Episode 5
「いやぁ、やっとついたぜ・・・。」
オレたちはザードの家の前にいた。
「まったく、随分と時間がかかったじゃない。リーダーとしてしっかりしてほしいわ。」
ノックしようとしたところで、ミルがぼやきだした。
「うるせぇ!元はと言えば、お前が腹減ったとか言いだして寄り道したのが悪いじゃねぇか!」
「はぁぁあ?!そもそも、あんたが最初っから場所知ってれば、そこまで時間かかってなかったじゃない?わざわざ街の反対側まで王様に聞きに行ってみたら、アタイの家の近くでした、なんてアホにも程があるわ。」
「いやいやいや、逆によ。こんなに近かったのに何でお前は知らねぇんだよ。」
「そう言うあんただって、王様のところに行く途中でここ通ってたじゃない。何で気づかないのよ!」
ミルと言い争いをしていると、近くの窓が開いた。
「・・・どちら様ですか?」
ザードの頭が眩しそうな目で現れた。もう昼はとっくに過ぎている。
「よぉ、ザード。窓が全部閉まり切ってたから、誰もいないかと思ってヒヤヒヤしたぜ。」
ザードは何も言わずに引っ込み、ご丁寧に窓を閉めてしまった。
ドアから出て来てくれるのかと思ったものの、何も起こらない。
「ちょっとぉ!こっちはわざわざ半日も歩いてやっと着いたっていうのよ?とりあえず開けなさい!」
ミルがドアを蹴破らんと、喚き始めた。
驚くことに、ドアは全く開かなかった。
ミルは負けじとドアを蹴り続ける。
「おー、ミルゥ。やったれー。」
「ちょっとノゾム、あんたもなんかしたらどう?!」
振り返ると共に、ミルの脚が一瞬止まる。
その隙を待っていたかのように、ドアが開いた。
「もう、騒がないでくださいよ・・・。頭イタイ・・・。」
ザードが俯いたまま、ドアの隙間から顔を覗かせた。
「あんたがさっさと出てこないからでしょう?ま、いいわ。とりあえず入れてもらうからね。」
ミルはドアをこじ開けて、遠慮なく入っていった。
「ちょ、一体何なんですかぁ・・・。」
「悪りぃな。オレもジャマさせてもらうぜ。」
ザードの家は、すでに陽が沈みかけていると錯覚するくらいに薄暗かった。
後ろの方で、ドアが閉まる音が聞こえる。
振り返ると、ザードはため息混じりに、閉じたドアに魔法を流していた。
「何してんだ?」
「・・・扉が開かないようにしてるんです。あなたたちを入れてしまったのは心外でしたが、これ以上家の中に他人が入ってくるのは耐えられませんから。あなたたちも、用が済んだら早く帰ってもらえると助かります。」
ザードは声を震わせながら言った。
「他人なんて、ちょっとよそよそし過ぎじゃない?アタイたち、同じ討伐隊の仲間じゃない!」
ミルがザードの肩に両手を置いた。
すると、ザードは小さな悲鳴をあげ、奥の方へと逃げ込んでしまった。
「ちょ、一体どうしたっていうのよ?」
ザードがすっかり引っ込んでしまい、ミルは不安そうにこちらを見てきた。
「うーん、さっきから暴れ回ってたもんだから、怖かったんじゃねぇの?」
「そ、そんなこと!・・・は、あるかも、しれないけども・・・。」
「ま、ザードを追いかけようぜ。ここでオレたちだけで話してたって何も進まねぇ。」
手探りに壁を頼りながら、オレはザードと思われる魔法粒子の塊に近づいて行った。
「ね、ねぇ、ノゾム。アタイはどうすればいいかな。」
「・・・なんかうまい具合にやればいいんじゃね?」
オレの肩を掴んでいたミルの手の力が急激に強くなる。
「どうすればうまい具合になるかを聞いてんのよ!アタイはもうさっきので、ザードと仲良しになれる未来が見えないわ。」
「まあまあ、今はそんなに考えたってしょうがないだろ。とりあえず、まずは話してみようぜ。お前もテキトーでいいよ。」
オレたちがたどり着いた部屋は、衣服や本でごった返していて、床が見えなかった。
「うっわ。散らかりすぎだろ。とりあえず、この辺のモンどかして、座らせてもらうぜ。」
オレはほとんど空っぽの本棚に本を突っ込んでいく。
ミルは服に手をつけるも、ホコリが舞いだしたようで、クシャミを連発していた。
「あぁ、もう。この服、ほとんど埃まみれじゃない!気味が悪いから、軽く洗わせてもらうわよ。」
