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冷酷無比な竜王さまに嫁いだら溺愛型だった  作者: 夕凪 瓊紗.com


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【7】氷点下の竜王さま




優しい腕の中で、呼吸を整える。

その腕の主は決まってる。


「氷月さま」

「ああ、もう大丈夫だ」

優しい笑みがそこにある。


だがその安寧を掻き消すような絶叫が響く。


「いやあぁぁぁぁっ!何よこれえええぇっ!!」

ハッとして顔を上げる。そこには蹴りあげようとした足ごと足元が凍り付く桃羽がいた。


これはまさか……っ。


「氷月さま?」

「まぁな」

氷月さまが頷く。


「でもどうして……浅黄まで」

浅黄が隣に優しく寄り添ってくれる。

「氷月さま!それに浅黄もどうして!?」


「今朝具合が良くなさそうだったからな。様子を見に来た」

「私は書庫に竜王さまをご案内したのです」

それで来てくれたのか。


「しかし……お前、何をしたのか分かっているのか」

先程の優しい声音とは違う。

烈火のごとく怒りを孕む氷月さまの声。


「わ……私は、何もっ」

桃羽の顔が蒼白になる。


「白々しい!今咲柚のことを蹴っていただろう!はっきりとこの目で見たぞ!」

「それは……そのっ」

まだ凍っていない額からも冷や汗が止まらない。


「そうやって氷名にも暴行を加えたのか」

「え……っ」

決定的な氷月さまの声に桃羽が唇を引きつらせる。


「妙だと思った。氷名の翼の傷」

そう言えば……。


「それはその……氷名さまがご自分で転倒して……」

「ああ。報告ではそうだったな。だが子どもとはいえ竜人の子だ。滅多なことじゃなきゃ鱗に覆われた翼には傷なんてつかないんだよ!」

「それは……でも私じゃない!私は何もしてない……っ」

桃羽はふるふると首を振る。


「本当に何も、してないのか」

氷月さまが立ち上がり、歩を進める度に氷がピシリピシリと桃羽を侵食する。


「わ……私は悪くない!」

桃羽が声を張り上げる。


「で……でもっ」

私の口からは自然と言葉が漏れていた。


「何なのよっ!私を貶める気!?」

冷や汗をかきながらも鬼の形相。


「ひ……っ」

また……また私は何も言えないのか。


「黙れ」

「んぐっ」

え……?氷月さまの声に桃羽の声が止んだ?驚いて見れば桃羽の口が氷で覆われている。


「そうやって怒鳴り散らして氷名も咲柚も脅えさせてきたのか」

「~~~~っ」

何か言いたげな桃羽だが、その口から怒号が飛ぶとこはもうない。


「咲柚、言ってみろ」

「氷月さま」

「何があっても俺がついている。心配ない」

そうだ……氷月さまはそうやって昨夜も悪夢から守ってくれた。その優しい熱の余韻が私を導いてくれる。


「その……朝、ご飯の時。氷月さまに見えないように桃羽が氷名くんを後ろから蹴って……それで氷名くんが転んで……っ」

「何……っ」

氷月さまの顔から血の気が引く。


「それからさっきも、氷名くんのほっぺを叩いて、怒鳴って無理矢理手習いごとに連れていこうとして……っ」

「何てことを。咲柚、よく言えたな」

氷月さまの温かい手と優しい笑み。そのお陰で私は……勇気を出して良かったと思える。


「氷名も痛かったろう。気が付いてやれずに済まなかった」

「……!」

氷月さまが優しく氷名くんを撫でれば、うるうると涙を震わせ氷名くんがわあぁぁんと泣き出す。


「ああ、恐かったな。大丈夫だ。これからは兄さまが氷名を守るから」

氷月さまが氷名くんを優しく抱き締める。


「にぃ……さま」

「氷名……っ」

氷月さまが目を潤ませながら頬を赤らめる。


「ああ、氷名」

もう一度ぎゅっと抱き締めれば、氷月さまが桃羽を見る。


「この女は屋敷から追い出せ」

いつの間にやら竜人の武人たちが集まっていた。


「このままですか?」

「悪いか?」

「いえ、問題有りません」

桃羽は口と足を凍らされたまま運び出されていく。その顔は寒さと怒りでごっちゃになっているようだ。


「咲柚」

「はい、氷月さま」

名を呼ばれハッとする。

「気にすることはない。全てあの女の自業自得だ」

「は……はい」

まるで私の心配すらも見透かしているようだ。


「それから手当てもしないとな」

「私はその、大丈夫ですから」

必死に手を振れば。


「なりません。痕が残ったらどうするのです」

「あ……浅黄」

浅黄にその手を取られる。


「さ、氷名さまは竜王さまにお任せを」

「ああ。ほっぺに腫れはないようだが、氷名に怪我がないかは俺が見よう」

「は……はい!」

それなら氷名くんも安心だ。


