいる。
女は小さくつぶやいた。
「見つける」
その声は、静かだったが、確かだった。
蒸発は、終わっていない。
そして、物語も。
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