83 少女の妹
説明も長くなりそうなので、とりあえずアウルの家に行って話そうということになった。
アウル曰く、その方が説明早いから、だそうで。
とりあえず、私とアウルは持ってきたロングコートに身を包む。
これで移動中に誰かに会っても大丈夫だろう。血まみれだし。
路地をそのまま奥へ進むように歩く。
しばらくすると、朽ちた建物や瓦礫に埋もれた民家などが並ぶ場所へと出てきた。
この街のスラム街にあたる場所。
前世のように犯罪者の巣窟というわけではないが、ならずものの溜まり場という意味では共通の点がある。
「この辺はスラム街の中でも特に廃れていてね。私たちぐらいしか住んでいないんだ」
そう言ったアウルはひとつの廃墟に入っていく。
私たち……?
「あまり、綺麗な所じゃないけど」
平屋建ての建物は所々崩れ、人が住んでいるようには見えない。
そのままアウルに付いていく。
陽の光が届かないであろう建物の中、ひとつの扉の前に立ち、アウルが鍵を開ける。
「どうぞ」
そう言ってアウルは軋む音を立てながら扉をゆっくりと開く。
中を覗くと薄暗い部屋にランプの灯りが揺らめいていた。
さっと見渡すと、一部屋だけでこぢんまりとしているが、確かな生活感があった。
……ちょっと失礼だったかな。
小さな罪悪感が芽生えたが――。
「あ、お姉ちゃん。お帰りなさい」
声のした方を見るとベッドがあり、可愛く笑顔を向けている女の子がいた。
アウルと同じレッドブラウンの髪色をしており、どこかあどけなさを残している幼い女の子。
お姉ちゃん、と呼ばれたから、アウルとは姉妹なんだろう。
確かに、二人ともどこはかとなく似ている。違うのは髪型ぐらいか。
アウルはショートカットだけど、この子はロングヘアーだね。
「ルチア、起きていたの? 寝ていないとダメじゃない」
「今日はね、なんでか調子がいいの。気だるさも熱もないし。だからね本を読んでいたの」
ルチアと呼ばれた女の子の手には本があり、枕元のランプが部屋を照らしている。
「あ、お客さん? 珍しいねお姉ちゃんがお客さんを連れてくるなんて……ってどうしたの? 服がすごい汚れているけど」
「あぁ、うん、これはね、大丈夫。ちょっと転んじゃってさ、あはは……。それで、この子たちは久し振りにあった友達なんだ。同じく服が汚れちゃってね。着替えたいからって」
「え……、怪我しているの?」
妹ちゃんの視線は私に注がれている。
確かに私の服にはベットリと血のあとが……しかもバッサリと切れているし。
「あぁ、大丈夫だから。怪我はしていないから」
「そう……それならいいんだけど。あ、ご挨拶が遅れました。こんな格好で申し訳ありませんが、ルチアと申します。姉がいつもお世話になっています」
軽くお辞儀をしてお互い挨拶をする。
「アウルに似ていなくてしっかりしている」
「うるさいなぁ、いいでしょ」
あまり長居すると悪いから、服だけ着替えさせてもらって早々にお暇しよう。
久しぶりにアリシア――いまはアウルと言う名前だったか――に会ったから、積もる話もあるけどまた今度だね。
「うちの姉がご迷惑をおかけしていないですか? 転んで服を汚すような姉なので心配で心配で……」
……妹ちゃん、目がちょっと怖いんだけど。
アウルの方を見ると、固まった表情のままこっちを見ている。
…………。
「大丈夫だよ。ちょっとおっちょこちょいだけど。うん、大丈夫」
「そうですか。それは良かったです」
二人して安堵の息を吐く。
アウル、大丈夫か?
