52 お泊り会
「次は私が洗ってあげるよ」
私は洗い終わったので、次はリンちゃんの番だ。
「……いいの? 怒っていない?」
「怒っていないよ。そんなに気にするならやらなきゃいいのに」
「そ、それはすべすべつるつるふにふにの魅力に抗えなくて……」
「…………」
なんだよ、すべすべつるつるふにふに、って。
リンちゃん自身も若いから十分すべすべつるつるふにふにだろうに。
「ワタシは少し筋肉が付いてるからね。コトミほどふにふにはしていないんだよ」
失礼な。私だって戦うことあるんだからそれなりに付いているよ……たぶん。
「コトミは魔法に頼ることがきっと多いんだろうね。筋力強化とか? 筋肉が付いていなくてふにふにしているよ」
うっ……。
確かに、無意識に使っていることはある……かも。
いや、だって子供の力って弱いからさ、ちょっと力いれるだけでプルプルするしさ。
「リンちゃんも十分ふにふになんだけどな……」
シャワーを流しながら背中を撫でる。
「髪の毛、ほどくよ」
トップにまとめているリンちゃんの髪の毛をほどく。
シャワーで十分流したあと、シャンプーを手に取り優しく髪に馴染ませる。
「リンちゃんの髪、キレイだね」
プラチナブロンドの髪が光に反射して輝いている。
「ふふ、ありがとう。コトミの黒髪もキレイだよ」
髪の毛一本一本を丁寧に洗うように時間をかけて洗う。
「これだけボリュームがあると洗うのも大変だね」
「そうだね、お風呂に入るだけで一時間以上かかっちゃうからね。それでもやっぱり可愛いから伸ばしちゃうけどさ」
整った顔立ちのリンちゃんには、確かによく似合っている。
子供とはいえ十分可愛いし、将来は美人さんになるんだろうな。
毛先までシャンプーを馴染ませたところでシャワーで流す。
髪の毛の量が多いからすすぐのも時間がかかる。
「こんなものかな」
その後はやってもらったようにリンスとトリートメント。
身体も洗った。
リンちゃんみたいに変なことはしないよ。もちろん。
人のことをふにふにって言っておきながら、リンちゃんも十分ふにふにだった。
そのことを本人に伝えたんだけど「違う、違うんだよ」と意味のわからないことを言っていた。
……リンちゃんってもしかして変人?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「っふぅぅ~~、生き返るぅっ」
「リンちゃん、オヤジくさいよ」
さすがに女の子の出していい声じゃなかったのでたしなめる。
「だって気持ちいいんだもん。お風呂は最高だね。特に友達と入るお風呂は格別だね」
「気持ちはわかるけどね」
足を伸ばせるお風呂は久し振りだ。
前世ではお風呂なんて高級宿にしか無かったからなぁ。
しかも、この世界の一般家庭のバスタブ程度の大きさしかない。
この世界に転生して良かったことのひとつにお風呂がある。
身体をキレイにする以外にリラックス効果もあるし。
「今日一日どうだった?」
「ん? あぁ、楽しかったよ。さっきのさえ無ければね」
「うっ……ご、ごめんよ」
「はぁ、いいよ。今日はありがとう、楽しかったよ」
「っ……うん! どういたしまして!」
涙目になっていた表情が一転、眩しいぐらいの笑顔でリンちゃんが答える。
まぁ、たまにはこういうのもいいかな。
そのまましばし湯船に浸かりながら取りとめのない話をする。
学校のこととか、これからの休みのこととか。
リンちゃんの別宅は首都から少し離れた所にあるらしい。
そういえばリンちゃんはなんでここに引っ越してきたんだろうか。
あぁ、ご両親の仕事の都合ですか、そうですか。
ウチの両親も引っ越して行ったけど私は残ったよ?
普通は付いていくって? そうですよね~。
でも残って良かったじゃん、大切な友達が出来たわけだし。
そう言ったら、顔の半分まで沈めてブクブク何かをつぶやいた。
顔が赤いよ? のぼせたんじゃない?
