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花とたゆとう ふたたび  作者: 御通由人
44/86

第44章

「はあ、そうですが……。」

 正夫は警戒しながら、恐る恐る尋ねた。「すみません。どちら様でしょうか?」

「ごめんさい。驚かせてしまいましたか?」

 彼女はそう答え、それから顔を近づけると、「美女っ娘倶楽部に勤めている美鈴と申します」と声を潜めて言った。

「ああ、どこかで見たような記憶があると思いました」


 正夫は店内に貼っている写真やホームページ上の写真で彼女を見たことを思い出していた。彼女はぼかしの入っていない顔写真を載せていた。確か花蓮と同じ二十五歳で、店では最年長である。


「はじめまして」

 彼女は微笑みながら、頭を下げた。

 正夫は慌てて会釈を返しながら、

「でも、どうして僕のことを知っているのですか?」

「私、花蓮さんと親友なんです。それで川村さんのことも聞いています。毎月月末の土曜には必ず来るんでしょ?彼女言っていましたよ、優しくて面白いオジ様だって。この前はハンチングをかぶってサングラスをかけて、中国のマフィアみたいで、逆にめちゃめちゃ目立っていたと大笑いしていました。で、今日は月末の土曜だし、たぶんこの人が川村さんなのだろうとピンと来て、声を掛けたんです」

「ああ、なるほど」

 今日もこの前と同じようにハンチングを被りサングラスをしていた。花蓮に笑われたので、店に入る前にはハンチングを脱ぎ、普段の眼鏡に変えようと思っていたのだが。


 花蓮が自分のことを面白い人と思っているとは意外だった。素敵な人とかダンディな人だとかと思われていないのはがっかりだが、こんなしょぼくれたオヤジをそう思わないのは当然のことか。だが、嫌な客とか話題にも上らない客よりはずいぶんとマシか。優しいという枕詞がついているということは、本当に自分に好意を持ってくれているのだろうか……。

 

 そんなことを考えていると、美鈴がまた話しかけて来た。

「それで、今日はこれから店へ行くのですか?それとも帰りですか?」

「いや、実はね……」

正夫はハンチングを脱ぎ、普段の眼鏡に変えながら、事情を説明した。

 今日花蓮は高熱で店を休んでいること。自分はいつもより早く家を出たこと。その連絡が来たのが新幹線の中だったので、引き返す訳にはいかなかったこと。

「そうだったのですか。でも、それならどうしてここにいるんですか?」

「いやあ、いつもの習慣というか、なんとなくというか……」

「じゃあ、良かったら、今日は私と遊びませんか?せっかくここまで来たんだし」

 彼女はまた顔を寄せて言った。

正夫はドキッとしながら、改めて美鈴の姿を見た。


 長身で、ブルージーンズを履いた足がすらりと伸びている。丈の短い白色のTシャツと股上の短いジーンズの間から、ちらりとおへそが覗いている。

 顔は造作が大きく、濃い目の化粧が、目立つ顔立ちをさらにはっきりとさせている。

 

 正夫の住んでいる市の郊外にある大型のショッピングモールで、以前はビールや携帯電話などのキャンペーンが行われ、いわゆるキャンギャルと呼ばれる女の子が来る時があった。

 大柄のスタイルの良い女の子が、丈の短い体の線が浮き出る薄い生地のタイトなワンピースを着て、商品の宣伝に努めているのを何度か見たことがある。

 健康的で、スポーティで、都会の風を振りまくような彼女達の姿には田舎者に羨望の念を抱かせるものがあった。

 美鈴の容姿はそんなキャンペーンガールの姿を連想させ、思い出させた。

 

 二人とも美人の範疇に属するだろうが、花蓮はよく言えば清楚、悪く言えば地味な印象であるのに対して、美鈴は華やかな印象がある。

 花蓮がレンゲ草なら、美鈴はバラだ。

 たぶん、客の間では美鈴の方が人気があるだろう。華やかで、しかも溢れんばかりの色香がある。

 正夫は美鈴に欲情を感じた。それに彼女が言うように、せっかく東京まで来たのに、何もせずに帰るのも馬鹿馬鹿しい気もする。

 しかし、それでもやはり花蓮を裏切るような真似は出来ない。

 

 美鈴は正夫の手を取ると、「ここでは話しにくいから、とにかく外に出ましょう」と言いながら、強引に彼を店の外へと連れ出した。

 正夫は狼狽えた。こんな若い娘と手を繋いで歩いたことなど一度もない。

「いいのですか?こんなことをして。店外デートは禁止されているのでしょ?見つかったら、まずいですよ」

「大丈夫ですよ。花蓮がそんなことを言ったのね。もうあの子ったら、規則規則ってお堅くって、融通が利かないんだから。こんなのデートじゃないですよ。一緒に歩いているだけじゃない。セックスが絡まなければ、店外デートとは言いません」

 そうなんだと思った。 

 あういう店では厳格なルールが決められていて、違反した人には罰則や罰金があるのかと思っていたが、ある程度は女の子の裁量に任されているらしい。

「川村さん、花蓮のことを心配しているのなら、平気よ。花蓮も仲の悪い子に大事なお客様を取られるのは嫌だろうけど、私と彼女は親友だから、何も思わないわ。むしろ、自分が相手出来ないのを、私が代わりに大事なお客様の世話をしてあげるのだから、私には感謝してくれると思うわ」

そう言われれば、もっともな気がする。

「それにね、実を言うと、私も前から川村さんに興味があったの。うちの店は安普請だから、大きな声を出すと、隣の部屋の声が聞こえるのよね。だけど、花蓮の声は聞こえたことがなかったのよ。それで、みんなであの子は不感症じゃないかと噂になっていたんだけど、川村さんが来るようになって、川村さんの時だけ声が聞こえるの」

「へぇー、そうなんだ」

 確かに花蓮は絶頂に達する時、いつも悲鳴のような、泣くような、動物の鳴き声のような、奇妙な声を上げた。

 しかし、それが自分の時だけだとは意外だった。思いもよらなかった。

「それでね、きっと川村さんは凄いテクニシャンじゃないかって噂になっていてね。私もそのテクニックを味わらせて貰いたいなって……」

 彼女は濡れた大きな目でじっと正夫を見つめた。

 

 テ、テクニシャン!

 女性経験の少ないこの俺がそんなわけないだろう。

 そう思いながらもそう言われれば満更でもない。

 ちょい悪のイケメンオヤジになったような気になってくる。

「いやあ、そんなことはないけどね。じゃあ、君がよければ、今日は相手して貰おうか」

「嬉しい!今日会ったのも何かの運命ね」

 そう言って、美鈴は身体を寄せ、腕を正夫の腕に巻き付けてきた。

 正夫はまた狼狽した。行き交う人が好奇の視線を自分達に向けているように思われ、恥ずかしくて落ち着かなかった。


 店のあるビルの階段の上がり口まで来ると、美鈴は身体を離し、「先に上がるから後で来てね」と言った。

「ロングコースじゃ花蓮に悪いから、レギュラーコースでいいわ。それと、衣装は水着を選んでね」

 そう言うと、足早に階段を上がっていった。

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