希望
小学校の道徳で、先生は言った。
「みなさん、希望を持って生きましょう。希望は人生の光です」
僕はノートに「希望=光」と書いた。
隣のタカシは「光? 蛍光灯じゃん」と笑った。
その時は「なるほど」と思った。まだ笑えた。
中学では「希望校」、高校では「希望進路」、就職では「希望職種・希望給与」。
希望の言葉はすべて書類に置き換えられ、現実の光はどこにもなかった。
面接官に「希望は?」と聞かれた時は、「いつか会社を背負って立つ立場になりたいです」と答えたものだが、面接官の苦笑は今でも覚えている。
あれから数年、まじめに働いてきた僕は、希望を持った新入社員達に「非常口はこちらです」と案内する立場に変わっただけだった。
ある夜、コンビニで弁当を温めながらふと思った。
希望は人生の光じゃない。
ただ、チカチカする蛍光灯を見ながら「俺の希望ってあんなものか…」と思うだけだ。
チラつき具合は、人生の滑稽さにぴったり合っている。
レジ横の揚げ物コーナーでは、揚げたての唐揚げが湯気を上げていた。
香りにつられて手を伸ばすと、唐揚げはスルリと網から落ち、まるで俺の希望もつまずいたかのようだった。
「ああ、俺の希望って、こんなにも小さくて脆いのか」と唇を噛み締めた瞬間、電子レンジから「チン!」という音がして、現実は温め直されるだけだと気づく。
隣の冷蔵ケースでは、アイスクリームが棚の隙間に押し込まれ、誰も取らないまま固まっていた。
希望も、こんな風に冷凍保存されるだけで、賞味期限が過ぎるのを待っているのかもしれない。
帰り道、足元の段差に躓きながら、ふと思った。
「蛍光灯でもいいじゃないか、あれくらいの希望でもないよりはましさ」
俺に合わせた希望を持って歩いていこう。
暗くなった夜道を急いで帰ろうとした時、道路脇の外灯が消えそうで消えない光を灯していた。
その一瞬、僕は少しだけ希望を持った気がした。
そして、まるでそれを知っていたかのように、外灯は「パチッ」と消えた。




