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フェイドアウト断章  作者: 石藏拓(いしくらひらき)


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『蒸発の男』 第七章 対面

『蒸発の男』


第七章 対面


 黒いコートの男は、街灯の下に立っていた。


 逃げる気配はなかった。


 むしろ、待っているようだった。


 女はゆっくりと歩いた。一歩ずつ、距離を詰める。足音がやけに大きく響く。


 十歩ほどの距離で、女は止まった。


 男の顔は、まだはっきりとは見えない。


「あなたね」


 女が言った。


 男は何も答えなかった。


 ただ、わずかに首をかしげた。


「二人、消した」


 女の声は静かだった。


 責めるようでもなく、確認するようでもない。


 男は少しだけ笑った。


「言い方が違う」


 低い声だった。


「消したんじゃない」


 女は動かなかった。


 男は続けた。


「消えたんだ」


 その言葉に、風が一瞬止まったように感じられた。


「仕事ね」


 女が言った。


 男はうなずいた。


「そうだ」


 短い答えだった。


 女は一歩、前に出た。


「三人目も、やるの?」


 男は少し考えるように沈黙した。


 そして言った。


「依頼がある限り」


 女は目を細めた。


「誰の依頼?」


 男は答えなかった。


 代わりに、ポケットに手を入れた。


 女の体がわずかに緊張する。


 しかし、男が取り出したのは小さな紙だった。


 それを指で挟み、軽く振った。


「知りたいか」


 女は言った。


「ええ」


 男は紙を見下ろした。


「この三人、共通点がある」


 女は黙って聞いた。


「借金もない。犯罪歴もない」


 男はゆっくり顔を上げた。


「それでも消えた」


 女の眉がわずかに動いた。


「理由は?」


 男は、はっきり言った。


「邪魔だからだ」


 その一言は、あまりにも軽かった。


 女の声が低くなる。


「誰にとって」


 男は答えない。


 ただ、かすかに笑った。


 そして言った。


「三人目は、もう決まっている」


 女は息を止めた。


「どこ?」


 男は一歩、前に出た。


 街灯の光が、ようやく顔の一部を照らす。


 年齢の読めない顔だった。若くもなく、老いてもいない。


 ただ、無機質だった。


「すぐそこだ」


 男は視線を横に向けた。


 女もつられて見る。


 駅へ続く通り。


 人通りはまだある。帰宅する人々が、何も知らずに歩いている。


 その中に、一人の男がいた。


 手に紙袋を持ち、ゆっくり歩いている。


 どこにでもいる、普通の男だった。


 女は気づいた。


 紙の三つ目の名前。


 あの男だ。


「やめなさい」


 女が言った。


 初めて、強い声だった。


 黒いコートの男は動かなかった。


「なぜ?」


 とだけ言った。


 女は言葉を探した。


 しかし、すぐにわかった。


 この男に理由は通じない。


 だから、別の言葉を選んだ。


「その仕事、終わりにしなさい」


 男は少しだけ笑った。


「終わらせるさ」


 そして、静かに言った。


「あと一人で」


 男の足が動いた。


 通りへ向かって歩き出す。


 女も動いた。


「待ちなさい!」


 声が夜に響く。


 しかし、男は振り向かない。


 黒いコートの裾だけが、ゆっくり揺れていた。


 女は走った。


 人混みの中へ飛び込む。


 だが、その瞬間。


 黒いコートの男の姿が、消えた。


 人の流れの中に、完全に溶けた。


 見えない。


 どこにもいない。


 女は立ち止まった。


 視線だけが、三人目の男を追う。


 その男は、まだ歩いている。


 何も知らずに。


 女は小さくつぶやいた。


「間に合って」

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