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続・由緒正しき軽装歩兵  作者: 黒笠


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36 ビーズリー家の拡がり

 フェルテア公国との国境にて、遠くの山の頂付近には雪が溶けずに残っている。数千年も前から残っているものすらある、ということが、ラッド・スタックハウスには信じられなかった。

(今の身分も、信じられないっちゃ信じられないが)

 薄くラッドは笑みを浮かべてしまう。

 自身の軍歴はアスロック王国でシェルダン・ビーズリーの同僚、軽装歩兵として始まり、ドレシア帝国への亡命を経て、今では精鋭第1ファルマー軍団の軽装歩兵連隊の大隊長、つまりはシェルダンの副官をしている。

(相変わらず凄い馬鹿力だ)

 今は眼前の斜面でブラックランナーという漆黒の二足走行をする怪鳥数羽と、同色の鎧を装備した小男とが戦闘になっている。

(あいつも化け物だよな)

 もう一人の大隊長にして副官のデレクだ。つまりは自分の、西方の都市ルベントにいた頃からの同僚である。

 棒付き棘付き鉄球を振り回し、半ケルド(約2メートル)は体高のあるブラックランナーを粉砕していく。

 よく見ていると相手の急所を的確に叩いているのだと分かる。デレクもラッドも、一通り鳥型魔物の殲滅方法をシェルダンから叩き込まれたのだった。ただ力任せなだけではない。

「あれがシェルダンの腹心デレクか」

 灰色の髪に精悍な顔立ちをした男が呟く。額には斜めに古い傷跡が残っていた。隣にも似た顔立ちの男がもう一人いる。

 実は3人で眺めていたのであった。

 武闘派のデレクに対して、自分が細かい差配をシェルダン不在時にはしなくてはならない。

「すんごい馬鹿力だが、頭の中も空っぽなんだぜ、クドル」

 肩をすくめてラッドは感心していた傷跡のある男に告げる。

「シェルダンの下じゃ、そうもいかないだろ」

 もう一人の男がにやりと皮肉な笑みとともに告げる。こちらのほうが最初のクドルよりも少しだけ背が低い。

 2人とも黒衣で隠しているが、下はフェルテア公国の軍服を身に着けている。白地に申し訳程度の黒い縁取りが施されたものだ。

(嫌だな)

 ラッドはどうしても白い軍服を見るとアスロック王国の最後を連想してしまうのだった。

「それがデレクの奴だけは馬鹿過ぎて馬鹿であることを許されている」

 思いを振り切るべく、ラッドはデレクを謗るのだった。

 実際のところデレクが愚かだったのは過去のことだ。かつてルベントで分隊長をしていたシェルダンの副官だった、ハンターから薫陶を受けて以降、少しずつ改善して、シェルダン昇進の度、自身も勉強してついていこうとしていた。

 自分も付き合わされていたところ、シェルダンに引っ張り上げれて今に至る。

(ま、そんなわけであんまり馬鹿馬鹿言うと、さすがに殴られかねん)

 ラッドは苦笑するのだった。

「それもそれですごいな」

 だが、事情を知らないクドルとケドルが声を揃えて感心する。シェルダンが愚かさを許すほどの腕前、というのは知っている人間にはちょっとした名刺代わりとなるのだった。

 クドル・ウォレスとケドル・ウォレス。ビーズリー家の親戚筋の有力者ウォレス兄弟である。ともに軽装歩兵であり、シェルダンとも親しく、重要な戦いでは助力してくれた。

「それより、2人とも首尾はどうだ?」

 ラッドは2人を交互に見て尋ねる。シェルダンがいたならするであろう話を自分が代わりに詰めなくてはならない。

「いつもどおりさ」

 兄の方であるクドルが答える。

「と言いたいところだが、もう少し時間が欲しいのが実際さ。フェルテアの連中はもともとが大人しい」

 肩をすくめて弟のケドルが訂正した。

「しかし、やっぱりシェルダンは怖いな。よくもこうもいろいろ見据えて手を打てるもんだ」

 兄のクドルが呆れて言うのだった。

 2人ともアスロック王国滅亡後、せっかくなので、と大多数の親戚筋とは異なり、あえてフェルテア大公国にまで移って、その軍に入ったのだ。皆の配置を見て、そうすると決めたらしい。

(だが、現に役立ちそうだから、2人とも、先見の明がある)

