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前世知識持ち伯爵令嬢ですが、公爵家を立て直すためメイドになったら次期公爵に溺愛されました  作者: クロネコ


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旅立ちの日

ーーーーーーーーーー

リディア・アシュクロフト研究ノート No.020


【研究テーマ】観察と仮説


『慌てている時ほど、人は見えているものしか見なくなる。だからこそ、一歩立ち止まり、「何が起きているのか」を観察することが大切』

ーーーーーーーーーー


旅立ちの朝は、雲一つない快晴だった。屋敷の正門には、一台の馬車が止まっている。


荷台には旅行鞄が三つ。その隣には、木箱が十個。まるで家族総出のような量だった。


「・・・リディア」


父は静かに木箱を見つめながら、リディアへ声をかける。


「これは何だ?」

「研究道具ですが」

「こんなに必要か?」

「これでも最低限です」


リディアの返答に、父は額に手を当てる。


「服はどうした?」

「鞄に入っています」

「何着だ?」

「三着ほど」

「研究道具は十箱で、服は三着」


思わず空を見上げる父。母は口元を隠して笑っている。


「お嬢様」


マリーが困ったように近付いてきた。


「薬草まで持っていかれるのですか?」

「向こうにはない種類もありますから」

「乾燥棚まで?」

「必要なものです」

「蒸留器も?」

「もちろんです」


マリーは観念したようにため息をついた。


「公爵家の皆様が驚かれなければいいのですが」


マリーの心配をよそに、リディアは小さく首を傾げる。


「これくらい普通では?」

「異常です」


マリーは即答し、周囲にはいつもながら笑顔が溢れていた。


ーーーーーーーーーー


「身体には気を付けるのですよ。」


母が襟元を整える。


「寒い土地ですから」

「はい、お母様」

「研究に夢中になって食事を忘れてはいけません」

「ど、努力します」

「努力ではなく約束です」


くすくすと笑い声が広がる。母と話し終えると、父も一歩前へ出た。


「困ったことがあれば、すぐ手紙を書きなさい」

「わかりました」

「無理はするな」

「はい」

「それと・・・」


父は少しだけ真剣な顔になる。


「もし困っている人がいても、一人で抱え込むな」


リディアは静かに頷いた。これは、何度も言われた言葉だった。


「覚えておきます」


御者が馬車の扉を開ける。いよいよ出発の時間だ。


「みんな、行ってきます」


深く一礼すると、家族も使用人たちも笑顔で見送ってくれた。


「行ってらっしゃいませ、お嬢様!」

「お気を付けて!」


馬車がゆっくりと動き始める。窓から見える屋敷が少しずつ小さくなっていった。


ーーーーーーーーーー


伯爵領を出てから三日後。王都へ続く街道を馬車は順調に進んでいた。リディアは窓から外を眺めながら、小さな手帳へ何かを書き込んでいる。


「街道沿いの土壌は少し赤いですね」


さらさらと羽ペンが走る。これはリディアの癖だった。何かを見つけるとメモを取り、興味を持てば考え込む。


「この辺りは雨が少ないのでしょうか」


いつもの光景に御者は苦笑する。


「お嬢様は何でも研究されるのですね」

「知らないことばかりですから」


穏やかな空気に包まれた、その時だった。


「止まれぇっ!」


前方から切迫した叫び声が響く。馬車が急停止し、リディアは慌てて窓の外を見る。街道には十数台もの荷馬車が立ち往生していた。人々が橋の手前へ集まり、何やら騒いでいる。


「何かあったのでしょうか」

「少々お待ち下さい」


御者が様子を見に行く。しばらくして戻ってきた彼の表情は険しかった。


「橋が崩れていました」

「橋が崩れた?」

「はい。どうやら昨日の雨で土台が削られたようです」


橋の向こうには足止めされた旅人たち。こちら側にも行列が出来ていた。復旧には何日かかるか分からないという。


リディアは馬車を降りると、崩れた橋をじっと見つめる。


川の流れ。橋の崩れ方。周囲の土の色。周囲の地形。誰もが「橋が壊れた」と言っている。けれどリディアだけは違った。


「・・・興味深いですね」


リディアは小さく呟き、橋ではなく川岸へ歩いていく。その視線の先にあったものは――。


誰も気付いていない、小さな違和感だった。


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