【第十八話】いざダンジョンへ! C・Dクラス合同実習開始!
王立グラン・フォリア魔導学園の広大な敷地の外れ。
そこには、生徒の実習用に管理されている低ランクの洞窟型ダンジョン『第一演習ダンジョン』の入り口があった。
ダンジョンの入口は高さ五メートルほどで、その前には入口を塞ぐタルタロスが設置されている。
王都の隣にある巨大なものとは違い、さしずめミニタロスといったところだ。
その入口の前には、CクラスとDクラスの生徒たちがずらりと整列している。
アルノはタルタロスの、かすかに虹色にきらめくガラス面に刻まれた、直径二メートルほどの『一方通行のルーン』に釘付けだ。
「今回のクリア条件は、ダンジョン内部に生息する魔獣を討伐し、十センチ以上の『魔石』を採取して、全員無事にダンジョンから出て来ることだ」
Dクラス担任のロイドが、相変わらずの気怠げな声で実習のルールを告げた。
隣には、Cクラス担任のセリアも優しく微笑みながら立っている。
「先生、質問いいですか?」
最前列にいたアルノが手を挙げた。
しかし視線はロイドではなく、その手元にあるカード型マギア『リターンキー』に吸い寄せられている。
「なんだ? アルノ」
「そのリターンキー、近くで見せてもらえませんか?」
ロイドがため息をつきながらリターンキーを差し出すと、アルノは瞳をカッと見開き、食い入るようにキーを覗き込んだ。
「ほう……なるほど! 三枚の魔力結晶ガラスを重ねてそれぞれにルーンが刻んであるのか。一番上は反転のルーンだな、二枚目はたぶん増幅のルーンっぽい。三枚目は強化だけど、これは破損防止のためだけのようだね。その三枚を金属フレームで固定してあるんだね。そしてカード上部には穴が空いていて、ここには魔石をセットするのか。この魔石の留め具も綺麗な仕上がりだ! 全ての素材の魔力伝導率が非常に高いんだな。だからここにはまるくらいの小さな魔石でも、マギアを動作させられるんだ! すごく繊細で美しい設計だ!」
ブツブツと早口で、聞かれてもいないマニアックな構造の解説を始めるアルノ。
「ちょっとアルノ、先生の説明の邪魔になるから静かに!」
ミラが慌ててアルノの口を両手で塞ぎ、カイルがキーをロイドに返し、シルフィアも苦笑いして頭を下げる、三人の連携は完璧だ。
セリア先生がふふっと笑い、説明を引き継いだ。
「リターンキーは学園にとっても大変貴重なマギアよ。そのため、今日貸し出せるのは二つだけ。今回は、CクラスとDクラスから一チームずつ、同時にダンジョンに入ってもらうわ。一チームの持ち時間はだいたい九十分よ。無理だと思ったら、すぐにキーを使って引き返してきなさい」
ロイドが再び説明を続ける。
「ダンジョン内での行動は、二台のドローンマギア(中継魔導具)がそれぞれのチームを撮影し、学内の教員たちが審査している。俺たちはここにいるので見られないが、中でのことはちゃんと確認できているから安心しろ。ただしロープが張ってあるところから先には絶対に進むな。今のお前たちでは危険すぎるし、ドローンの魔力波(電波)がそれ以上は届かない」
そうして、C・Dクラス合同ダンジョン実習が幕を開けた。
順番にダンジョンへと飲み込まれていく生徒たち。
中には誇らしげに魔石を掲げて帰還するチームもいれば、恐怖に顔を引きつらせて手ぶらで逃げ帰ってくるチームもあった。
――
数時間が経過し、Cクラスの成績は「二チーム成功、二チーム棄権(失敗)」。
Dクラスの成績は「二チーム成功、一チーム棄権(失敗)」。
そして、Dクラスの四番手として挑んでいたダグラスのチームが、息を切らしてゲートから飛び出してきた。
ダグラスの鎧には生々しい爪痕が深く刻まれており、彼らが遭遇したビーストの恐ろしさを物語っていた。
「くそっ……! あんな速いやつ、俺たちの力じゃどうにもならねえ……!」
膝から崩れ落ち、悔しそうに地面を叩くダグラス。
彼はふらつきながら立ち上がると、次に控えていたDクラスの最終チーム、アルノたち『チームガレオス』の前に歩み寄った。
「ダグラス……」
カイルが声をかけると、ダグラスは悔しさに顔を歪めながらも、真っ直ぐにカイルとアルノを見た。
「すまん……。俺たちはダメだった。後はお前たちに託す。Dクラスの意地を見せてくれ」
クラスメイトからの、痛切な檄と共にリターンキーを受け取るアルノ。
カイルは無言で力強く頷き、アルノは涼しい顔でダグラスの肩をポンと軽く叩いた。