私ものぼせる前に上がろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「うぅ~」
「お腹いっぱいになった?」
「食べ過ぎだよ。普段からあんなにいっぱい食べてるの? 太るよ」
大きくなったお腹を擦りながら戻ってきた部屋のソファーに座る。
「今日はお友達が来る日、だからね。みんな気合い入っているんだよ」
確かに、ご両親も嬉しそうだったし、メイドさんや執事の方にもお礼を言われることが多かった。
それにしても「お友達になってくれてありがとう」ってどれだけ過保護なんだよ……と思う。
でもまぁ、みんないい人だったね。
それ以上にリンちゃんが愛されているんだろうけど、ちょっと羨ましい。
私には、今も昔もそんな人はいないから。
パパとママは親子の関係上、愛する愛されるという間柄だから除外。
それ以外だと……いない、かな。
「寝るにはちょっと早いから少しお話ししよっか」
「さすがに食べた直後だから横になるのは勘弁してね……」
「このお茶は食べ過ぎの時にスッキリさせてくれるんだよ」
そう言って、私の目の前にカチャリとティーカップを置く。
「あぁ……ありがとう」
ソファーへもたれかかるように座っていた身体を起こし、ティーカップを手に取る。
一口飲むと鼻から爽やかな香りが抜けていく。
確かに、食べ過ぎた身体には心地よく気持ちがスッキリとした。
「ん……これもいいお茶だね……」
「おぉ、よく分かるね。違いのわからない子が多くてさ、コトミほど違いに気づいてくれるなら出したかいがあるよ」
ご飯もそうだけど、この家で出されるものは超一流品だ。
お金も相当かかっているだろう。
最初この家を見たときはビックリしたけど、リンちゃんは変わらずリンちゃんだったし、両親もお金持ちということを鼻にかけることなく接してくれた。
今の私は平民なのにね。
「コトミが変わらなくて安心しちゃった」
「……え?」
「お金持ちっていうだけで近寄ってくる人たちもいるしね。子供を通してワタシたち家族に接触しようと企んでいる人もいる。意外とお金持ちって苦労しているんだよ?」
そう話すリンちゃんは一瞬寂しそうな顔をするが、すぐに笑顔となる。
「でも、コトミはやっぱりコトミだったね。他人なんて関係無い、って感じでいつも通りだった」
「それ、褒めてないよね? 私だって一応気を使うことぐらいできるよ?」
「あはは、確かにパパとママに対しては礼儀正しかったね。普段のコトミとギャップが激しかったから一瞬誰かと思ったよ」
礼儀作法ぐらいはできるよ。
前世でもそれぐらいのことはこなしていたし。
たまに親が貴族っていうだけで突っかかってくる勘違い野郎もいたけど、リンちゃんはそんなこと無かったし。
……いい、友達を持ったな。
そのまま少しお話しながらお腹が落ち着くのを待つ。
「まだ早いけど寝る準備をしようか。ベッドでお話ししよ。あ、パジャマはコトミのも用意してあるからね」
「……何から何まで悪いね」
ホント至れり尽くせりだ。
メイドさんがさっき持ってきた服を手渡される。
広げてみるとワンピースタイプのナイトウェアだった。
肌触りがいいな……。かなりの高級品だということがわかる。
それにしても……。
「お揃いだよ〜。可愛いでしょ」
いつの間に着がえたのか、同じタイプのワンピースに身を包んだリンちゃんがそこにいた。
リンちゃんのナイトウェアはピンク色。
私のは純白というほどの白色だった。
「……ちょっと、可愛すぎる気がするな〜……」
あちこちのフリルが可愛さを際立たせている。
「いいでしょ〜。嫌なら裸で寝る?」
「…………」
さすがに裸は……。それに比べればマシか……。
小さくため息をつき、着ている服に手をかける。
お風呂の時と同様、リンちゃんがガン見してくるけど気にしない。
ここまで来たからには気にしたら負けだ。
「…………」
「やっぱりコトミは白色が似合うよね。黒髪とのコントラストがまたいいよ」
なんとも言えぬリンちゃんの感想に言葉が出ない。
着心地は非常にいいんだけど、足下がスースーするし。
……まぁ、寝る時だけだし、仕方がないか。
その後、ベッドに入る。
ベッドもかなり感触がいい。高いんだろうなぁ……。
貧富の差を感じつつも、この肌触りを堪能する。
身体を包み込む弾力も心地よい。……よく寝られそうだ。
「そこまで喜んでもらえたら、こっちまで嬉しくなっちゃうね」
布団をめくってのぞき込むリンちゃんと目が合う。
「む……また、表情読まないで」
そう言う私に向かってリンちゃんも同じように布団へと潜ってきた。
「ふふふ、これこそがお泊まり会の醍醐味、パジャマパーティーだね」
また何をわけのわからないことを言っているのか。
「……それよりも、コトミ。煽情的だね」
「……え?」
リンちゃんの視線を辿ると……私の身体、足下へと視線を移す……あ。
普段はズボンタイプのパジャマだから、あまり気にしていなかったけど、今日は緩いナイトウェアだった。
布団の中でゴロゴロとしていたから、スカートは大きくめくれ、肩紐も外れてウェアがはだけている状態……。
「み、見ないでよ……」
恥ずかしくなり、ウェアを急いで正す。
「…………」
「な、なんで無言になるのよ」
くっ……満足したような顔して……。
「尊いなぁ……」
「なにをまたわけのわからないことを言っているのよ」
そうやってベッドの中で二人会話する。
いつの間にか寝ちゃうまで、そのまま、ずっと――。
おやすみなさい。




