第83章
「キャッ」
花蓮は悲鳴を上げて、後ろに倒れそうになった。
正夫は咄嗟に彼女の身体を支える。
四つくらいの女の子が尻もちをつき、きょとんとこちらを見上げている。少し大きい男の子がそばでびっくりしたような顔をして突っ立っている。
鬼ごっこのようなことをしていて、走ってきた女の子が花蓮にぶつかったようだった。
女の子は顔をしかめると、火がついたように泣き出した。
「すみません」
その子の父親なのだろう、三十歳ぐらいの男が小走りでやって来て頭を下げると、女の子を抱き起こした。向こう側に荷物が置いてあり、その横に立っていた母親らしき若い女も、こちらを向いて頭を下げている。
正夫はその男の姿に、若い頃の自分の姿を見た。良き父親であり、良き夫であり、幸福な家庭の主人。あの頃は妻と二人三脚で、絵に描いたような幸福な家庭を築こうと努めていた。
女の子は母親のところに連れて行かれると、母親にすがって泣き、母親が抱き上げた。父親と男の子が横に立って、その様子を見ている。
正夫がふと横を見ると、花蓮もその家族の方を見ていた。
「もう数年もしたら、君もああいう風になるんだな」
「うん、いい家族よね。私も幸せな家庭を作るわ」
「頑張れよ。加奈子さん」
「あ、初めて、本名を言いましたね」
花蓮は可笑しそうに笑いながら、
「正夫さんも頑張ってね。年だなんて言わないで頑張ってね。弁護士になってください」
「どうしてそれを知っているんだい?」
「いやだあ。川村さん、前に言ってたじゃない。弁護士になることが夢だったって。司法試験って記憶力が一番大事なんでしょ?そんなことじゃ、何年経っても受からないわよ」
正夫は苦笑しながら言った。
「うん。頑張るよ」




