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84 心配される少女

 リンちゃん家に戻ってきて、身体の汚れを落とすために浴場へと向かう。

 あまりにも毎日服を汚してくるから、リンちゃん家のメイドさんたちもあまり驚かなくなってきた。

 この家に来て四日目となるけど、初日以外毎日血まみれになっているな……。

 いや、二日目は服が斬られただけで血は出ていなかったか。

 それでも毎日服がダメになっているから少し申し訳なく思う。


「あ、ボロボロになった服は処分していいよ。また同じ物頼んでおくから」


 ……毎日、服がダメになっている、はずなんだけどなぁ。

 持って帰ってきた服は、バッサリ切られ下着も含めてボロボロだ。


「今度は下着も買いに行こうか。可愛いのもあるし、またワタシが見繕(みつくろ)ってあげる」


 悪魔のようなつぶやきをスルーし、処分する服は脇にまとめておく。

 そのままお風呂にも入っちゃおう。脱衣カゴに着ているもの全てを入れる。


「うーん。治癒魔法はやっぱりすごいね。これだけ血まみれなのに傷が全部塞がっている」

「ちょっと。どこを見ているのよ」


 女の子同士とはいえさすがに恥ずかしい。


「もう、先に入るよ」


 浴室の扉を開け、中に入る。


「あ、待ってよ。今日も流しっこしよ」


 後ろからぺたぺたと足音がついてくる。まったく、もう……。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ふぅ~~。やっぱりお風呂はいいね」

「…………」

「……コトミ、あの子が心配?」

「え? あ、うん。ごめんね。ちょっとね」


 少しぼーっとしてしまった。アウルの最後の姿が脳裏に焼き付いて離れない。大丈夫だろうか。


「珍しいね。てっきりコトミには友達がいないと思っていたんだけど」

「どういう意味よ。私にだって友達の一人や二人ぐらいいるよ」


 口を尖らせながらそう答える。まったく、失礼な。


「アルセタの街じゃそんなそぶり無かったしね。アウルとはどこで知り合ったの?」

「え? あー……道ばたで倒れているところを拾った」

「…………」

「……? どうしたのリンちゃん?」


 三白眼(さんぱくがん)でこちらに視線を向け、ため息をつくリンちゃん。


「はぁ、言いたくないのならいいわよ。コトミは詐欺師に向いていないね」

「え? え?」


 確かに、ついついでまかせが口からでたけど、どうしてバレたんだろうか。

 でも、テスヴァリルで倒れそうなところを拾ったというのは嘘でもないんだけど。

 ま、いっか。

 その後、お風呂から出て夕食をいただく。

 アウルのことは気になるけど、今は気にしても仕方がない。きっと、大丈夫なはず。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「リンちゃん、ごめん。今からアウルの所に行ってくる」


 相変わらずパソコンに向かっているリンちゃんが手を止め、こっちに向き直る。

 大丈夫だと信じたいけど、気になりすぎて、多分このままじゃ眠れない。

 それなら、無事なことだけでも確認してきた方がいいと思う。


「今から!? もう遅い時間だよ。明日じゃダメなの?」


 まだ寝るには早い時間ではあるが、外はとっくに暗くなっているため、リンちゃんからそう言われるのも仕方がない。


「なんか嫌な予感がするんだ。杞憂(きゆう)ならいいんだけど、万が一何かあったら……」

「うーん……。正直コトミを危険な目に合わせたくはないんだけど。あの子に関係することはきっと危険なことでしょ?」

「そうかもしれない。でも危険だからこそ力にならなければならないと思う。あんな残念な子でも、昔からの友達だから」


 私とリンちゃん。お互い真剣な視線をぶつけ数秒見つめ合う。


「はぁ、大切な友達、なら仕方がないか。ワタシもコトミに対してはいろいろと助けてもらったこともあるし」

「……大切な友達だから、だよ」


 そっぽを向きながら答える。


「コトミって普段は素っ気ないくせに、こういう熱くなっている時は素直なんだから」

「いいでしょ、別に」

「普段からそんな風にしていれば可愛いのに」

「私はカッコいい女の子を目指しているんだから、可愛くなくていいの」


 もったいないなー、と言うリンちゃんの独り言をスルーし、出かける準備を始める。


「ワタシも付いて行く」

「え? リンちゃんも?」


 準備の手を止め振り返る。


「うん、今回の騒動はもしかしたらパパとママの件に関わっているかもしれないし。あまりにもタイミングがよすぎる」

「危ないかも知れないよ? さっきみたいに無事じゃ済まないかも知れない」

「ワタシだってエージェントの端くれだから自分の身は自分で守れるよ。それに、コトミやアウルみたいな子が何人もいるわけじゃないし」


 まぁ、私たちは特殊だしね。

 それにしても連れて行くのか。

 できれば安全な所で待っていてほしいんだけど。

 私がうんうん唸っていると――。


「正直戦力にならないと思うけどさ。役には立てると思うよ。パソコンも持って行くしさ」

「パソコンって……何が出来るの?」

「んー、例えば街中の監視カメラを自由に覗くとか」


 ……こわっ。

 え? リンちゃん、そんなこと出来るの?

