第12章
娘は地元の国立大学に受かったので、家に居続けることになった。
以前と何も変わらない。
朝、電車で県庁に行き、六時半過ぎに家に戻ってきて、風呂に入る。スマホでニュースを読み、缶ビールを一本飲みながら、時間をかけて晩飯を食べる。
リビングのテレビのチャンネル権は妻と娘に取られているので、プロ野球やサッカーの日本代表戦など好みのスポーツ番組がある時は自分の部屋に入り、小型のテレビで見る。
リビングで家族と一緒にクイズやバラエティーやドラマを見ることもある。
自分の部屋で小説を読んだり、たまには仕事を家に持ち帰ってしたりすることもある。
長男は結婚し他県に住んでいるので、今は妻と娘の三人暮らしである。たまに三人で外食に行って、ごちそうを食べる。
映画やドキュメンタリーを見て、時に泣き、ひいきの野球チームが勝つの喜ぶ。
それは単調な何の変哲もない日常である。しかし、そんな平凡な生活に疑問を感じなければ、満足というわけではないが、不満はない。
人生とは、そんなものだと正夫は思っている。学生時代の友人達も同年輩の同僚も自分と大差のない生活を送っていると思う。
そんな生活にあの日のことがわずかな亀裂を入れた。
花蓮の姿が目に浮かぶようになったのである。
始めは、夜寝る時、目を閉じた時に暗闇の中から白い肢体が浮かんでくるだけだった。が、その回数が日を追うごとに頻繁になり、仕事をしている時や家でくつろいでいる時にも、チラチラと脳裏に浮かんでくるようになってきた。
「課長、どうしたんですか?最近よくぼうっとして」
「お父さん、どうしたの?最近なんか変よ」
部下や家族にそう言われてドキリとする。
ひりひりするような強烈な時間を過ごし、あまりに刺激的な経験をしたために、熱に浮かされたようになっているだけだ。時間が経つにつれて、次第に冷めて忘れていくに違いない。
そう自分に言い聞かしたのだが、逆に日が経つにつれ、花蓮のことが頭から離れなくなってきた。
ある時、彼女のことを思い出しながら、胸が苦しくなっているのに気づいて、驚いた。
これではまるで恋をしているようじゃないか?
そんなことはあり得ない。俺は彼女のことは何も知らない。本名さえ知らない。しかも彼女は単なる客として自分の相手をしただけだ。
その証拠に、彼女の身体はなんの反応も示さなかったじゃないか……。




