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空っぽ二人は箱庭で踊る  作者: ボチノ・ギウセッペ
Chapter 2 -Tantalus Side-

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Episode 6

 「・・・なんでまたアタイのベットにいるのよ。」

 ミルの気だるげな声で目が覚めた。

 「なんでも何も、またお前が連れ込んだんじゃねぇか。あぁ、クソ。頭いてぇ・・・。」

 一昨日の朝よりも頭が割れそうだった。

 「しかし、あんなに酒癖の悪い方を見るのは初めてですよ。フフッ。」

 「うるさいわねぇ。ていうか、ザード!なんであんたまでいるのよ。」

 二人がオレを挟んで言い争いを始めてしまった。

 「ボクを連れ去ったのも覚えてないんですか?仲間が増えた、酒飲まねば、とグイグイいった上に、ボクたちの顔をペロペロ舐めまわした挙句、『いっちょに寝るのぉ』とか言って酒場からここまで引きずり回したことを。」

 「そんなことアタイがするわけ・・・、が無いとは言い切れないけど!ちょっと誇張しすぎよ!」

 「いえいえ。全て紛れもない事実です。そうですよねぇ?」

 ザードがにこやかな笑みを浮かべながらオレを見た。

 ミルも「やってないよね?」が3割、残りが「変なこと言ったら殺す」の目でこちらを見つめてきた。

 二人の顔を交互に見て答えを探しているうちに、ミルの顔が段々と青くなっていく。

 ミルは部屋の外へ走り去っていった。

 「・・・しかし、体温を感じながら眠るというのは、存外、悪くないものですね。久しぶりに熟睡できた気がします。」

 ザードが腕を絡めてきた。

 「そうだな。・・・ってそんなことより、ミルのヤツの様子を見にいってやろうぜ。」

 追いかけてみると、やはりミルはアホみたいに吐いていた。

 「おぇっ、もう酒は飲まない・・・。」

 ミルが今にも生き絶えそうな声で言った。

 まだまだ終わりそうになかったたので、オレは背中をさすってやった。

 「本当かよ?どうせ仲間が全員揃ったら、また飲み出すんじゃねぇの?」

 「それは、飲まなきゃ、うぐっ・・・。お酒に失礼ってもんよ・・・。」

 しばらくして落ち着いたのか、ミルはオレに全体重を預けてきた。

 「お、おい。しっかりしろって。それとも、そんなにヤバいのか?」

 「・・・ヤバい。身体ダルイ。頭イタイ。」

 ミルはオレの膝に頭を乗せる形で落ち着いた。

 「今日はもう一人の仲間に会いにいくというのに、どうしてあんなに飲んでしまうんでしょうか。」

 ザードがオレの背中に隠れながら、ミルを始めてみる虫か何かのように観察していた。

 「ま、まぁ。インクレムどもがくる時期までは、まだ時間がある。ここ最近は慌ただしくて疲れちまったよ。ゆっくりいこうぜ。」

 爽やかな風が畑の上で、サラサラと踊っている。

 そぐそばで奏でられる水音は、その清らかさが目に浮かぶ。

 すっかり霽れたあの空は遠く彼方で、

 地平の先で怪しく光る紫の雲の侵蝕を拒んでいた。

 「標高が高いのもあって、いい景色だよな。ここでやる畑仕事は気分が良さそうだ。」

 「あら、畑をなめてるわね。インクレムが落ち着いたらアタイは畑仕事に戻るけど、そのときに、あんたをコキ使ってやってもいいわよ?ヒィヒィ言わせてあげるわ!」

 ミルは顔色がぼちぼち良くなっていた。

 「・・・あぁ、それもいいかもな。」

 「いいですね。ボクもノゾムについていきます。」

 ザードが肩からひょっこりと顔を出した。

 「ふぅん、あんたみたいな引きこもりがついて来れるとは思えないけど。」

 ミルがそう言ったのを皮切りに、またオレを挟んで言葉のボールが激しく飛び交い出した。

 ・・・今日はいい天気だ。

 ぼんやりと空を眺めていたところ、紫雲が唐突に揺らぎ出す。

 地面の方を見ると、何かが濃い雲の向こうから這い出てくるところだった。

 街に鐘の音が鳴り響く。

 インクレムの襲来を知らせる鐘だ。

 「嘘だろ?いくらなんでも早すぎやしねぇか?」

 何かの集団は迷いなく街へと近づいていき、その姿は徐々に鮮明になっていく。

 ミルとザードが興味津々といった感じで前へ躍り出た。

 「うげぇ、芋虫みたいでなんか気持ち悪いのねぇ。薄灰色っていうのもマイナスね。」

 「よく見ると脚が4対もありますね。あんな生き物、本でも見たことありません。」

 「お、お前らスゲェ冷静だな。オレはあんなのと戦える自信ないぜ。」

 二人は一瞬固まり、そしてゆっくりとこちらを振り返る。

 「そうだった!アタイ、今からあれと戦うんだった!どうしよう。キモいキモいムリムリムリぃ!」

 ミルはオロオロと騒ぎ始めてしまった。

 妙に静かだな、とザードの方を見る。

 ザードは気の毒なくらいに真っ青で、涙目と首の動きで不参加を訴えていた。

 ここまで慌てふためいてる様を見てると、なんだか逆に落ち着いてしまう。

 「二人とも、聞いてくれ。オレならたぶん、アレを一瞬でぶっ殺せる。ただ、まだまだコントロールが効かない技だ。お前達の力を貸してくれ。」

 「何言ってんのよ!まだ仲間も集まってないし!それにあんた、魔法粒子を操るだけだって言ってたじゃない。そんなんで、どうやってあんなのをどうすんのよ?!」

 「落ち着けって。大丈夫だ。」

 ミルはオレを揺さぶり出す。その口から出る音はもはや言語かわからないくらいに支離滅裂だった。

 「ノゾム、それは昨日言ってた必殺技のことですか?」

 「あぁ、それだ。それならどんなヤツでも、当たればイチコロだろうよ。」

 ザードは少し下に言葉を探してから、恐るおそる聞いてきた。

 「・・・撃てるのですか?」

 「あ?どういう意味だよ。」

 「聞いた限りのボクの理解では、まだそれを一回しか成功させたことしかない。それなのにいきなり本番で、しかもその技ありきで突撃して、大丈夫なのかということです。それに・・・。」

