研究者は朝が苦手
すみません、投稿ミスで草案の物がアップされてました。
1話から再度アップしなおします。
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リディア・アシュクロフト研究ノート No.017
『分からないことは怖いことではない。分かったつもりになることの方がずっと怖い。だから今日も実験をする。』
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伯爵領の朝は、小さな爆発音で始まった。
ボンッ!!
魔力灯の試作品が、今日も元気よく煙を吐いた。
窓の外へ白い煙がふわりと流れ、屋敷の庭にいた小鳥たちが一斉に飛び立った。
「・・・また、お嬢様のお部屋ですね」
侍女のマリーは額に手を当て、小さくため息をつく。ここ一か月で十二回目。もはやこの屋敷で驚く者はいない。彼女は慣れた手つきで部屋の扉を開いた。
「お嬢様。失礼いたします」
室内には薬草を焦がしたような匂いと、薄い煙が漂っている。机の上には開いた魔法書が何冊も積み重なり、床には魔法陣を書き損じた紙が散乱していた。
そして、その中心には少女がいた。
「ーーなるほど」
短く言葉を発した少女は、真剣な表情で羊皮紙へ何かを書き込んでいた。その姿は、まさに研究者だった。
「お嬢様、また爆発しましたね」
「しました」
「また徹夜ですか?」
「いえ、徹夜ではありません。途中で二十分ほど寝ました」
「はぁ、どこで寝ました?」
「そこです」
少女が指差した先にベッドなど存在しなかった。そこにあるのは間違いなくーー。
「机、ですね」
「はい、机です」
侍女マリーは静かに目を閉じた。
「それは睡眠ではありません」
「そうでしょうか?」
不思議な少女――リディア・アシュクロフトは首を傾げる。淡い亜麻色の髪はあちこち跳ね、頬には煤が付いていた。だが碧色の瞳だけは、夜明けの空のようにきらきらと輝いている。
「見てください、マリー」
リディアから差し出された羊皮紙には、幾重にも重なる魔法陣が書き込まれていた。そして、その横には細かな文字でびっしりと考察が書き込まれている。
「保温の生活魔法は『熱を生む』のではなく『熱を逃がさない』性質が強いようです」
「・・・はあ」
「つまり外套全体ではなく、布の繊維一本一本へ魔力を流せれば――」
盛り上がるリディアを前に、マリーは心の中で今日の予定を諦めた。これは——朝食まで研究の話だ。
「お嬢様」
「なんですか、マリー?」
「旦那様がお待ちです」
「え、いや、もう少しだけ!」
「昨日もそうおっしゃいました」
「今日は本当に少しだけです!」
「その『少し』で朝日が昇りました」
窓の方を見たリディアはしゅん、と肩を落とす。まさか、日が昇っていようとは。
「研究って、どうして時間が早く過ぎるのでしょう」
「それは皆様がお嬢様に聞きたいことです」
マリーはくすりと笑い、机の上の冷え切った紅茶を下げ始めた。数えてみればこれが四杯目だった。
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「おはよう、リディア」
マリーの努力により食堂へ移動したリディアへ、父が穏やかに声を掛ける。
ギルバート・アシュクロフト伯爵。厳格な領主として知られているが、娘には少しだけ甘い。
「昨夜は、よく眠れたか?」
「はい、二十分も寝てしまいました!!」
「それは睡眠ではない」
父の返事はマリーと全く同じだった。そんなやりとりを見て、微笑みながら母は言う。
「まずは朝食をいただきなさいな」
「はい、お母様」
リディアは焼きたてのパンを口へ運ぶ。表面は香ばしく、中はふんわり柔らかい。次に温かな野菜のスープを飲む。思わず頬が緩む。
「はぁ、美味しいです」
「昨日、新しい窯で焼いたそうですよ」
「そうでしたか」
新しい窯と聞いてリディアの目が輝く。
「熱の回り方が変わったんですね」
リディアの問いに、料理長が少し照れくさそうに頭を掻いた。
「お嬢様に教わった通り、空気の流れを変えてみました」
「そうでしたか。これは成功ですね」
「ええ。薪も三割ほど節約できました」
食卓のあちこちから笑みがこぼれる。リディアにとって、研究とは誰かを驚かせるためのものではない。誰かの暮らしが、昨日より少し良くなること。その積み重ねこそが嬉しかった。
だから成功すると、自分のこと以上に相手の笑顔を見てしまう。それが、アシュクロフト家の皆が愛してやまない長女だった。
皆が食事を終えた頃、父がナプキンを畳みリディアへ声をかける。
「リディア。食後に執務室へ来なさい」
その一言で、食堂の空気が少しだけ変わる。これは仕事の話だ。リディアは静かに頷いた。
「はい」
胸の奥が、少しだけ高鳴る。父からの新しい課題だろうか。領地に困っている人がいるのだろうか。
それとも、まだ見ぬ何かに出会えるのだろうか。そんな期待を抱きながら、彼女は父の執務室へ向かった。
このときのリディアはまだ知らない。
北方へ向かうその一歩が、自分の研究人生で最大の「興味深い現象」と出会う始まりになることを。




