39 誘拐犯を追跡
「ん? あれはフェリサ?」
帰り道もなかばに来たところ、リンちゃんが足を止め、道路を挟んだ反対側を歩いている少女に目をやる。
「フェリサちゃんだね。学校帰りかな?」
声をかけようとも思ったけど、また「お姉様!」って言われるのにちょっと抵抗があって踏みとどまってしまう。
「……今日はいいかな」
「あはは、ワタシも同意見」
リンちゃんも私と同じことを考えている。
悪い子じゃないんだけど、お姉様は本当に勘弁してほしいと思う。
毎日毎日付きまとわれるとさすがに気が滅入ってしまう。
そんなことを考えていると、車通りや人通りもそれなりにある通学路に、それは突然現れた。
黒塗りの一台の車が急ブレーキでフェリサちゃんのすぐ脇に停止する。
何事かと眺めていたら黒ずくめの男が二人出てきて、何かを担ぎこむような仕草で車に乗り込む。
反対車線からは状況がよく見えないが――まさか。
車が走り出したあとに、フェリサちゃんの姿は……そこに無かった。
考えるより先に身体が動く。
「リンちゃん! ごめん!」
走り出すと同時にリンちゃんに声をかける。
「あ! ちょっと待って! って早っ!」
後ろで何か戸惑いの声が聞こえるがそんなの気にしていられない。
車は猛スピードで走り去っていく。
「ちっ……速い」
足に魔力を流し込み全力で駆ける。
あの車に、フェリサちゃんが乗っている。
走りながらカバンは収納へと押し込み、代わりにフード付きのマントを取り出す。
さすがに飛んだり跳ねたりするのに姿ぐらいは隠したい。
マントを羽織り、停まっている車に向かって跳躍。
「よっと、運転手さん、ごめん」
そのまま民家の塀を足場に屋根へと飛び移る。
今の私じゃ空を飛んだり空中を走ったりは出来ないけど、足場が悪い程度であれば何とかなる。
屋根の上を駆け抜け、民家との距離が離れているところは魔力を練り――、
「跳躍っ」
生身の人間では到底飛び越えられない距離を、跳躍と風魔法の応用で滑空し飛び越える。
少ない魔力を全力で展開する。
目立つとかバレるとか四の五の言ってらんない。
この世界に来てからはできるだけ目立たないようにしてきた。
だけど、目の前の少女を見捨てるわけにはいかない。
民家の屋根を駆け抜けながらさらに速度を上げる。
あの方向だと大通りに向かったかな。
周囲の風景も民家の並びから、マンションの町並みに変わってきた。
それなら……。
目の前のマンションの壁めがけ跳躍し、足裏に強く魔力を流す。
壁に足を吸着させるようにそのまま駆け昇る。
マンションの屋上に出てからも追跡は終わらない。
むしろ平坦になったことにより走りやすくなっている。
「見えてきた」
大通りを走る黒塗りの車を眼下に捉える。
他の車に紛れ込もうと速度を落としているようだった。
「逃がさないよ」
車と並走する形で追いかけていく。
何棟かのマンションを飛び越え、途中の路地に入っていく。
そのまましばらく追跡すると、ある家の前で速度を落としていった。
「あそこか……」
マンションが並ぶ住宅街において、そこは開けた場所だった。
周囲が塀で囲われており、遠目にも豪邸だとわかるほど広い家である。
車がゆっくりと開いたシャッターの中に入っていく。
「一応、リンちゃんへも連絡を入れておくか」
乱れた息を整えながら収納よりスマホを取り出し、電波を拾うと――、
「うわっ……着歴が……」
いっぱい。
全部リンちゃんからだ。
電話もそうだけどメールも……。
『どこ行ったの?』『連絡して!』『一人で行かないでよ!』などなど……。
数十件のメールボックスをそっと閉じる。
ま、まぁ……気づかなかったことにしよう。
そう考え、スマホを収納に戻そうとしたところ――、
『ピロリロリン、ピロリロリン……』
「ひっ……」
リンちゃんから、電話だ。
『ピロリロリン、ピロリロリン……』
うぅ、仕方がない。
鳴り続ける電話を無視するわけにもいかず電話に出る。
「……はい」
『ちょっと! コトミどこいるの!? また一人で危ないことしないでよ!?』
スピーカーモードと思えるほどの声量で叫ぶリンちゃん。
み、耳が……。
治癒魔法を耳にかけながらリンちゃんのお小言を聞き流す。
数十秒叫んだことで落ち着いたのか、普通の声量に戻った。
リンちゃんもあまりゆっくりしていられないことはわかっているだろうし。
『それで? どうするの?』
「んー、放っておくわけにもいかないしね。ちょっと助け出してくるよ」
最近会ったばかりとはいえ、誘拐された子供を放置するわけにもいかないし。
公安とかに連絡するのも選択肢としてはありだけど、犯人たちを変に刺激しても困る。
暗殺ではなく、誘拐という手段を取ったということは、フェリサちゃんへすぐに危害を加えるわけではないだろうしね。
とはいってもあまりゆっくりもしていられないだろうけど。
『はぁ……。まったく、止めても聞かないんでしょうね。いいよ、場所だけ教えてくれる? できるだけこっちもバックアップするから。スマホも収納に入れないで出しておいて』
バックアップ? なんのことだろうか……。
とりあえず、これ以上時間を無駄にするわけにもいかないから素直に返事をし、電話を切る。
スマホを操作して、位置情報と屋敷を俯瞰した写真をリンちゃんに送る。
「さて……いくか」