「咲柚さまはこちらへ」

「う……うん!」

別室で痕がないかを浅黄に見てもらい、湿布薬を数枚貼ってもらうことになった。


氷名くんは幸い傷などもなく、暫くは。


「にいさま」

「氷名ったら甘えん坊だな」

兄さまにぎゅっと抱き締めてもらうことが何よりもの治療になっているようだ。氷月さまも頬をほころばせている。


「氷名は当分俺の側で面倒を見ようと思う。お前さえ良ければ日中、氷名を任せられないか?」

「その……もちろんです!」

氷名くんもそれを聞いて嬉しそうに頬を赤らめている。


「そうか、良かった。何かあれば浅黄も頼っていいからな」

「は、はい!」

氷名くんの安全が確保できたのはもちろん、氷月さまに頼りにされていることがなおのこと嬉しいのだ。


そうしてあの日以来、日中は氷名くんと過ごす日が多くなった。


「次は何の絵本にしようか」

「えっとね……これ!」

「それじゃぁ読むね」

「うん!」

氷名くんとの日々は今までの辛い日々すらも癒してくれるように温かくて優しい。


氷月さまがお仕事から戻られれば3人で食事をして、それから床を一緒にする。

平和で穏やかな日々だ。


「咲柚さま、そろそろお昼寝のお時間かと」

「うん、浅黄」

うとうととしていた氷名くんはお昼寝用のお布団に入ればむにゃむにゃとうたた寝を始める。


「氷名さまは私が見ておりますから、お手洗いにでも」

「うん、ありがとう。浅黄」

こうして交替で氷名くんの面倒を見ている。


そして最近では他の侍女たちとも顔を合わせるようになった。


「咲柚さま、お手洗いですか?」

「今は氷名さまのお昼寝でしょうか。もし良ければお飲み物をお持ちしておきますね」


「ありがとう。浅黄がついていてくれているはずだから、よろしくね」

「ええ、もちろんでございます」

他の侍女たちも浅黄のように優しくて穏やかだ。桃羽のようなあからさまな侍女の方が珍しい……と言うことか。


――――そして、お手洗いの帰りのことである。


「……話し声?」

それも何だか必死なようである。


「あっちからだ」

そっと足を向けてみれば、玄関の方のようである。


「お願いいたします、竜王さま!どうか、どうかお許しください!」

玄関口では氷月さまに懇願するように頭をへこへこする人間の男性がいる。


「くどい。お前の娘は我が妻と弟に手を出したのだぞ。許されるはずもない」

もしかして桃羽の父親……!?


「ですがそれで中央から離れた僻地に左遷などあんまりです!」

「それだけのことをしたのだ。本来ならば左遷だけでも生ぬるい」

氷月さまが冷酷に告げる。


「しかしその……娘も反省しておりますし」

「反省だけで済む問題だとでも?」

その声は氷点下だ。


「娘は竜王さまの宮に仕えるのが夢だったのです!」

「だからなんだ。それでやったことが妻や弟への暴力行為。反省していると言うのなら文句を言わず素直に都から去るがいい」

怒りを孕んだ凍るような声に、桃羽の父親は震えながらその目を見上げる。


「ぐぅ……冷酷無比と言うのは噂通り」

「それが?」

氷月さまの視線はどこまでも冷たく凍てついている。言われ慣れていると言わんばかりに。


「とっととこやつを摘まみ出せ」

「はっ!」

竜人の武人たちが桃羽の父親を強引に宮の外へと引きずり出していく。


その時。


「……咲柚?」

氷月さまがこちらに気付いたようだ。


「……見ていたのか」

氷月さまが気不味そうに視線を外す。


「その、声が聞こえたから」

ポツリ、と声を絞り出せば。


「済まないな。竜王としての俺は……恐いだろ」

その目は所在なさげで。


「そ……そんなことない!」

このひとを、氷月さまを悲しませたくなかった。


「咲柚……」

氷月さまは驚いたようにこちらを見る。

私の足は自然と氷月さまに向いていた。

そしてその手を取る。あの時と変わらぬ温かい手。


「氷月さまは竜王としても私の夫としても氷名くんの兄さまとしても。とっても優しくてあったかいひと」

「……それは」

氷のように凍てついた表情の裏にも熱い思いと決意を持っている。そんな素敵な方だ。


「だから私は、あなたの妻になれて良かったと思えるの」

「咲柚……ありがとうな」

氷月さまが優しく微笑む。


「今日は少し早く戻るよ。氷名にも伝えておいてくれ」

「分かりました。氷名くんもきっと喜びます」

優しい氷月さまの手に安堵する気持ちと、氷名くんが起きたら喜ぶだろうなとわくわくする気持ち。


たくさんの気持ちを抱きながら私は今日も氷月さまのお帰りを待つのだ。


そんな日々が堪らなく幸せで、大切にしたいと思う。


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