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俺たちの花  作者: ルート
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2

青葉、起きてるかしら?」

おばさんがドアをノックし、室内に呼びかける。間を置かずに、答えが返ってきた。

『うん、起きてるよ。なに?』

「入ってもいい?」

『いいよ』

おばさんは俺を振り返って微笑み、その場を去った。一人で行けということだろう。ドアノブに手を掛け、ゆっくりと開ける。

「…青葉?」

「………那流?」

ベッドに座っている青葉と目が合った。青葉は一瞬固まった後、瞳に涙を浮かべた。ものすごい勢いで俺に駆け寄り、抱きついた。

「本当に!?ほんとに那流なの!?」

「おう、ひさしぶりだな」

「那流…やっと帰ってきたんだね…」

青葉は俺の肩に顔を埋めて、嬉しそうに呟いた。

「待ってた。ずーっと待ってた」

「待たせたな、青葉」

青葉は満面の笑みで俺に言った。

「おかえり、那流!」


2人で並んでベッドに腰掛ける。

「お前、全然変わってないな」

青葉は最後に会った時とまったく変わらない。ストレートのさらさらした茶色が少し混じった黒髪。垂れ気味の目。薄い唇。雪のように透ける白い肌。昔と何一つ変わっていない。身長差も変わらず、俺より頭一つ分小さい。

「那流も全然変わってないよ。一目で那流だってわかったもん。真っ黒な髪とか、切れ長の瞳とか、かっこいいとことか!6年ってもっと短いと思ってたけど、全然違った。とってもとっても長く感じた」

青葉は楽しそうに笑っている。さっきのおばさんの言葉が嘘のようだ。病気とは何なのだろう。そもそも治る病なのか。もし不治の病とかだったら、俺はどうすればいいのだろう。自然と顔から笑顔が消える。それに気付いた青葉が不思議そうに俺の顔を覗き込む。

「那流?どうかした?」

「青葉、さっきおばさんに聞いたんだけど…」

緊張しているのか、いやに口の中が乾く。俺はごくりと唾を飲み込んだ。

「病気って、なんだ?」

青葉は悲しそうに目を伏せた。長い睫毛が影を作る。

「なんだ、母さん言っちゃったの」

「…青葉」

名前を呼ぶと青葉は顔を上げ、俺を真っ直ぐ見上げた。

「ナルコレプシーっていうんだって。知ってる?」

「ナルコ、レプシー…?」

告げられた病名を繰り返し呟く。

「睡眠障害だそうだよ。夜ちゃんと睡眠を取っているのに、昼間強い眠気が起きる発作なんだって。他にも症状はあるらしいんだけど…」

睡眠障害ということは、死ぬことはないのだろう。俺は安心して、ほっと息を吐いた。

「治るのか?」

「ん、もう…治らないんだって」

「そう、なのか…」

「だいじょぶだよ、那流」

青葉は優しそうに微笑む。胸が締め付けられる。青葉は昔からそうだった。こうやって優しそうに笑うときはいつも、なにか辛いことを我慢しているときだ。俺は青葉の白い手を握る。

「青葉、我慢すんな」

「な、那流…」

青葉の瞳から涙が溢れ出し、シーツを濡らす。ぼろぼろと大粒の涙を零しながら、俺の服の裾をぎゅっと握る。

「ごめん、ごめんね、那流。昔から僕、那流に心配させてばっかだ」

「そんなん気にすんな」

「ほんとは、本当はね、すごく辛いんだ。いつ発作起きるかわからないし、怖い幻覚も見る。もう嫌だ…」

俺の背中に腕を回し、青葉は声を上げずに泣きじゃくる。俺は黙って青葉を抱きしめた。


気付くと青葉は寝ていた。これが発作というやつだろうか。青葉をそっとベッドに横たえ、俺は机の上にあった紙を見た。それにはナルコレプシーの症状や治療法について書いてあった。

『◎主な症状

*昼に突然急激な眠気に襲われる

*嬉しい、悲しいなどの感情が昂ぶった後、急に力が抜けてしまい、発作を起こす(カタプレキシー)

*寝る前や目覚めた直後に金縛りに遭う

*発作で眠ってしまった際、恐怖や不快感を伴う強い幻覚を見る


◎治療法

*規則的、かつ十分な夜間睡眠を確保することを原則として、昼食後など定期的に短時間(30分以内)の仮眠をとる

*薬物投与』

今青葉が眠ってしまったのは、このカタプレキシーというやつの所為だろう。俺との再会を喜び、泣いたから。

俺は眠る青葉の顔を見た。その寝顔は苦しそうに歪んでいる。時折小さな声で、俺の名前を呼ぶ。俺はハッとして、青葉の手を握った。青葉は多分、幻覚を見ている。俺の名前を呼ぶのは、その幻覚が恐怖を伴っているからだろう。

「青葉…」

俺は青葉が目を覚ますまで、ずっと手を握っていた。


「あら、もう帰るの?」

部屋から出て来た俺の姿を見て、おばさんは言った。

「はい、まだ荷物とか片付けてないので」

「そう、忙しいのにありがとうね」

「いえ、大丈夫です。近い内にまた来ます」

「もちろんよ、また来て頂戴ね」

「ありがとうございます。では、お邪魔しました」

軽く頭を下げて、俺は柳家を出た。門を閉めるとき、二階の窓から青葉が顔を出して、叫んだ。

「ばいばーい、那流!また来てね!」

俺は軽く手を挙げてそれに応え、その場を去った。

帰り道、俺は青葉の病気について考えた。死なない病気とはいえ、所構わず発作を起こすのであれば、それはとても危険だ。いくらこの村が田舎だとしても車は通るし、川もある。車に轢かれたり、川に落ちたりするかもしれない。迂闊に外出も出来ないだろう。

そういえば青葉は今年で高校生になるが、学校はどうするのだろう。中学校は青葉の家から近いところにあったが、高校はこの辺には無かったはずだ。一番近くて、神崎大学の隣にある神崎高校だ。でも青葉の家からは一時間以上掛かる。一時間かけて登下校するのは一人じゃさすがに危ないだろう。そこらへんのことは今度来たときに訊こう。

腕時計をチラリと見る。まだ時間は大丈夫だろうか。今日俺はもう一軒訪ねるつもりだ。もう夕暮れだが、今日訪ねると前以て言ってしまった以上、行かないわけにはいかない。幸い、青葉の家からならそんなに遠くない。俺は急いで歩いた。

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