【12】新たな日々
――――翌朝。竜王の宮の玄関は騒々しく荒れていた。
「竜王さま!どうかお願いいたします!」
「白羽家は遠方に左遷になり美世の婚約も無効になりました」
氷月さまの前でへこへこと頭を下げるのは……お父さまとお母さまだ。
「このままでは我が娘美世が行き遅れてしまいます!」
「そうですわ!この縁談は元々竜王さまと美世のものであったはず!」
氷月さまの隣の私などいないもののように目をギラギラさせて、今もなお彼らの自慢の娘である美世に良縁をとしめしめと企んでいるのだ。
「竜王さまも不出来な咲柚などお嫌でしょう」
「美世を竜王さまの花嫁にお迎えください」
そう言ってにんまりと勝ち誇ったように笑う。
「ふざけるな!」
しかしその時ずっと黙っていた氷月さまが声をあらげる。
「ひぃっ」
両親の顔がひきつり、目の前にいるのが竜王であることを再認識したようだ。
「宴での件、その美世と言う娘も我が不興を買ったことを忘れたか!」
「美世はそのような娘では」
それでもまだ美世に幻想を抱いているのか……。
「事実であろう。その上我が花嫁咲柚に手を出したのだぞ」
「さ……咲柚などより美世の方が素晴らしい娘で……」
「どこがだ!それに、咲柚もお前たちの娘であることに変わりはないだろう。それなのに何故咲柚ばかり貶すのだ」
氷月さまの怒気にお父さまがしどろもどろになる。
「だ……だって咲柚は出来損ないで容姿もたいして……っ」
そう言っていつもいつも叩かれ、怒鳴られ、人間であることの尊厳すら奪われた。
「もういい、分かった。咲柚をあからさまに貶し、その美世と言う娘に傾倒するさま……見ていてとても不愉快だ」
「そ……そんな」
お父さまの顔が蒼白になる。
「いいか。俺の花嫁は誰が何と言おうと咲柚だけだ。そして金輪際、お前たちの家は花嫁候補から外し巫女の家の看板を掲げることも許さない」
「それでは没落と変わりません!」
お父さまの唇がわなわなと震えるが。
「ああ、そうだ。没落してしまえ」
竜王の宣告はどこまでも冷酷なものだ。
「そんな……ひどいっ」
お母さまが泣き崩れる。しかし氷月さまはそんなものには惑わされないと睨みを鋭くする。
「お前たちの態度で咲柚にどんな態度をとってきたかくらい分かる。ひどいのはお前たちの方ではないのか?」
「あ……あんまりでございます!」
お母さまが泣き叫ぶが。
「くどい。これは決定事項だ。巫女の看板も下ろした没落家はとっとと去るがいい」
竜人の武人たちが両親を捕まえ外に引きずり出していく。
その時、お父さまとお母さまと目が合った。まるで私に助けを求めるような目を向ける。
私が助けて欲しい時。助けるどころか煩いと怒鳴り、殴ってきたひとたちが。
「咲柚!あなた、美世がかわいそうだと思わないの!?」
引きずり出される寸前にお母さまの甲高い叫び声が響く。
「思うはずなんて、ないじゃない!」
散々我が儘放題して、私のものを欲しがった。さらには氷月さままで……!そんなの……そんなの許せるはずがない!拳がふるふると熱を帯びる。
「あんた……この親不孝もの!」
「そうだ!この親不孝ものが!」
お母さまに続いてお父さまが怒鳴る。怒鳴れば私が言うことを聞くとでも?畏縮するとでも?
「だから、何?」
『はぁ?』
「私を人間として扱ってくれなかったあなたたちに孝行する筋合いなんてない」
そうビシリと告げれば、今度こそ両親が喚きながらつまみ出されていく。後悔などない。するはずがない。
「良く言えたな、咲柚」
「うん、氷月さま」
優しく微笑んで、頭を撫でてくれる氷月さまがいるから。
「そう言えば……隠居した両親が俺の花嫁に会いたがっているんだ」
「え……っ」
つまりは義両親?
「今度会いに来ると言うから紹介するよ」
「う……うん」
快く受け入れてくれるだろうか?
「ずっと娘が欲しいと言っていたからな。実の両親ではなくとも、両親は両親だ」
まるで毒のような両親と決別した私を励ますように教えてくれる。
「その時は父さんと母さんと呼んでやってくれ」
「うん。お義父さまとお義母さまにお会いできるのを楽しみにしているね」
「そうだな」
実家との決別、それは弱虫だった頃の私から完全に解放されたこと。もう、脅えたり恐れたり何てしない。私は人間であることを諦めない。
――――氷月さまの花嫁であることを誇りに思う。
そひて失ったものよりもこれから得られるもののほうがきっもとても大きいことに気が付いたから。
そして2人で氷名くんの元に向かえば。
「さゆ!にいさま!」
かわいい天使が抱き着いてきてくれる。
「今日はいっぱい遊ぼうね」
「ああ、俺も時間を空けたからな」
「うん!それじゃぁね……」
氷名くんが浅黄の用意した絵本を選ぶ。
最近はお姫さまのセリフを私が、竜王さまのセリフを氷月さまが読むのもハマっているみたいだ。
「これ!」
氷名くんが選んだのは竜王とお姫さまのお話。
「氷名ったら、好きだなぁ」
「うん、にいさまとさゆのお話」
「はは、そう見えるか?嬉しいな」
そう顔がほころぶのはそれが昔氷月さまが好きだった絵本だからだろうか?
前にこっそりと浅黄に聞いたのだ。
そして浅黄もまた微笑ましそうだ。
私と氷月さまは氷名くんを囲んで絵本を読み聞かせる。
それが私と氷月さまの物語のように。
これから氷月さまと一緒に歩む人生はきっと幸せに満ちている。
これからも幸せな家族であるように願う。
【完】




