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85 こけた少女

「あ、お姉ちゃんおかえり……?」


 戸惑う声を出したのはアウルの妹、ルチアちゃんだった。


「ごめんね、アウルを少し休ませたいんだけど」

「お姉ちゃん! えぇと、それにコトミさんとリンさんまで、血だらけでどうしたんですか!?」


 血相を変え、ベッドから跳ね起きるルチアちゃんだが。


「……うぅ……」


 数歩歩いたところで苦悶の声を上げてうずくまる。


「ルチアちゃん!?」

「ごめん、なさい……。いつもの、発作、です。しばらく、すれば、落ち着くので……」


 アウルを部屋の中に担ぎ入れ、ルチアちゃんに近寄る。


「大丈夫なの?」


 肩を支えながらそう問いかける。


「はい……それより、お姉ちゃんとコトミさん、リンさんも血が……」


 外は暗くて良く分からないったが、アウルは血まみれ。

 アウルを担いだ私たちも血まみれ。なるほど、そりゃ驚くわ。黒いコートだから目立ちはしないが、それでも血まみれなのはわかる。


「大丈夫、傷は塞いだから。命に別状はないよ」

「傷を塞いだ? ですか?」


 やっと発作が落ち着いたのか、いつもどおりの口調に戻る。


「うん、これは、そうだね、アウルが意識を取り戻したら話そうか」


 アウルの妹だし話しても問題ないだろう。

 これからアウルと付き合っていくとして、魔法無しじゃ語りきれないこともあるから。


「うーん、わかりました」


 あまり納得いっていないようだけど。まぁ、何回も血まみれになっているから仕方ないよね。私でもさすがに引くわ。

 とりあえず床に布団をひいて、そこにアウルを寝かせる。


「お姉ちゃんは大丈夫なんですか?」

「うん。怪我は治したし呼吸も安定している。ただ、血を流しちゃっているから、少し安静が必要かな」

「え? え? やっぱり怪我しているのですか?」


 ああっ! 余計ややこしくしてしまった!


「コトミ……」


 リンちゃんに若干呆れられながらも、落ち着かせるための説明をする。

 不安になるルチアちゃんへアウルはもう大丈夫だということ、目を覚ますまで一緒にいることを伝え、何とか納得してもらった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「…………」


