第41章 九月
九月の第3土曜日、店に入ると、店長が飛んで来た。
「申し訳ありません。今日は三十分くらいお待ちください。本当にすみません」
心底すまなそうな顔をして深々と頭を下げた。
店長はもう正夫の顔を覚えていて、誰を指名するかなどとは聞かなくなっていた。
花蓮と連絡を取り合うようになってからは待たされることは一度もなかった。店に行くとすぐに部屋に通されるようになっていた。
しかし、今日は久しぶりに待合室に通された。待合室は混んでいて、若い男が多かった。
正夫は客の間の空いている席に座りながら、心がざらざらと苛ついてくるのを感じた。三十分も待たされるということは、彼女が今、他の客の相手にしていることは確かだった。
正夫の脳裏に、花蓮に覆い被さり彼女の白い肢体を愛撫する若い男の姿がちらついた。ねばねばした不快な感情がじんわりと心の底に広がってゆく。
三十分どころか一時間近くも待って、やっと正夫は番号を呼ばれた。店長は平身低頭、何度も謝ったが、正夫の気持ちは晴れなかった。
部屋に入ると、花蓮はどことなく疲れた表情をしていた。
「お待たせして、ごめんなさい」
「今まで客の相手をしていたのか?」
花蓮はこくりと頷いた。
「ほんとにごめんなさい。川村さんが来る時は他には誰も入れないで、と言ってたんだけど。お客さんのオキニの女の子が急に休んじゃって。常連だからと、店長に頼まれて断りきれなかったの」
「ずいぶん長かったな」
「ごめんなさい。延長されちゃったから」
延長……ということは、その男は花蓮を気に入ったということか。覆い被さる男の背中に手を回して、目を細めて感じている彼女の顔が脳裏にちらつく。
「若い男か?」
彼女は視線を反らした。
「……いいじゃない。誰だって、そんなこと。……それより昨日の夜遅くに明日行くからってメールを貰った時は驚いちゃった。月末でないのにどうしたの?」
「うん。急に今日、暇になってね」
九州に住んでいる家内の父方の叔母が入院し、家内と娘は見舞いと観光を兼ねて、昨日から二泊三日で出かけることになった。
それに今まで月末に来ていたのは、月末の土曜に花蓮が出勤していると以前聞いたからだ。別に正夫にとっては月末でなくてもよかった。
それを言うと、彼女は弱々しい笑顔を作った。
「そうでしたか。気を使ってくれてたのですね。ありがとうございます。でも、私も月末でなくても大丈夫です。実はこの仕事をしていることは家族には内緒なの。普通の会社に勤めていると思ってます。だから、日曜はまずいけど、土曜なら、仕事が忙しいから出勤しなければならないと言えばいいから、川村さんの都合のいい日で大丈夫です」
なるほど。そういう事情で平日の昼間しか出勤していないのか。
風俗というとなんとなく夜のイメージがあり、昼間しか働かないのを不思議に思っていた。もしかしたら、夜は夜で別の店か水商売に勤めているのかとも思っていたが、合点がいった。
それから、彼女はお腹を押さえた。
「朝から食べていないんです。お腹空いちゃった。でも、今日はお弁当を作れなかったの。もっと早く連絡してくれたら、用意が出来たのに」
「連絡が遅くなってごめん。急に来た僕が悪いんだから、弁当がなくても気にしなくていいよ」
「今朝、うちにあるありあわせのもので、簡単なお弁当を作ろうと思ったのだけど、お店から早く出て来てくれと連絡があったの。それで時間がなくて作れなかったの」
前の客のためにわざわざ早く出勤したのか。
また心が波立つ。
「でも、お店に来る前に、コンビニでお弁当を二つ買ってきたから今日はそれで我慢してね。ああ、お腹ぺこぺこ。持って来ますね」
そう言って部屋を出ようとした花蓮の腕を正夫は掴んだ。
「今日は先にしたいんだ」
正夫は彼女の身体を引き寄せ、抱こうとした。
「わかりました。でも、先にシャワーを浴びてからにして」
花蓮は拒絶した。
その言葉に返事をせず、黙ったまま正夫は彼女を強く抱きしめた。そして、欲情に突き動かされるままに、荒々しく彼女の身体にむしゃぶりついた。
花蓮は数度「痛い!」と悲鳴を上げた。
「いつものようにもっとやさしくして」と泣きそうな声で言った。