二人で戦ったことは内緒にしておこう。うん、そうしよう。
「とりあえず、私は着替えるから、コトミも着替えたら?」
話を切り替えようとアウルが服を脱ぎだす。
私も着替えるか。
リンちゃんに買ってもらった服が無残な姿になってしまった。
「リンちゃんごめんね」
「ううん、大丈夫だよ。また買うから気にしないで」
……そういう問題じゃないんだけど、本人が気にしていないからいいか。
少し安堵し、血塗れの服を脱いでいく……が、血が乾いて脱ぎづらい……。
あ、肌着もバッサリと……。
「……それも、脱いだ方がいいんじゃない?」
リンちゃんの視線は私の下腹部に注がれている。
……服もそうだけど、バッサリとやられたせいで下着も全部ダメになってしまっている。
「……どうしよう」
汚れもそうだけど、この下着も、ダメだよなぁ……。
血が乾いているからなんとかもっているけど、洗うとダメそうな気がする。いろいろと。
服は今着がえるとして、下着が……。
「…………」
呆然喪失しているとアウルから声をかけられた。
「あー……、よければ、私の貸そうか? なるべくキレイなのにするから……」
「やだ」
「即答っ!?」
つい、そんな風に返してしまったが、正直どうしよう。
今日買った服もスカートだから、下着無しはちょっと……。
「…………」
くっ……背に腹はかえられない……。
「そんなに嫌そうにされると泣くよ……?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ルチア、お姉ちゃんね、ちょっと近くまでコトミたちを送ってくるから、少し待っていてね」
「うん、今日はお仕事終わり?」
「ごめんね。もう少ししたら終わるから、そうしたら一緒にご飯食べようか」
妹の頭を撫でるアウルは、私と戦っていた時と違い、優しい顔をしていた。
「……わかった。あまり無理はしないでね?」
「うん。できるだけ早く帰ってくるね」
撫でていた手を名残惜しそうに離し、こっちに向き直る。
「それじゃあ行こうか」
三人とも家を出て、無言のまましばらく進む。
スラム街と市街地との境界線まで来たところで声をかける。
「あの子は、私やアウルと同じ?」
リンちゃんもいるから多少ぼやかして伝える。
その意図を汲み取ったアウルは首を横に振って答える。
「ううん、子供の頃に確認したけど、違った。コトミならわかるだろうけど、話すことで気づけるしね」
そりゃ、前世の記憶を持った子供じゃ受け答えもしっかりするだろうし、行動にも現れてくる。
そうじゃないってことは、テスヴァリルとは関係無いのだろう。
「私の妹……双子の妹は身体が弱くてね、あまり出歩けないんだ。昔はそんなことなかったんだけど、数年前から徐々に悪くなってきて、最近はほとんどがベッドの上で過ごしているの」
アウルが瓦礫に背を預けながら話し始める。
「医者にも見せたんだけど、原因が分からなくて……途方に暮れていた時、あるお方から声をかけられたんだ」
「あるお方?」
「そう、とある組織の社長と言っていた。その人から、仕事をこなせば薬を貰えると言われたの。妹……ルチアの薬、半信半疑だったけど、私にはこれに縋るしか無かった。この世界での、最後の家族だから」
「アウル……」
私はなんて声をかけたらいいか分からなかった。
リンちゃんも神妙な表情で聞いている。
「仕事の内容も……コトミたちにしたような、表で処理できないような仕事がほとんどだった。正直、やりたい仕事ではなかった。……けど私は、ルチアのためになら、どんなことであろうと我慢すると決めた。でも……」
足元に視線を落としながら語るアウルはどこか寂しく、消えてしまいそうな雰囲気を纏っていた。
私は、裕福な家庭に生まれたものだと思う。
世の中全員が平等に幸せになることなんてできない。
それは、わかっている。
でも……アウル、この子だけは私と同じように、二度目の人生を幸せに送って欲しかった。
今の私に、何か出来ることがあるのだろうか。
「コトミ、ごめんね。久しぶりに会えたというのに、こんな状況で。まだまだ話し足りないこともあるんだけど、私は行かなきゃ」
話を区切り、前を向いたアウルは、何かを決意したように歩き出す。
「どう……するの?」
「……わかんない。けど、ケジメは付けようと思う。コトミたちにもこれ以上、迷惑はかけられないし」
背を向けたままアウルは答える。
「妹、ルチアちゃんは大丈夫なの?」
「……ルチアも、こんなお姉ちゃんは見たくないと思うんだ。いつも凛々しく、堂々としているカッコいいお姉ちゃんを目指さないと」
そう語る背中は小さく、今にも消えてしまいそうであった。
「じゃあね」
その一言だけを残し、アウルは暗闇にと消えていった。
「アウル……」
私は……その場に立ち尽くし、アウルの消えていった方向をいつまでも見続けることしかできなかった。




