第103話 反撃の資料
正午を過ぎる頃には、実務室の机は紙で埋まっていた。
暖炉は焚いている。
だが温かいというより、冷えを押し返しているだけだ。
窓際から入る光も薄く、部屋の空気は紙の匂いで乾いていた。
レオンは束を四つに分ける。
監査時提出資料の控え。
現場での説明要旨。
実績比較の数表。
現行担当の一覧。
「感情的な抗議はしない」
と彼は言った。
「やるのは“何を渡して、どこが落ちて、どう意味が変わったか”の整理だけだ」
「承知しました」
フィアナが答える。
「王都受けする文へ整えます」
セリスも続けた。
マルタが控え板を机へ置いた。
「鍋場は、札と器の返りで数を出してる」
「綺麗な帳簿じゃないけど、今のフェルドにある現実の数だよ」
「そこを“体裁”で片づけられるのは腹立つけどね」
「腹立つのは分かる」
レオンは答えた。
「でも、文に残すのは怒りじゃなく順番だ」
「何食維持したか、吹雪日にどこまで落ちたか、どう補ったか」
「そこだけ出してくれ」
「分かったよ」
マルタは短く言って席へ戻った。
ヘルマンは旧名簿と新表を並べている。
「死者、重複、未登録」
老人は低く数えた。
「修正数と再確認村数、それと配給表との一致率」
「途中ではあるが、前よりどこまで死ににくくなったかは出せますな」
「そこです」
フィアナが言う。
「完全ではない、と先にこちらから書いてください」
「不足を隠しているように見せないために」
ドルクは門と巡回の板を書き写していた。
「襲撃七から一」
「ただし、一で安心したわけじゃない」
「門当番の再編と旧関所道の切断が効いた、でいいか」
「いい」
レオンは頷く。
「“まだある”は向こうに書かれる前に、こっちから書く」
「でも比較は落とさない」
セリスは提出控えと監査局写しを左右へ置き、違う箇所へ細い紙片を挟んでいく。
「担当表の欠落」
「比較値の省略」
「文末評価の変更」
「添付参照の飛び」
「この四点を柱にします」
「逃げ道は」
とレオン。
「“局内要約”と“単なる整理”です」
セリスは即答した。
「ですから、こちらは“要約の結果、意味が変わった”と書きます」
「誰か個人が悪い、ではなく、現地確認後文面に偏りが生じた、と」
その言い方は嫌に落ち着いていた。
敵を狭くしない。
制度ごと受けさせる。
セリスはそういう時に強い。
フィアナは別の束をまとめている。
鍋場、門、名簿、倉。
それぞれに短い証言を添えていく。
誰が、いつ、どこで、何が変わったか。
感情より先に事実が来る並びだった。
「現場証言、短いな」
とレオンが言う。
「長いと切られます」
フィアナは顔を上げずに答えた。
「私は擁護文を書きたいのではありません」
「現場がどう回り始めたかだけ残せば十分です」
「……そうだな」
彼女のやり方は、昔の自分がされたことへの反発でもあるのだろう。
感情で訴えると、王都では“取り乱している”へ寄せられる。
だから先に数字と順番を置く。
セリスがふと手を止めた。
「殿下」
「送付先ですが、監査局だけでは足りません」
「王都受付にも回すんだろ」
とレオン。
「ええ。それに加えて、辺境伯家名義の正式補足としても一本立てます」
「同じ内容でも、窓口が一つだと握られます」
フィアナが頷く。
「近隣領へも要約を回しましょう」
「王都側の一方的な評価が先に広がると、春の買付にも響きます」
「やる」
レオンは即答した。
「配給回復、治安減少、名簿再確認、現行分担」
「その四つを骨にして、余計な感情は入れない」
「承知しました」
セリスが言う。
そこへ、カイルが扉を叩いた。
「失礼します」
「監査使の方から通達です」
受け取った紙は短かった。
――明日、領都内にて公開確認の場を設ける。
マルタが顔をしかめる。
「やっぱり来たね」
「来ます」
セリスは平然としていた。
「監査文面を空気にした以上、次は人前で既成事実を置きに来ます」
「なら尚更だ」
レオンは紙を机へ置いた。
「今日中に出す」
「向こうが公開の場を整えるなら、その前にこっちはこっちの骨格を王都へ飛ばす」
フィアナが短く言う。
「公開の場では、私への“実務集約”と“冷酷さ”が再利用されます」
「分かってる」
とレオンは答えた。
「だから今、紙の上で先に切る」
「抱え込んだことは隠さない。だが今は分けている」
「そこを曖昧にしない」
フィアナは一瞬だけ手を止めた。
けれどすぐに頷く。
「……はい」
セリスはそのやり取りを見ても、何も挟まなかった。
ただ、次の紙へ筆を走らせる。
部屋の中で、三人の役割がはっきり噛み合っていた。
レオンが順番を決める。
フィアナが現場を事実へ落とす。
セリスが王都の文へ整え、逃げ道を塞ぐ。
奇策ではない。
積み上げた手を、そのまま紙へするだけだ。
だがそれが、今のフェルドにはいちばん強かった。