そう言って、服を持てるだけ持って部屋を去って行った。
「あなたたち、いったい何が目的なんですか。」
布団にくるまった何かが問いかける。たぶんザードだ。
「今のメンツを見ればわかるだろうよ。討伐隊の話でもしようと思ってな。」
布団からザードが顔を覗かせて、こちらをマジマジと見だした。
「あぁ、討伐隊の方でしたか。てっきり、泥棒か何かかと思ってました。」
「いや、泥棒ならもっと警戒しろよ。てか、ミルのヤツだって言ってたろうよ。」
「ミル・・・?あぁ、先ほど部屋を去った方のことですか。すみません、全く聞いてませんでした。」
「オイオイ、つい2、3日前に集まった時に自己紹介しあったろうに・・・。」
ザードは布団に再びこもってしまい、中からモニョモニョと何かを言い出した。
「その、ボク、顔と名前が全然覚えられなくて、えぇ。なんか、ごめんなさい。」
「そうかよ。オレはノゾムな。いちおう、討伐隊のリーダーらしいから、覚えといてもらえると助かるぜ。」
「ハハ、多分明日には忘れてしまいます。確か、あの後、食事をしましたよね。それを思い出そうとしても、ちょうど皆さんの顔にモヤがかかってしまうんです。」
「ま、それでもどうにかなんだろ。とりあえず、お前の力とか教えてくれよ。」
すると、ザードは部屋の隅の方に下がってしまった。
「前も言った通りです。ボクは役に立たないでしょうから、どうか3人で行ってください。」
「お前の魔法がどんなにショボいかしらねぇけどよ、今日来た2人は魔法が使えねぇポンコツだぜ。それより役に立たないってことはないだろうよ。」
ザードは何も答えない。
「そもそもよ。お前、そんなんで、どうして討伐隊に立候補したんだよ。」
「・・・討伐隊のメンバーであれば、一人でインクレムの元へ向かっても、誰も止めませんから。」
「は?それってどういう意味だよ?」
ふと、部屋の所々に、違和感のあるものが幾つか目に入る。
床にはチラホラ、輪っかのできた太いロープが2、3本。
本もよく見れば、山に生えてる植物とか、身体の仕組みの本ばかり。
怖くなって天井を見ると、大きな板が既に何かを隠していた。
机の上には、小さい刃物が散乱している。
ザードは一言も発することなく、変な模様が所々に見られる布団にこもっていた。
オレは部屋を片付けたことを少し後悔した。
「いや、なんでもねぇ・・・。」
息が詰まりそうだった。
そういうことを考えてこなかったわけではないが、ここまでリアルに迫ったことはない。
重苦しい空気が時間をゆっくりにする。
言葉が喉元のあたりで行き来していると、突然、窓がゴンゴンと鳴りだした。
ザードは反応する気配はない。
窓を開いてみると、外の喧騒と共にミルが現れた。
「・・・何してんだ?」
「まだ床に服が転がってるでしょ?扉は開かないし、こっちから渡してもらおうと思って。」
そう言って、にこやかに両手を差し出してきた。
「というか、こんな時間から干して、乾くのかよ。」
床に散らばる服を拾い集めながら聞いた。
「それよりも、こんなものに囲まれてたら気がおかしくなるでしょう?いいから、早く持ってきて!」
「ったく、人使いが荒いぜ。」
布の塊を手渡すと、ミルはニンマリと口角を上げる。
「それはお互い様!アハハ。」
ミルが見えなくなったところで、オレはそっと窓を閉めた。
「・・・仲がいいんですね。」
いつの間にかザードが顔を出していた。
「まぁ、悪くはないな。お前もこっちに入ってくれよ。」
「ハハ・・・、遠慮しておきます。どうせ虚しくなるだけです。」
また音がなくなる。
「なぁ、ザード。これはちょっと前に起こった話なんだけどよ。」
「急になんですか。雑談なら、もう一人と好きなだけすればいいでしょう。」
「ミルのことか?まあ、聞けよ。これは魔法を使えねぇポンコツの話だ。」
ザードは少し嫌そうだったが、もう文句を言うことはなかった。
「そいつはよぉ、プロタンティスが見放すくらいに魔法の才能がないんだ。お前にもプロタンティスはついてるんだろ?誰でもついてる。そのはずなのにだぜ?来たと思ったら、すぐに立ち去っちまったんだと。笑えるだろ。」
「・・・プロタンティスは授かった本人しか見えないのに、どうして知ってるんですか?」