 オレは思わず口を閉ざした。

 ザードの視線の先には、オレの震える手があった。

 「そ、そうよ!そんなに自信があるなら、ここで見せてみなさいよ!」

 ここでようやくミルが揺さぶるのをやめた。

 「ボクも賛成です。役立たずが行ったところで、足を引っ張るだけです。」

 ふと遠くの方を見ると、既にいくつかのグループがインクレムと応戦状態にあった。

 負けてはいないものの、数ではこちらが圧倒的不利であることが、素人目にもわかる。

 「わかったよ、やってやるよ!」

 オレは両手のひらで一つずつ、魔法粒子を回し始めた。

 「あの時ほどの速度は出さない・・・。」

 そう自分に言い聞かせる。

 「あの時みたいに、近くでぶつけない・・・。」

 オレは横目で仲間達を見た。

 息を整えて、狙った点に魔法粒子を同時に投げつける。

 その瞬間、脳裏に浮かんだのはレッジだった。

 お茶を入れてくれたレッジ。オレの頭をこづくレッジ。

 オレの髪をくしゃくしゃにして喜んだレッジ。

 ・・・オレの腕の中で目を閉じたレッジ。

 魔法粒子はわずかにかすることもなく、遠くへ飛んでいった。

 「クソッ、ミスった・・・。」

 もう一度試すも、結果は変わらなかった。

 何度試しても、ぶつけられない。

 魔法粒子を投げるたびに、胸中に何か詰め込まれるようで、苦しい。

 オレはすっかり息を荒げ、手は地面についてしまった。

 「ノゾム、アタイ達にはまだ早かったんだよ。今回は、申し訳ないけれど、他のみんなに任せよう?」

 ミルがそっと横にしゃがんでそう言ってくれた。

 しかし、視界の上の方では、さっきよりも前線が街に迫っているのが見えてしまう。

 「今のボクらが行ったところで、無駄死にするだけです。ボクならまだしも、ノゾムには死んでほしくありません。」

 ザードがオレの頭を撫でながら言った。

 「ハハハ、こんなザマ、レッジのジィさんが見たらなんていうかな・・・。」

 すると次の瞬間、背後からドスン、ドスンと巨大な足音のようなものが聞こえてきた。

 反射的に振り返ると、インクレムが木々を薙ぎ倒しながらこちらに迫っていた。

 一瞬、初めの襲撃地点の方を見るも、まだまだ前線は街に到達しそうにない。

 「そ、そんな・・・。同時に二箇所から来るだなんて・・・。そんなの、過去の記録にすらなかったはずです・・・。」

 ザードが後退りながら言った。

 インクレムはジリジリと距離を詰めてくる。

 その体表に毛は見当たらず、ブニブニとした表皮はとてもこの世界の生き物とは思えなかった。

 足には鋭い爪が備わっていて、地面には鋭利な跡を残している。

 「危ない!」

 後ろの斜面に足を滑らせたザードを、ミルが支えた。

 インクレムは顔と思われる部分を伸縮させて、周囲を見渡すような仕草をとる。

 それには目がなかった。しかし、どうしてか確実にこちらへ近づいてくる。

 蕾のようにすぼんでいた口を、ブシュー、という音と共に開閉し始めた。

 オレ達はただ震えているだけで、あっという間に追い詰められてしまった。

 甲高い音と共に、それは口を大きく開いた。

 まん丸な口内は針のような歯がびっしりだった。

 「ノゾム、ボクにはアレを倒す術なんてありません。もうやるしかないです!失敗しても、ボクはあなたを恨みません!」

 「そうよ、ノゾム!どうせ死ぬくらいなら、思い切りやっちゃいなさい!」

 ザードとミルの声が、オレの背中を強く押した。

 あの時のレッジも、あの一瞬、こんな気持ちだったんだろうか。

 目の前の奇妙な生き物は、まるでオレ達を嘲笑うように、身体をクネクネさせて鳴き声をあげている。

 オレは魔力粒子を回し始めた。

 頭の中が驚くほどに透き通っている。むしろ、何も考えていないかもしれない。

 インクレムは気味の悪い踊りに飽きたのか、口からうっすら黒い液体を垂らしながらこちらに近づいてきた。

 後ろから、二人分の荒い呼吸が聞こえてくる。

 インクレムの足音が、心臓を早める。

 刹那、インクレムは口を大きく広げ、俺たちを丸呑みせんと身体を伸ばしてきた。

 「ここだ!」

 オレはそのおぞましい口の中に、魔法粒子を投げ込んだ。

・インクレム

春の終わりから秋の始まりにかけて、街を襲う生物の総称。例年、国中の戦える者全員で対処に当たっているも、その犠牲者数が一桁で済んだことはない。

サルトイが王になってからはその被害は大きく減りはしたものの、0であったことはない。

インクレムの発生源を探る調査が過去に何度か行われているが、街の周囲を漂う魔法粒子の紫雲に阻まれてしまい、その発生源はいまだに見つかっていない。

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