第21章 始まりの時
ドアが内側から開き、部屋の入り口にピンクのベストとタイトスカートを着た花蓮がいた。画面の中のぼかしの入った彼女ではなく生身の彼女がそこにいた。
そう、こんな顔だった。
正夫は思わず顔を綻ばせた。
「また来てくれたのですね。ありがとうございます」
花蓮は正夫の顔を見るなり、深々と頭を下げ、それから正夫が笑ったのを見て、嬉しそうな様子で尋ねた。
「お客さん、何か楽しいことがあったのですか?」
「いや、やっと君に会えたから」
「ホントですか?そう言ってくれると嬉しいです。本当に久しぶりですよね。前に来てくれたのは確か二月でしたよね?すごく寒い日でしたよね?」
彼女は猫のように目を細めて笑った。
「覚えていたくれたんだ。忘れているかと思っていた」
「もちろん、覚えていますよ。忘れるわけないじゃないですか。放心した人ですよね」
思い出したようにクスクスと笑った。
彼女が自分を覚えていたことは正夫を感激させた。
会うのは二ヶ月半ぶりになる。その間に何人の客をとったのだろう?自分のことなど覚えているはずはないと覚悟していた。しかし、思い出してほしいという気持ちもあった。
フロントで希望のコスチュームを聞かれた時にこの前と同じOLの制服を選んだのも、彼女に少しでも記憶の手がかりとなるものを与えたかったからだ。
花蓮はこの前と同じようにベットの縁に座った。正夫は並んで腰を下ろしながら、自分が先日とは違って、随分リラックスしていることを感じた。これから何をするのか分かっていたので不安がなかった。花蓮が覚えていてくれたことも大きく作用しているだろう。
また、先日は待合室には若い男しかいなかったが、今日は中年の男が二人いた。
一人は明らかに出張中の会社員である。スーツ姿で膝の上にはボストンバッグを乗せている。顔を見られたくないのだろう、上体を屈めて顔をボストンバッグに押しつけるようにしていた。かくれんぼをしている子どものような恰好だ。だが、頭のてっぺんが薄く禿げていて、その姿は滑稽であり、どこかもの哀しくもあった。
「お客さん、この前と少し感じが違いますね。この前はほとんど喋らなかったけど」
「うん、この前はすごく緊張していたから。あと、あの時は待合室にいた客は若い人ばかりで、場違いというか、自分が来てもいいのかと不安だった。けど、今日はオジサンばかりだったので安心した」
「そうなんですね。それでこの前はあんな風に……。そんなこと気にしなくっていいのに」
「僕は客で最年長くらいかな?」
「まさか。そんなことないです。70過ぎのおじいちゃんも来ますよ。それに私、若い人より年配の人の方が好きなんです」
リップサービスだろうが、そう言われると悪い気はしない。
「今日はお仕事ですか?」
「……」
正夫は本当のことを言おうかどうか躊躇った。
「関西の人でしょ?」
バレてた。
標準語を話そうとずいぶん苦労したのに。
そういえば、ホームページのプロフィールで彼女の出身地は東京となっていた。東京育ちの彼女にとっては微妙なイントネーションの違いなどはすぐに分かるのだろう。
「そう。でも大阪よりもっと向こうで、O市って知ってる?」
「うん、聞いたことはあります。行ったことはないけど」
「そこに住んでいて、この前は用事があって東京に来て、たまたま君と出会って、この店に来た。二週間前の火曜日も出張で東京に来て、立ち寄ったんだけれど、君は帰った後だった」
「そうなんですね」
彼女はびっくりしたように言った。
「ごめんなさい。いつも平日の昼しか出ていなくって。……その時は誰と遊んだのですか?」
「いや、誰とも。そのまま帰ったよ」
「えー!そうなんですか」
彼女は目を丸く見開いて、正夫を見つめた。それから深々と頭を下げた。
「操を立ててくれたのですね。ありがとうございます」
そんな古臭い言い回しが彼女の口から出るのは意外で、似つかわしくなく、正夫は苦笑した。
「今日はね、何も用事がないのだけど、君に会いに新幹線に乗って来たんだ。前に来た時に店員さんから今日は出勤する予定だと聞いていたから」
正夫は勢いでそんなことまで言ってしまった。
言った後、そんなにのぼせ上がって馬鹿な客だと軽蔑されるのではないかと心配になった。
「……バカかな?」
「ううん、バカなんかじゃない。うれしいに決まっているじゃないですか。新幹線に乗って、わざわざ会いに来てくれたんですもの」
正夫は花蓮が素直に喜んでくれたのが嬉しかった。
「それで、東京駅から直接来たんで、汗をかいているんで、シャワーを浴びさせてくれないか?」
「了解しました!」
彼女は立ち上がって、敬礼のポーズをした。