ザードは相変わらずの不貞腐れた顔で聞いてきた。
「さぁ、どうしてだろうな。」
オレはこっそり呼吸を整えて、続きを話す。
「それでな、そいつはレッジのジィさんに泣きついたんだ。そいつの普段の態度は目も当てられないモンだったんだけどよ、ジィさんは嫌な顔ひとつせず助けてくれたぜ。」
「結局、何が言いたいんですか。」
「まあ、焦るな。話はここからだ。そいつはレッジの元に通ううちに、とんでもない必殺技を編み出せそうだと言う話になったんだ。未検証の部分の多い理論に基づいた、インクレムなんて屁でもねぇような、ヤベェヤツをな。」
「・・・それで、どうなったんですか?」
脳裏にレッジの最後が浮かぶ。
「必殺技は、成功した。ただ、それは本当にとんでもねぇ威力だった。それでそいつは死にそうになったんだけど、ジィさんが庇ったんだ。で、ジィさんが死んじまった。」
首が絞められたような感覚。
どうにかして、オレは言葉を吐き出した。
「そこで、こんなもんを取り揃えてるお前に聞いてみたくなったんだけどよ・・・。」
オレは床のロープをひとつ拾い上げて、ザードを見た。
ザードはもう不貞腐れてはいないが、部屋が暗いせいか表情が読めなかった。
ザードは何も言わない。
「・・・そいつって、生きてていいのかな。」
「世間は、レッジ先生はインクレムから生徒を庇って亡くなったと言っているようですが。」
「これを知ってるのはオレだけだ。」
「そうですか・・・。」
また沈黙が部屋を満たす。
「ボクは、静かで落ち着けるところが欲しかったんです。」
ザードがポツリと言った。
オレはザードの方を見て、自分がうつむいていたことに気がついた。
「なぜボクがこの世界に生まれてきたのか。それはボクが生き物であるから、の一言に尽きます。どこかで自分を複製するような存在が偶発的に生まれ、その連鎖的な物理現象の途中経過に過ぎません。」
「・・・やたらと規模の大きい話だな。」
「そうでしょうか。もしかすると、単にボクらが小さいだけかもしれません。」
ザードの声は少し嬉しそうだった。オレは次の言葉を待った。
「まあ、これはある本で述べられた仮説ではあるのですが。さらにその本では、自らを複製していくモノが、より多くの仲間を増やすために、その乗り物として生き物という構造を開発するに至ったのでは、と言われています。」
「随分と思い切ったことを言い出すんだな。」
「そうですね。でも、数ある説の中で、ボクはこれが生物の起源の理論の中で妥当であると思います。この自己複製子は自らの生き残りのために、追加で種々の器官を作った。あるモノは角を、あるモノは翼を。そしてあるモノは魔器官を・・・。」
「それで言ったら、オレを作った自己複製子とやらはポンコツだな。」
「まあ、何千年と歴史がありますからね。一回や二回のミスがあっても不思議じゃありません。」
「・・・そうか。」
「しかし、そのミスが生き物として失敗なのかというのは別の話です。またまた例の本の引用になりますが、このような複製のミスを積み重ねていくことで、新たな生物が誕生してきたそうです。」
「魔法が使えなくなるのが進歩だとは思えないがな。」
「いえいえ、生物的な進歩というのは結果論です。つまり、あなたの子孫が爆発的に増えて、数百年後には魔法を使えないのが当たり前の世界になれば、あなたの方がある意味で進んだ生き物であったと言えるでしょう。」
「ほーん、つまり、この街なら今のところ、水の魔法を使う奴が勝ち組ってところか。」
ここで、ザードの声音がこの部屋よりも暗くなってしまった。
「そうですね。そしてここまでは、自己複製子の視点の話です。」
「ん、どういうことだ?」
一呼吸おいて、ザードは語り出した。
「ボクという人格。これは自己複製子がかつて偶然に獲得し、自らの繁栄のためにこの身体に設定した付属品に過ぎないんですよ。」
「それはまた、ちょっと考えが飛躍しすぎじゃねぇのか?」
「偶然獲得して、結果論として役に立った。これだけが生物が有する、あらゆるシステムの原理です。この街というシステムも、複数の個体を跨いで構築された、自己複製子らの作品と言ってもいいでしょう。」