 そのルチアちゃんは濡れたタオルでアウルの顔を拭いている。

 私も手伝おうとしたんだけど、自分でやりたいって。


「……お姉ちゃんは、あまり自分のことを話してくれないんです」


 ぽつり、とタオルを桶の水ですすぎながら話し始める。


「昔のお姉ちゃんは元気いっぱいで、常に笑顔を絶やさない人だったんです。ただ、わたしが体調を崩してからは塞ぎ込むようになってしまって……」


 タオルをすすぐ水の音が部屋に響く。


「笑顔のお姉ちゃんを見たのは随分と前なんです。でも、今日コトミさんたちが訪ねてきてくれて、久しぶりにお姉ちゃんの笑顔が見れたんですよ」


 確かに昔のアウル――アリシアはうるさいほど元気なやつだった。

 今日久しぶりに会って、少し落ち着いた感じはしていたけど、それは私と一緒で年月を重ねたからだろうと思っていた。

 でも、違ったんだね。アリシア……。


「もともと、わたしたち家族は隣国のヘルトレダ国に住んでいたんです。その頃は両親もいて、幸せな日々を過ごしていたんです。でも、小さい頃内乱に巻き込まれ、この国に」


 ……私は平和な国に生まれたものだと思う。

 この子たちみたいに辛い思いもせず、何不自由なく暮らしてきた。

 知らなかったとはいえ、友人が困っているときに手を差し伸べることができなかった。

 そのことが心に重くのしかかる。


「わたしがこんな状態なので、お姉ちゃんが一人で働いていたんですが、お仕事のことを聞いてもはぐらかされるばかり。たまに怪我をしてくるので、心配していたんですが」


 血で汚れたアウルの肌を(いつく)しむように拭いていく。


「本当はお仕事なんて辞めて、一緒にいて欲しいんです。あと、少しだけだから……」


 表情は見えないが、目元を拭うルチアちゃんに、私たち二人は何も声をかけることができない。


「すみません。初対面の人にこんな話をしてしまって」


 節目がちにそう謝罪するルチアちゃんの背中は、今にも消えてしまいそうなほど小さく見えた。


「ううん、いいんだよ。アウルは……その、友達、だからさ」

「ふふっ、ありがとうございます。こんなお姉ちゃんですが、これからもよろしくお願いしますね」


 リンちゃんと私もつられて笑う。沈んでいた空気が少しは和らいだ気がする。

 アウル、いい妹さんを持ったなぁ。


「う……」

「お姉ちゃんっ」


 アウルが身じろぎし、(うっす)らと目を開ける。


「ここは……ルチア?」

「お姉ちゃん、気分はどう? コトミさんとリンさんがここまで運んで来てくれたの」

「私は……そうだ!」


 跳ね上がるように起きる。


「あぁ、お姉ちゃんダメだよ。まだ横になっていないと」

「大丈夫だよ。それよりコトミ、リンさん、ありがとう。でも、どうしてここに?」


 ルチアちゃんの頭を撫でながら疑問の声を上げる。


「たまたま通りかかっただけだね。そのまま死なれると夢見が悪いから、仕方がなく治した」


 気持ちを悟られないようにし、ぶっきらぼうにそう答える。


「……相変わらずだね。そう言いながらも心配して来てくれるってのは、昔から変わらないね」

「うっさい」


 でも、まぁ、無事で良かったよ。

 気づかれないように安堵の息を漏らす。

 リンちゃんもニヤニヤするのをやめなさい。


「ねぇねぇ、お姉ちゃん、死なれるって、どういうこと? また危ないことしていたの?」


 抑揚(よくよう)のない声は、ルチアちゃん。

 表情は見えないが、蒼白(そうはく)なアウルを見たらその緊迫(きんぱく)さを察する。


「いや、そんな、危ないことなんて……」

「お姉ちゃん、ちゃんと目を見て話して」

「そ、そういえば、コトミたちってなんで来てくれたのかな!? さっき会ったばかりなのにね!?」


 グイグイ詰め寄るルチアちゃんに耐えきれなくなったのか、アウルが話題を変える。


「……誤魔化してもあとでちゃんと説明してもらうからね。コトミさんはお姉ちゃんが起きてから話すって」


 あ、こっちに白羽の矢が……。


「あの、私そろそろお(いとま)しようかと……」

「コトミさん」

「はいぃっ!」


 こっちに振り向いたルチアちゃんは据わった目をしており、逆らえない雰囲気を(かも)し出している。


「お姉ちゃん起きました」

「あぁ、うん、そうだね。元気そうで何よりだよ、あは、あはは……」

「「コトミ……」」


 二人してそんな呆れた声ださないでよ。

 泣くぞ。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 アウルが身だしなみを整えている間に、ルチアちゃんをベッドに寝かせる。


「あの、わたし体調いいんですが……」

「ダメだよ。あまり心配かけないで。起きていてもいいから、せめてベッドにいて」


 新しい服に着がえていたアウルが、ルチアちゃんの方を振り向きそんなことを言う。


「……お姉ちゃんがそれを言う? わたし、心配したんだよ?」

「うっ……」


 じとーっとした視線でアウルを射抜(いぬ)くルチアちゃん。


「ま、まぁ、それは、ほら……あ、コ、コトミ、コトミたちの話を聞こう、うん、そうしよう」

「うぇっ? 急にこっちに振るな」


 急に話しかけられるから変な声が出ちゃったじゃないか。


「うん、そうだね。コトミさん」

「あー、わかった、わかった。えぇと……っと、その前に。アウルは大丈夫なの? 血だらけになっちゃって。何があったの?」

「う……大丈夫、じゃ無いけど、しばらくは大丈夫。あとで話すよ」


 ……ルチアちゃんがいると話せないことか。それじゃ仕方ないか。

 ルチアちゃん、アウルが萎縮(いしゅく)しちゃっているからあまり見つめないであげてね。

 そのうち石化するんじゃないかな……。


「それなら私から話をしようか。と言ってもまずは何から説明しよう」


 三人を見回す。

 いきなり魔法が使えるって言っていいものだろうか。


「それじゃあ、わたしから質問していいでしょうか」


 ルチアちゃんが小さく手を上げる。

 うなずき、言葉を(うなが)す。


「お姉ちゃんは、怪我をしたのですか?」

「…………」

「…………」


 こ、答えづらっ。

 アウルと二人無言になる。


「どうなんですか?」


 わずかに声のトーンが下がってきて、目が据わって……。


「ちょ、ちょっと落ち着こう。話すから。説明するから」


  ひとまずルチアちゃんを落ち着かせ、問い詰められる前に説明を始める。


「アウルが怪我したのは事実だけど、そんな酷い怪我じゃ無かったよね? ちょっと血が出ただけだよね」

「そ、そうだよ。べっとり血が付いちゃってるけど、元気そのものだったよ」

「…………」


 あ、ルチアちゃんが嘘くせぇって顔している。


「……はぁ、わかりましたよ。問い詰めても無駄でしょうから、そういうことにしておきます」


 ふ〜、二人して安堵のため息を漏らす。


「ただし、お姉ちゃんはなるべく危ないことはしないで。心配する方の身にもなってよ」

「う……ごめん」


 そこは素直に謝るアウル。

 そりゃ唯一の肉親であれば心配もするわな。

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