 ラッドはアスロック王国時代も同じく、すんなりフェルテア大公国軍でも軽装歩兵の中隊長にまで昇進した2人を見て思う。

「未来の一国の元首をどうかしようなんてな」

 事もなげにクドルが言い放つ。

 ケドルが肘でその放言をたしなめる。

「自分等でやるんじゃない。相手が愚かすぎるから自滅に背中を押してやろうってんだろ」

 ラッドは苦笑して告げる。ただ天秤に少し触れるだけのことだ。

「俺達もあいつも、愚か者が人の上に立っているとどうなるか、身に沁みてよく分かってるんだから」

 さらにラッドは言い足すのだった。

 未だに無様なただの石壁となっていたアスロック王国の王都アズルの城壁、そしてその崩壊が目に焼きついている。

「まぁな。いっそ、俺達はあのとき、エヴァンズ殿下をやっちまうべきだったのかもしれねぇ」

 クドルが笑って言う。

「ハイネルとワイルダーを倒してか?俺等にはどだい、無理だったよ」

 カラカラと笑ってケドルも応じた。

 2人にはフェルテア大公国にいる他のビーズリー家の親戚筋や自分の部下たちを上手く使い、ちょっとした裏工作を依頼している。

 具体的なところは細々しすぎていて、ラッドには荷が重いのだが。

「とりあえず、あのミュデスって男は放置できないし、あれがいる限り、こっち側からは手出しも助力も出来ないから排除したいんだとさ」

 ラッドは底冷えする思いとともに告げる。

 アンス侯爵という同種のたちの悪い男と組んだことで、ただ昇進するだけではなく、凄みも増したのがシェルダンという男だった。

(あいつが許さないと決めたものは、結局、最古の魔塔ですら消し去られている)

 自分で直接手を下したわけではない。今回も同様だろう。

「さほど難しくはないさ。結局、今回の大本はあの人だし、フェルテア大公国でも相当な顰蹙を買っているよ。あの人は」

 クドルが楽観的に言う。やはりたしなめているのは慎重な弟のケドルだ。

 それから3人で細かい想定と打ち合わせをし、更にはシェルダンからの覚書を頭に叩き込んでから、燃やして灰にした。

 夜半、ウォレス兄弟が陣営を後にする。2人が自軍に戻ってからシェルダンの謀略が始まるのだ。

 翌日、ラッドは国境付近を警戒する部下たちを高台からぼんやりと眺める。

「今日は静かだな」

 デレクが登ってきて告げる。いつもどおりの甲冑姿だが、兜だけは外していた。

「静かな方が良いだろ」 

 物足りなさそうな同僚にラッドは告げる。ウォレス兄弟との謀略については話せない。あくまで一族のことなのだ。

「隊長なら、そう言いそうだ」

 自分たちを見上げて、下を通る兵士が敬礼をした。

 デレクが軽く手を振り返して告げる。

 昔ほどには無茶な筋力強化訓練を施さなくなっており、部下たちからは、むしろ自分よりも好かれているのがデレクだった。

 シェルダンと同じく、なんとなくで恐れられている自分とは違う。もともと、あれさえなければ気の良い男なのだ。

「奥さんとはどうなんだ?」

 おもむろに話題を変えるのもデレクの話し方だった。

「出征ばかりだから寂しがってるんじゃねぇか?」

 更にデレクが質問を重ねる。

 相手によっては完全に余計なお世話なのだが、デレクではそうもならない。人柄ということではなく、妻のコレット・ナイアンとの出会いをもたらしてくれたのがデレクだからだ。

「コレットは本人の方が忙しいからな。むしろ、寂しがっているのは俺の方さ」

 笑ってラッドは告げる。未だに結婚してもなお、商人としての仕事をコレットが続けているのだった。

 出世した今、自分の稼ぎに不満があるのではなく、単に仕事が好きで続けているらしい。

「美人だからな。俺もそのうち、会いたいもんさ」

 デレクが大真面目に頷いて言う。

「また、見惚れちまうだけだろ、お前は」

 ラッドはカラカラと笑って混ぜっ返してやった。

 もっとも、自分だってコレット・ナイアンの笑顔には見惚れてしまう。どこかはにかむような笑顔で可愛らしいのだ。

「だが今は、東へ糸の買い付けに出ているから留守だよ」

 自分のことを棚上げにしたままラッドは告げる。時折、手紙がこの陣営にも届くのだ。

 領地も少ないながら、ラッドは手にしていた。綿花なども穫れるので、妻を喜ばせることとなったので、実はラッドはシェルダンに感謝している。それだけは自分も引っ張り上げられて良かったと思えることだった。

「カティアさんとは違った意味で、また、お前の奥方もしっかりしてるもんな」

 独身男が他人の妻について誇らしげに言うのだった。

(あれはシェルダンがすげぇ)

 夫がシェルダンであり、妻がカティアでなければ成立しない結婚生活だとラッドは勝手に思っている。

「あぁ、俺は幸せ者だよ」

 心の底から思い、ラッドは告げるのであった。

 


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― 新着の感想 ―
ラッドはまたシェルダンの結婚生活にもその中で妻であるカティアの事を感心してますねえ! 確かにあのシェルダンの妻はきっとカティア様でなければならない事でしょう! そしてラッドもまたコレットをなんとかして…
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