第137話 税の不満
第一回市の翌朝、実務室の机には品より先に不満が積まれていた。
売れた数。
余った数。
宿の控え。
鍋の追加分。
その横に、村からの申し出。
商人の苦情。
通りごとの古い取り決めの控え。
「……市場だけじゃないな」
とレオンは言った。
ヘルマンが鼻を鳴らす。
「ええ」
「見えただけですな」
広場で表に出たのは、市場手数料のばらつきだった。
だが紙を並べると、似た歪みがほかにもあった。
村ごとに違う作物税。
村境や橋ごとに違う通し銭。
門で見逃される顔と、毎回止められる顔。
しかも、それぞれに理屈がついている。
昔の不作年の名残。
見張り代。
橋の補修。
古い免除。
顔なじみへの慣例。
「理屈があるのが面倒ですね」
とセリスが言った。
「だから皆、“少し違うだけ”の顔をする」
フィアナは村側の控えを一枚ずつ見ていた。
北谷。
森縁。
川沿いの小村。
同じくらいの畑なのに、納める穀の量が揃っていない。
ある村は昔の豊作年の基準がそのまま残っていた。
ある村は不作の年に“一時的”として足された労役が、そのまま続いている。
別の村では、収穫のほかに荷車出しが慣例になっていた。
「これでは比べた瞬間に荒れます」
とフィアナ。
「今までは比べる場がなかっただけです」
それはその通りだった。
村の人間は村で払う。
商人は自分の道で払う。
市場は死にかけていた。
だから、同じ日に同じ場所で顔が揃わなければ、不公平は噂で済んだ。
だが市が立った。
村の人間と商人が同じ広場に立つ。
そこで初めて、「うちはこうだ」「こっちは違う」が見える。
マルタが新しい紙束を抱えて入ってきた。
「鍋場じゃなくて井戸前で聞こえた話ですけど」
「北谷の女たち、“何で森縁は荷車出しがないのに、うちは毎回出すんだ”って」
「ほらな」
とノアが言った。
「市場に人が集まるって、品が動くだけじゃないんですよ」
「比べられるんです」
ノアの前には商人側の不満が積まれている。
同じ荷車でも、橋で取られた者と取られなかった者がいる。
門で確認札を見せただけで通る顔がいる。
逆に、初めて来た御者は橋銭、通り銭、広場の場所代まで重なっていた。
「高い安い以前です」
とノア。
「読めない」
「読めない銭は、一番嫌われる」
レオンは紙を一枚引いた。
川沿いの橋銭控え。
荷の重さでも品でもなく、誰が持ってきたかで額が違う。
理由は“昔からそうだから”。
「昔から、で全部通す気か」
とレオン。
「前のフェルドなら通りました」
とヘルマン。
「人が減る一方で、新しく来る者も少なかった」
「内輪の理屈で回しても、外へは大して漏れなかったのです」
「でも今は漏れる」
とセリス。
「ええ」
ヘルマンは頷いた。
「市が立ったからですな」
そこが面白く、面倒だった。
市場は成功した。
だからこそ、その市場が領地の古い歪みを表へ引きずり出した。
作物税の差。
通行税の差。
市場手数料の差。
別々に腐っていたものが、人の流れと一緒に一か所へ集まってきたのだ。
昼前、実務室へ村側の代表が二人来た。
北谷の年配の男と、川沿いの若い女だった。
「市場のことだけじゃありません」
と若い女が言う。
「うちは去年、畑を流されました」
「でも納める穀の線は、豊作だった頃のままです」
「足りない分は鶏と労役で埋めろと言われる」
「橋もです」
と北谷の男が続ける。
「町へ豆を持っていくたび、昔の橋銭を取られる」
「毎回は薄くても、春先の小口には効きます」
「領内なのにか」
とレオン。
「領内だからです」
男は苦い顔で言った。
「外の大商いには遠慮する」
「その代わり、逃げにくい村から細く取る」
それを聞いて、レオンは少しだけ息を吐いた。
嫌な話だ。
でもよく分かる話でもある。
弱いところは逃げにくい。
逃げにくいところから取る。
そうやって町は縮む。
フィアナが問いを重ねる。
「村ごとの線は、誰が決めていますか」
「昔の帳面を見ているだけでしょう」
と北谷の男。
「でも、見る人間で少しずつ違う」
「だから余計に揉める」
そこだった。
高い低いだけではない。
どう決まるのかが見えない。
見る人間で変わる。
顔で変わる。
市場手数料と同じだ。
「税そのものより」
とフィアナが静かに言った。
「基準が死んでいます」
言い切り方は冷たい。
だが、レオンも同じことを考えていた。
今のフェルドは、金が足りない。
だから税を全部軽くする、なんて綺麗事は言えない。
でも、基準が死んだまま税だけ残れば、細るのはいつも弱い方だ。
村の二人が帰ったあと、レオンは机の紙を見回した。
作物税。
通行税。
市場手数料。
全部別の問題に見えて、根は同じだった。
「顔で変わる」
と彼は言った。
フィアナが目を上げる。
「はい」
「なら、切るのは額だけじゃないな」
「ええ」
フィアナは短く答えた。
「どう決まるかまで、出さないと意味がありません」
セリスが紙をまとめる。
「市場の銭だけ直しても、村は残る」
「村だけ直しても、商人は残る」
「全部まとめてやるしかないですね」
ノアが肩をすくめた。
「嫌われますよ」
「知ってる」
とレオン。
「でも、今なら切れる」
市が立ったばかりだ。
流れがまだ細い今なら、全部を壊さずに直せる。
太ってからでは遅い。
内輪の取り分が固まってからでは、もっと重くなる。
「まず話を聞く」
とレオンは立ち上がった。
「古参家臣、地持ち、村側、商人側」
「その上で線を引く」
紙の上の不満は細かい。
だが、その細かさこそ町の癖だった。
そして次に噛みついてくるのは、たぶん外から来た商人ではない。
今まで“昔から”で回してきた側だ。




