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俺たちの花  作者: ルート
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メールの着信音で目が覚めた。携帯を開き、時計を見るともう10時を過ぎていた。随分と寝坊をしてしまった。目覚まし時計をセットするのを忘れていた。

メールの差出人は紫苑だった。多分自転車の件だろう。

『おはよ。今日自転車取りに行くけど、今からいいかな?話したいこともあるの』

紫苑くらいの年齢の女の子なら、メールではもっと絵文字やら顔文字やらを使うと思っていたが、紫苑からのメールは思ったよりもシンプルだった。すぐ返信しようと思ったが、メールより電話の方が手っ取り早い。電話帳から紫苑の名前を探し、発信する。

『なる兄?』

「おはよ」

『うん、おはよ。…ね、今から行っていいかな?』

「いいけど、俺の家どこか知らないだろ?迎えに行くよ」

『うん、お願い。どこまで行けばいい?』

「九十九橋の近くに空き地あるだろ?そこまで行くよ」

『わかった。今から歩いていくから結構時間掛かるかも』

「ん、気を付けて来いよ」

『うん、また後でね』

ホールド。今から出るというならあと一時間は余裕だ。その間に、荷解きを済まして、段ボールを片付けなければならない。幸い荷物はさほど多くない。俺ははあっと息を吐き、作業に取り掛かった。


「なる兄、こんなとこに住んでるの?」

紫苑は俺が借りているアパートを見るなり驚いた。まあそれも無理もない。なにしろそのアパートはコンクリート打ちっ放しの古びたアパートだったからだ。外壁はところどころ剥がれ落ちていて、より一層古臭さを強調させている。俺が借りている部屋は一階の端の部屋だ。俺の他にこのアパートに住んでいるのは一人しかいない。その住人は俺と同じ大学生の女性で、2つ上の先輩になる。人付き合いが苦手なのかあまり会ったことは無い。

「家賃安いし、大学も近いし、寝るとこさえあれば平気かなって」

「そう」

紫苑はそれ以上何も言わなかった。それほど話したいことがあるのだろうか。

「思ったより片付いてるじゃん」

「もともと荷物少なかったしな」

「じゃあ何で自転車は持ってこなかったのよ」

「…忘れてただけ」

「あっそう」

小さな冷蔵庫を開けて、麦茶を取り出す。買ったばかりのグラスに注いで、紫苑に差し出す。

「あ、ありがと」

紫苑はぐびぐびと一気に飲み干し、俺を見上げた。本題に入るのだろう。

「あのさ、なる兄。昨日青ちゃんに会いに行ったんでしょ?」

「ああ」

「…聞いた?青ちゃんの、病気…のこと」

「ああ、聞いた。ナルコレプシーっていうんだろ?」

「うん…」

紫苑は拳をぎゅっと握る。

「あのね、青ちゃんがその病気に掛かったのはそんなに前じゃないの。去年の夏。受験はまあなんとか乗り切れたみたいで、4月からはあたしと同じ高校に行くの」

「どこの高校?」

「…神高」

神高とは神崎商業高校の事で、俺が通う神崎大学のすぐ隣にある商業高校だ。

「それでね、青ちゃん高校に行くの怖がってるみたいなの。高校にいる間発作起こしたら嫌だとか、みんなに変な目で見られるのが嫌だって。中学の時はクラス全員小学校からずっと一緒だったからよかったけど、高校は違う。他の中学校からもいろんな人が来る。知らない人ばかりだから、何があるかわかんないから嫌だって。青ちゃん本人はそれを口に出したりはしないんだけど、あたしわかっちゃうんだよ。ずっと一緒にいたんだもん。

