第30章
この前メールアドレスを交換してからは花蓮から頻繁にメールが来るようになった。
一回限りの客が多く、正夫もそうかもしれないと思い、迷惑ではないかと遠慮していたそうだ。
平日の朝には「今から出勤します。お仕事がんばります。川村さんもお仕事がんばってください」
金曜の夜には「今週もご苦労様でした。土日ゆっくり休んでくださいね」
休日には「今から友達とショッピングに行ってきます」や「今日は一日家にいて部屋の掃除や金魚の水槽の水換えをします」という文面がハートマークやキスマークや可愛いらしい絵文字で飾られて送られてきた。
他愛のない話しか書いていないが、それを読む度に正夫の心は幸福感で溢れた。
気持ちはいつまで経っても若いままだ。三十歳半ばで止まっている。ずっとそう思っていた。
しかし、それは間違いだった。
何十年も心がこんなにときめくことはなかった。
花蓮との出会いが若い時の気持ちを思い出させてくれた。
青春と呼ばれる時期には、心はもっと活発に反応し大きな振幅で揺れ動いていた。それがいつのまにか植物が水分を失って枯れてゆくように、心は潤いをなくし、乾き、動きを止めてしまった。
その失くしていた感情を三十年ぶりに花蓮は蘇らせてくれた。
諦めに似た乾いた気持ちを感じることもいつの間にかなくなっていた。
正夫の生活にもわずかな変化が出た。
丹念に身体を洗うようになった。
歯も念入りに磨くようになり、磨く回数も増えた。
週に数回、自分の部屋で、ストレッチや腹筋、背筋、腕立て伏せをするようになった。
エスカレーターでなく、階段を使うことが多くなった。
何かの時のためにと、小遣いを少しずつ貯めてきたへそくりが多少はあった。
しかし、花蓮と毎月会ったら、すぐに底がついてしまう。
お金を捻出するために、昼食は毎日かけうどんだけにした。
「課長、今日もかけうどんですか?それじゃ、身体が持たないですよ」と、からかう部下には「娘が大学に行っているから、色々物入りでね」と言い訳をした。
「最近、楽しそうですね。何か良いことがあったのですか?」とか「最近、元気ですね。溌剌としてますよね」ともよく言われるようになった。