「なるほどなぁ。まあ、その本を読んだわけじゃねぇから安易なことを言うべきではないが、なんとなくわかってきたぜ。」
「ここでボクが思うのは、どうすればボクは幸せになれるだろうか、ということです。ですがもしボクが幸せになったとしたら、ボクはそこで止まる。たとえそれ以上の成果を期待できたとしても、そこで満足する。それは自己複製子にとってはよくない。機会の損失だからです。」
「つまり、努力させ続けると?」
「えぇ、そうです。例えば、自分よりも優れた存在、試験でも、魔法でも、なんでもいいです。そう言う存在がいると、幾らか焦りを感じるはずです。内なる自己複製子が、もっと突き進めと、自分を複製に有利な位置にしろと、本能レベルの、言語すらままならないところから叫んでくるんです。」
「・・・まあ、思い当たる節は無くはないな。」
「周囲の影響も恐ろしいです。仲間が何かしらで強くなることは、群れ全体の安定性につながります。つまり、ボクが能力を上げることは、自己複製子レベルで言えば、他人から見てボクが脅威にならない範囲ならば、ボク以外の自己複製子には確実にメリットがあるんです。それはボクという人格を壊す、というのはやや大袈裟ですが、それに迫るくらいにボクに努力をさせ得ると言えるでしょう。」
「魔法小屋やら、討伐隊なんか、モロにそうかもな・・・。」
「ボクはとにかく勉強をして偉くなれば、他人と関わることなく、静かに暮らせると考えていました。でも、学ぶほどに、ボクは本質的に群れで生きなくてはならないこと、そして群れにいるが故に、あるいは生き物であるが故にボクに鞭を撃ち続ける存在がいる。ボクは、生きることが素晴らしいなんて言う奴が嫌いです。」
改めて部屋を眺めてみる。
すごく静かだった。外の強い光もほとんど遮られてる。
なんだか、ここでずっと眠っていたくなる。
ザードが布団にくるまりながらこちらに近づいてきた。
「ここまで聞いて、『じゃあ、さっさと死ねばいいだろ』なんて思ったでしょう?ですが、自死を防げないような自己複製子など、すでに絶滅していると思いませんか?」
「お前、ずっとこんなこと考えてんのか。」
「まあ、そうですね。一時期、先生の元に通っていたことがありましたが、それはこの呪いとも言える結論を否定したかったからなんです。こんな後ろ向きな話も、先生は真摯に向き合ってくれました。まあ、ボクが引きこもってしまったので、本当に短い時間でしたけど・・・。」
「へっ。あのジィさん、守備範囲が広いんだな。まあ、確かにこんな話についていけるのは、ジィさんくらいだろうな。」
「えぇ、ですがボクはあなたを恨みませんよ。先生はこの世界の自己複製子の苛烈な争いから解放されただけですから。」
「・・・そうかよ。」
「えぇ、そうです。」
ザードがさらに近づいてくる。
「なんだか、久しぶりに話をしたら、スッキリしました。親は残念ながら教養が無いだけでなく、『言い訳するな』の一点張りですから。」
「そうか、そりゃ良かったよ。」
「先生もおっしゃってたことですが、一人で煮詰まるのは良くないんですね。痛感しました。」
「なんだかスッキリとした顔してんな。ま、せっかくこんなに嫌な話をしあえたんだ。また話そうぜ。」
「え、いいんですか?」
ザードの顔がほんのり赤みを帯びた。
「もちろんだ。ただ、今日の話は全部、他言無用で頼むぜ。それと、討伐隊の件なんだけどよ・・・。」
「ふふっ。一度にお願いし過ぎですよ。でも、いいですよ。正直、しばらくはあなたのそばにいたいと思っていたところです。」
ここで、扉をノックする音が聞こえてきた。かなり強い。
「きっと、もう一人の方ですね。さ、行きましょうか?」
そう言って、ザードは布団から飛び出したかと思うと、オレの腕を引っ張って玄関へと向かっていった。
「遅い!アタイが何回ノックしたと思ってるのよ。」
扉には足跡が何重にも重なっていた。
「マジで?全然聞こえなかったぜ。」
「あらそう。あれだけのノックが聞こえなくなるほど夢中だったなんて、一体全体、中で何をしてたって言うのかしら?」
ミルの視線をたどると、オレの腕に擦り寄るザードが満足げな表情を浮かべていた。
オレはミルに蹴り飛ばされた。