あたしね、それ見てるの辛いの。本当は辛いのに強がって、あたしに弱いとこ見せないの。もっと頼ってくれればいいのに、その辛さを一人で抱え込んじゃうのよ!」

紫苑の声は段々震えてくる。

「ねえなる兄、どうにかならないかな。見てるだけで辛くなるの。なる兄なら、どうにかしてくれると思うのよ。だって青ちゃん、なる兄のこと大好きだもん」

俺の腕をぎゅっと掴み、紫苑が詰め寄る。確かに青葉はなんでも一人で抱え込む癖がある。俺たちが何か言わない限りずっと隠し続ける。実際、昨日もそうだった。

「ねえ、今度一緒に青ちゃんの家に行こ?入学式まであと少ししかないの」

「そうだな、近いうちに行っておいた方がいいな」

紫苑の顔がぱっと明るくなる。

「いつ行く?ね、行くなら早い方がいいよ。入学式一週間後だから!」

「んー、これから行ければいいんだけど…」

「行こうよ、なる兄。自転車二人乗りすればすぐ着くよ」

「そうだな、行くか」

俺たちは紫苑の紫色の自転車で、青葉の家を目指した。


インターホンを鳴らすと、昨日と同じようにおばさんが出た。

「あら那流ちゃん、いらっしゃい。青葉なら起きてるわよ」

「こんにちは、おばさん」

俺の背後から紫苑がひょっこり顔を出す。

「紫苑ちゃんも一緒なのね。いいわねぇ、仲が良くて」

「お邪魔します」

リビングに行くと青葉の姿はなかった。ということは自分の部屋にいるのだろう。俺は躊躇なく青葉の部屋のドアをノックした。

「青葉起きてるか?入るぞ」

返事を待たずにドアを開ける。予想通り、青葉はベッドの上でぼうっとしていた。俺を一目見るなり、嬉しそうに駆け寄ってきた。

「あ、那流!また来てくれたんだね!」

「よ、ちょいと用があってな」

「青ちゃん、あたしもいるわよ」

紫苑が言うと、青葉はぎょっとして後退った。

「な、なんで紫苑も来るんだよぅ…」

「なによ、いいじゃない」

「なんかあったのか?」

久しぶりに幼馴染三人揃ったのに、なんだか雰囲気がおかしい。俺はとりあえず中に入れてくれと頼んだ。

俺がベッドに座り、青葉と紫苑はカーペットの上に座った。

「怖がってなんかないって言ってるじゃん!しつこいよ紫苑」

「素直に認めなさいよ、ばか」

「ばかって言うなよ、ばか!」

「なんですって!」

俺は目の前で繰り広げられる低レベルな争いが終わるのを待った。しばらくすると二人はなぜか黙り込んでしまった。まったく世話の焼ける。

「んで、青葉は神高に行くんだろ?紫苑と同じところの」

「そうだよ」

「高校に行くのが怖いのか?」

訊くと、青葉は再び黙ってしまった。怖がっている自分を認めたくないのだろう。気持ちはわからないでもないが、紫苑もあんなに心配している。このままじゃ何も進展はない。

「紫苑もお前のことが心配で、俺に相談したんだぞ?からかうつもりで聞いてるんじゃないんだ。一人で全部抱え込まないで、たまには他の人を頼ったっていいんじゃないか。昨日、我慢するなって言ったばっかだろ」

青菜は潤んだ瞳で俺を見上げた。辛うじて聞こえる程度の小さな声で言った。

「…怖いよ。本当はすごく怖い。いつどこで寝ちゃうかわからないのに、安心して行けるわけないじゃん…」

「なら、あたしを頼りなさいよ!そうやって隠し続けてたら、何にも変わらない」

「紫苑…」

青葉は弱々しく紫苑の名を呟いた。

「あたしだけじゃない。なる兄だっている。青ちゃんの周りには頼れる人がいっぱいいるのよ。少しは周りを見てみなさい!」

「那流…?」

青葉と目を合わせ、微笑んだ。青葉の悩みが解消されるのならば、俺は幾らでも力を貸すつもりだ。

青葉はぎゅっと目を瞑った。そして再び開いた瞳には、しっかりとした意思が見て取れた。

「うん、わかったよ。ありがと紫苑。なるも」

「わかればいいのよ」

「お、頑張れよ」

「うん。…じゃ、よろしくね、紫苑」

「あたしもできるかぎり青ちゃんの近くにいるようにする。だから安心して」

「…ありがとう」

これで解決。俺がいなくても解決できたのではないだろうか。紫苑は俺の前では大人しい女の子だが、青葉相手では違うようだ。なんというか、強気だ。

「あ、那流、それ何?」

青葉が俺の右耳に手を伸ばした。

「ん?あ、これか。ピアス開けた」

高校の時、友人に勧められてピアスホールを開けた。今はパープルの目立たないものを付けている。

「髪に隠れて気づかなかった。自分で開けたの?」

「いや、友達に」

「痛くないの?」

紫苑も俺の右耳を覗き込み、顔を顰めながら言った。

「俺も前は痛そうだと思ってたけど、実際開けてみるとそうでもない」

「そうなの?」

「かっこいいね!僕も開けたい」

「これから高校なんだから駄目だろ」

「那流とお揃いにしたいなー」

「高校卒業したらな」

「んー、わかった…」

青葉は渋々頷いた。

時計を見ると、もう1時を過ぎていた。

「青葉、寝なくていいのか」

「あ、そうだね。寝なきゃ」

「じゃ、あたしたち帰るね。おやすみ」

「じゃあな」

俺たちは立ち上がり、部屋を出ようとした。

「明日は来てくれないの?」

「ああ、ごめんな。もうすぐ入学式だから、しばらく来れないな」

「そうなんだ…うん、わかった。大学、頑張ってね」

「おう、お前もな」

「じゃあね、青ちゃん」

ドアを閉めると同時に、紫苑が不安そうに尋ねた。

「なる兄、入学式いつなの?」

「…明日」

「…ごめんなさい。無理矢理連れてきちゃったかな。準備とか忙しいのに」

「大丈夫だ。気にすんな」

紫苑の頭の上に手を載せ、ポンポンと軽く叩く。

「お邪魔しましたー」

それぞれ家は別方向だから、紫苑とはここで別れることになる。

「じゃーな、紫苑」

「うん、ばいばい」

紫苑に背を向けて歩き出す。すると、切羽詰まったような声で紫苑が俺を引き留めた。

「待って、なる兄!」

「なんだ?」

振り返ると、紫苑はスカートの裾を握り締めて俯いていた。

「どうした、紫苑」

「…お兄ちゃん」

帰ってきてからはじめて紫苑が俺のことをお兄ちゃんと呼んだ。なにか重要な話でもあるのだろうか。

「あたしさ、お兄ちゃんの…」

「……?」

「…ううん、やっぱ何でもない。気にしないで。じゃあ、大学頑張ってね」

そう言って紫苑はさっさと自転車に乗り、帰ってしまった。言いかけたことはなんだったのだろう。まあ、紫苑が気にしないでと言ったのだから、気にすることはない。踵を返して歩き出した。

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