 私が若干引き気味にしていると。


「もちろん、普段からそんなことはしないよ。あくまで有事の際だけだね。戦闘力は無いけどバックアップは出来ると思うよ?」


 言っても聞かないだろうし、私が守ればいいか。


「いいよ。でも本当に危ない場所には連れて行かないからね」

「オッケー。十分だよ」


 そうと決まればすぐ準備に取り掛かる。

 と、いっても私は普段の服装にフード付きのコートを羽織るだけだけど。

 リンちゃんは……と。


「コトミもいいもの持っているね。私もこの仕事着」


 私が羽織(はお)っているようなコートに似たようなロングコートを羽織っている。

 これなら大丈夫か。


 リンちゃんの案内で裏口からこっそりと出ることにした。

 仕事のことはみんな知っているから問題は無いのだけど、可能な限り目撃者は減らしておくに限る。

 家の中は誰に見つかることもなく裏口へ到着。

 外はとっくに日が沈んでおり、通行人の姿は無い。

 月明かりも雲に遮られ、街灯の明かりだけが街を照らしている。

 抜け出す状況としてはちょうどいい。


「リンちゃんは走るの得意?」

「それなりに自信はあるよ。でも、コトミと比較したらちょっとね」


 まぁ、私の場合は魔力でいろいろ底上げしていることもあるから、あまり参考にはならない。


「それじゃ、行くよ」


 夜道の大通りを駆け抜け、人目を避けるように近くの路地裏に入り込む。


「少し、急ぐよ」


 夜の街を駆ける。

 自信はあると言っても、さすがに今回は屋根の上を走ることは自粛(じしゅく)する。

 少し進んだ所で後ろを見るとしっかりついて来られているようだった。さすがだね。

 そのまま走り続け、アウルと別れたところまで数分と経たず到着する。


「こっちだったかな」


 昼間歩いた道を記憶頼りに進んでいく。

 道を間違えていなければ、あと数分で辿り着くだろう。

 しばらく道なりに進む。


「……っ!」


 血の、臭い……!?


「はぁ、はぁ、コトミ……どうしたの?」

「しっ」


 小声で話しかけてきたリンちゃんに指先で静かにするよう指示する。

 この世界では嗅ぎ慣れないその臭いは間違いなく血の臭い。

 収納より短剣を取り出し慎重に歩を進める。

 段々と濃くなっていく血の臭い。

 嫌なイメージが脳裏に過ぎる。


 ……アウル、やっぱり一緒にいた方が……。

 あと少しでアウルの家に着くところで、何かが地面に落ちていた。

 街灯も月明かりも届かない暗闇の中、ゆっくりと近づいていく。

 っ、アウル!

 声を出しそうになった気持ちを抑え、うつ伏せに倒れているアウルに近づく。

 身体に触れ、治癒魔法をかけながら脈を見る。


 ……よかった、まだ生きている。

 連続で治癒魔法をかけつつ、生きていることに安堵の息を漏らす。

 薄暗くてよく見えないが、黒いシミが広がっているため、相当な怪我を負ったのだろう。

 一体何が……。


 治癒魔法をかけ終わり、呼吸が落ち着いていることを確認する。

 このまま放っておくことはできないし、どうにか運ぶか。

 魔力を全身くまなく行き届かせ、アウルの肩を掴む。

 お、重い……。

 アウルに聞かれたら怒られそうな言葉を飲み込み、引きずりながらも少しずつ移動する。


「コトミ、私も手伝うよ」


 小声でそう声を掛けられ、反対側に回るリンちゃん。


「……ぅ……」


 アウル、頑張ってね。

 治癒魔法は万全じゃない。

 失った血液や疲労は解消されないため、治癒後は本人の回復力に頼るしかない。

 私の出来ることといえば、せめて安心して休める場所まで運ぶことだ。

 幸いアウルの家からそんなに離れていなかったため、ものの数分で見覚えのある建物まで辿り着いた。


 鍵は……アウルごめんね。

 扉の前につき、一言心の中で謝ってからポケットの中に手を入れる。

 目当ての物を見つけた私はアウルを担ぎ直し、扉の鍵を開ける。

 ゆっくりと扉を開くと、数時間前と同じように、室内がわずかに照らされていた。

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