【9】招かれざる客
高貴な衣に身を包んだ竜人や華やかな衣の花嫁たち。こんなすごい方々の中に自分が混ざってもいいのだろうか?
そんな不安に苛まれつつも宴は時を進めていく。
「竜王さま、花嫁さま。この度にお会いできて誠に光栄でございます」
「ああ。貴殿も良く来てくれた。今宵の宴を楽しむが良い」
「ありがたきお言葉にございます」
次々と挨拶に来る参加者に氷月さまは凛として対応なさっている。やはり普段の顔と竜王としての顔は違うものの根底あるものは同じだと知っているから安心できるのだ。
「咲柚、代わりないか」
「はい、大丈夫です。氷月さま」
氷月さまが対応してくださっているから私はただただ感心しながら見送るだけである。どこかもどかしくも今の私にできることは大人しく隣で微笑んでおくことだろうか。
「良かった。俺も咲柚が隣にいてくれると落ち着くんだ」
「私がいると……?」
「そうだ。面倒な挨拶も苦ではなくなる」
面倒ってそんな、主催にあるまじきことを。
だけどどこか微笑ましくもなってくる。
「氷月さまったら」
私にも役に立てることがあること。それが嬉しくて……微笑ましい。
「ふふっ。そろそろ挨拶も落ち着くだろうし、俺たちも宴の膳をゆっくり食べられる」
「は……はい!美味しそうです!」
「料理人たちが今日のために腕によりをかけてくれたからな」
「ええ」
宴会料理と言うものは初めてだが、だからこそか。どんな味がするのか楽しみである。
そっと箸を伸ばしかけた……その時だった。
「ちょっと、どう言うことよ!」
その声にビクンと肩が震える。
「どんな惨めな姿をさらすのか笑ってやろうと思ったのに!」
「や、やめてくれ。美世。竜王さまの御前だぞ!」
美世と……そして三雲さまだ。
「竜王さまは冷酷無比な恐ろしい方だって……なのにあんな……っ」
美世が悔しそうに唇を噛む。
「それに何よあの上等な着物!私だって持ってないのに!」
美世が地団駄を踏む。
「着物なら今度ぼくが買ってあげるから」
三雲は慌てて落ち着かせようとするが。
「あれよりも上等な着物じゃないと嫌よ!」
美世はフンと鼻を鳴らす。
「いや……それはさすがに……」
三雲は困ったように頭を掻く。
「ちょっと……それでも私の婚約者なの!?せっかくあんたと婚約してあげたのに何なのよこの扱い!」
「美世、どうか機嫌を直してくれ……」
必死に美世をなだめる三雲さまだが、美世はぷんすかと悪態をつくばかりで周囲も何だと怪訝な目を向けている。
「あれが白羽三雲と竜胆美世か。全く耳ざわりな」
「氷月さま……」
どうしよう……私に出来ることは。
「問題ない」
しかし氷月さまが控えていた武人に声をかける。
すると三雲さまと美世の元に数人の武人たちが歩みより2人を宴会場の外に連れ出していく。
「ちょっと!何なのよ!まだご馳走も食べてないのに!」
美世はそれでももがき抵抗する。
「や、やめてくれ。美世!これ以上竜王さまの不興を買ったら……っ」
三雲の顔は蒼白だ。
「白羽の倅の方は分かっているようだが。何なんだ、あの阿婆擦れは」
「あ……あば……っ」
氷月さまのあまりの言葉に吹き掛ける。みな美世を褒め称えてばかりだったから、美世がそのように称されたのは初めてかもしれない。
「だがこれで静かになったな」
「は……はい」
まさに物理で解決。今までに出来なかったこともここでなら可能なのだ。
ここには美世を贔屓する両親はいない。三雲さまも竜王である氷月さまに歯向かう元気はなさそうだ。
「ほら、お膳が冷めきってしまう。早く食べよう」
「え……ええ!」
せっかく料理人たちが作ってくれたんだもの。
早速箸をつければ、ひとつひとつの味付けや飾り付けもこだわっていることが分かり感心してしまう。
「何か気に入ったものがあればこれからも出させよう」
「その……全部美味しくて、どうしたら……」
「ははっ。料理人たちに言ったら喜ぶな。たくさん食べてやれ」
「はい!」
ぱく……ぱくと口に含みながらひとつひとつを大切に堪能する。
「咲柚、疲れたのならお手洗いや休憩に出てもいいんだぞ」
「その……氷月さまは」
私だけいいのだろうか?
「俺はあまり離れられないが、たまにはな。ずっと座っていては疲れるからな。あ……」
「どうしたのですか?」
「少しくらいなら氷名を連れてきても良かったか?いやしかし大勢の目にふれて疲れてしまうかも」
「ではもう少し大きくなってから……ですね」
「むぅ……やっぱりそうだな」
主に氷月さまが過保護すぎてまだまだ秘蔵っ子になりそうだ。
「それでは氷月さま、お手洗いに」
「ああ、俺は待っているから言っておいで」
「はい」
すっくと立ち上がれば、侍女たちが続いてくれる。
「お疲れでしたら簡単な足もみもいたしますわ」
「いや……その、そこまででは」
「あら……長時間の宴会を乗り切る秘訣でもありましてよ」
「それなら疲れたらお願いしようかな……」
「ええ。いつでも仰ってくださいませ」
侍女と歓談しつつお手洗いに向かおうとした時だった。
「見付けたわよ、咲柚!」
「美世……!?」
驚き振り返る。
「私の名前を呼ばないでちょうだい!この醜女が!」
「……」
美世に怒鳴られいつものように反射的に俯いていまった。
「まぁ何ですの?奥さまに対して無礼な!」
しかし侍女が果敢に言い返してくれてハッとする。
「煩いわね!そんな醜女に荷担するなんて!」
「きゃっ!?」
美世が侍女を突き飛ばしたのだ。
「やめて!」
さすがに足が動いた。
「黙りなさいよ!あんたが竜王さまの妻?ムカつくムカつくムカつく!」
噂だけで嫌がったのは美世の方なのに。
「調子に乗ってるんじゃないわよ!三雲さま、やって」
「だ……だが、美世。竜王さまの用意した衣だぞ」
三雲さまは首を振るが。
「関係ないわ。分不相応なものを着ているんだから、分からせてやれば竜王さまだって愛想を尽かすはずよ!」
美世はせせら笑う。
「な……何を」
「黙れ!醜女の癖に生意気な!」
三雲さまの腕が迫る。
「ひ……っ」
蘇る、あの時のこと。
「いいから来い!」
「痛……っ」
乱暴に手首を掴まれ思わずすくむ。私はまた、臆病なまま……。
瞼の上に暗雲が立ち込める。
しかしその時だった。
「その手を放せ!」
私を安心させてくれる声とともに……三雲さまに氷のつぶてが襲い掛かったのだ。
「うわあぁぁぁぁっ!!」
三雲さまの悲鳴と共に不快な手の感触が外れ、優しい腕に包まれる。
「さぁて、一体どう言うことか……説明してもらおうか」
氷のように凍てつく視線と共に怒りに燃える氷月さまの顔を捉えた。