「うん、任せてよ。ダグラスたちの分まで、最高の魔石を持ち帰ってくるから」
これで両クラスは完全に拮抗状態となり、いよいよチームガレオスの出番だ。
Cクラスの最終チームと共に、巨大な魔力結晶ガラスの前に立つ四人。
「行こうみんな。絶対に魔石を持ち帰ろう!」
珍しくアルノの声に覇気を感じる。
カイルが巨大な盾をたずさえ、アルノがダグラスから受け取ったリターンキーを、少し大きめの腰のバッグにしまう。
四人は大きく息を吸い込み、未知なる迷宮へとその足を踏み入れた。
――
タルタロスの巨大な魔力結晶ガラスを通り抜けた瞬間、ひんやりとした冷たい空気と、古い苔の匂いが肺を満たした。
一方通行のルーンをすり抜ける感覚は、まるで薄い水の膜を突き破るかのようだった。
「なんか、不思議な感覚やったねぇ」
シルフィアがゲートについての感想を口にすると同時に、
「すげえな……本当に洞窟の中かよ」
カイルが思わず感嘆の声を漏らす。
第一演習ダンジョンの内部は、外界とは完全に隔離された異空間だった。
ゴツゴツとした岩肌の壁面や天井には、淡いブルーやグリーンの光を放つ植物や鉱石が群生し、少し薄暗い程度の明るさが常に保たれており、照明マギアを使わなくても十分に周囲を見渡すことができた。
「少し一緒に進まないか?」
一緒に入場したCクラスの最終チームが、少し不安そうに提案する。
「わかった、しばらく一緒に行こう」
お互い初めてのダンジョン、状況が読めるまではそちらの方が安全だろうとアルノはその提案を承諾した。
そんな二チームの動向を、暗がりをふわりと飛ぶ小型の魔導具が見つめていた。
――
カイルを先頭に、ミラとシルフィアが続き、アルノが最後尾。
そしてその後ろにCクラスチームが続く形でダンジョンを進んでいく。
しばらく進むと、少し開けた広場のような場所に出た。
岩陰から、のっそりと四つ足の獣が姿を現す。
見た目は普通の鹿で、頭部にも体のどこにも、魔力結晶は見当たらない。
鹿らしきものは、こちらをチラリと見たものの、特に気にする様子もなく、岩に生えた苔を食べている。
「あれはカーム? それとも普通の鹿? ……区別がつかんね。でも大人しそうでよかったわ」
シルフィアがホッと胸を撫で下ろしたその時、スッ、とアルノの視界のすみに、何かが動いた。
「カイル! 上だ!」
アルノの警告とほぼ同時。頭上の岩棚から、黒い影が弾丸のような速度で射出された。
「おらぁっ!!」
カイルが反射的に巨大な盾を頭上に掲げて踏みとどまる。
ガァァァァンッ!!
金属同士が激突したような凄まじい轟音が響き、カイルの巨体がわずかに沈み込んだ。
「重っ……! なんだこいつ!」
カイルの盾を蹴って後方に着地したのは、漆黒の体毛に覆われた狼のような姿の魔獣だった。
しかし、その額からは禍々しく紫色の魔力結晶が、鋭い角のように皮膚を突き破って生え出ている。
脳に結晶が影響し、理性を失って狂暴化した存在。討伐対象であるビーストだ。
グルルルルッ……!
ビーストは低い唸り声を上げ、赤い両目で四人を睨みつけながら、前傾姿勢で筋肉を極限まで収縮させる。
カイルの脳裏に、ダグラスの言葉が蘇る。
(あんな速いやつ、俺たちの力じゃどうにもならねえ)
こいつはきっと、ダグラスたちを敗走させた、ビーストに違いない。
その様子を見ていたCクラスチームは、
「お、俺達は、一旦避難する!」
と言って、アルノたちに背を向け、来た道を走り始めた。
しかしアルノたちには、そんな彼らに気を向けている余裕はない。
「速いね。脚力に魔力を回して身体強化している個体みたいだ」
アルノは冷静に分析しながら、指示を飛ばす。
「ミラ、シルフィア! カイルの背後から絶対に離れないで。二人の魔法なら、あの速さでも対応できる!」
「任せなさい! ワタシの炎で丸焼きにしてやるわ!」
ミラが杖を構え、杖の先端に高密度の赤い炎を凝縮させる。
「ウチも、精霊さんにお願いするわ!」
シルフィアがタクトを握りしめ、波長調整魔導具『ハルモニア』を通じて風の精霊との会話を始めた。
「へっ、オレの後ろへは一歩たりとも通さねえぞっ! 来いよ、駄犬!」
カイルが挑発するように大盾をバンッと叩いた。
それを合図にしたかのように、ビーストは地面を激しく蹴り、黒い閃光となってチームガレオスへと襲いかかった。
落ちこぼれの吹き溜まりから這い上がった四人が挑む、初めてのチーム戦。いま、その戦いが幕を開ける。




