35 直訴
友人を陥れて困らせるような格好となったことには、さすがのリオルも良心が咎めた。
(まぁ、シェルダンは私を友人と思っていないからいいか)
すぐに自分を納得させられてしまった。日頃の関係性というのは大事なのだ。
「お願いしますっ!私に神聖魔術を教えてくださいっ」
直接、聖女クラリスに懇願されて、シェルダンがものすごく嫌な顔をしている。
更には強烈な殺気が漂ってきた。罠に嵌めた自分に向けられたものだ。さすがの自分も後が怖くなってきた。
皇都グルーンに滞在中、皇帝シオンやクリフォードに最低限の挨拶をした後、念願の、聖女クラリスへの面会をしようとしたのである。首尾よく会えた上に、シェルダンの知り合いと分かるや、護衛と2人がかりで会えるよう計らってほしいと懇願された。
「出来ないのですよ。誰に何を言われたのか。私も存じませんがね。いい迷惑です」
うんざりした顔でシェルダンが言う。全く動揺も見せない。ただただ嫌がっている人間の顔だ。
(本当は出来るのだろうな。この男は何が出来ても不思議じゃない)
シェルダンを知る誰しもが思うことを、リオルも思うのだった。こと知識の広さという面では、敵うものはいないだろう。
北へ戻るということで、一緒に馬車を手配したと言って呼び出したのである。複雑なことをすると警戒されてバレる。あとは馬車の中に聖女クラリスと護衛のシャットンとを隠しておいただけだ。自分が頼まれたのは会わせるところまでである。
「嘘ですっ、皇帝陛下もセニア様も、あなたなら出来るって仰りました!」
クラリスが半ば泣き叫ぶように言う。可哀相にクラリスには何故とぼけられているのかが、まるで分からないはずだ。
(シェルダンっていうのは、こういう人間さ)
リオルなどシェルダンを知っている人間には分かりきっていた。それでも会わせたのは、自分がクラリスの前でいい格好をしたかったからだ。
シェルダンには下心がバレているだろうが、今更、不興を買っても今までの扱いと大差ない。だが、口添えしても意味が無いということでもあった。
「セニア様とは会っておりませんので、何を言われたか分かりませんが。皇帝陛下には、既に出来ない旨を申し上げておりますよ」
そっけなくシェルダンが言うのだった。
何か交渉をして、条件を引き出そうというのでもないから、たちが悪い。本当にただ嫌がっているだけなのだ。
「では、陛下が嘘をついたとでも?」
シャットンという護衛が見かねて口を挟んだ。灰色の髪をしているから、シェルダンと同じくアスロック王国出身者だと分かる。
「具体的に、陛下はなんと仰っていたのです?」
うんざりとした表情を隠そうともせずにシェルダンが問う。
「陛下からは、指導出来る方を手配して頂けると」
クラリスが思い出しつつ告げる。
「それが私だとは、陛下は仰っていないのではありませんか?」
答えなど読み切った上でシェルダンが更に追及する。本当に性格が意地悪いのだった。
「でも、セニア様は」
クラリスが尚も言い募る。
「あの人の早とちりに、周囲がどれだけ振り回されてきたのか。聖女殿はご存じないから鵜呑みにできるのですな」
皮肉たっぷりにシェルダンが返す。だが、本当に腹は立つようで、右のこめかみ辺りがヒクヒクと痙攣している。
「そんなっ、じゃぁ、本当に」
クラリスが愕然として告げる。恥じらいの気配すら漂わせた。シェルダンの言うことを信じてしまい、流れとしては自分がシェルダンにとんだ迷惑をかけたようだ、と思い始めているのだ。
(素直なお人柄というのも損なものだ)
はたからみていて、リオルは思うのだった。
相手がシェルダンである。騙されるのも仕方なくて、個人としてはむしろ好感が増すばかりだ。
「ええ、私ではありませんよ。出来ません。広大なドレシア帝国にどれだけの人材がひしめいていることか。失礼ながら聖女様はご存知ですか?」
シェルダンが余裕を見せて尋ねる。
他国人のクラリスに答えられるわけもなかった。シャットンも困り顔だ。
(実際のところ、シオン陛下が手配しているのはシェルダンだろう。わざわざ前線から呼び戻しているのだから)
リオルは思うも、やはり口を挟めなかった。
余計なことを言って、シェルダンに警戒される方が長い目で見るとまずい。論拠としては脆弱だ。
それに当のシオンも白を切られているのだから。
「分かりません。すいません」
消え入りそうな声で、素直でもあり美しくもある少女が謝罪する。
クラリスも必死なのだ。しかも自身のためではない。責められることではない、とリオルは思うのだった。
(シェルダンは自分の技術や知識を使ったり外に出したりすることに、えらい慎重だからな)
リオルもガラル地方の魔塔を攻略する戦いからシェルダンを気にはかけていた。良い若手がいるからよく見ておけ、とアンス侯爵にそれとなく言われていたのだ。
(あの、アンス侯爵だもんな)
自分など対等に口では渡り合えない相手であり、叱責されることしかなかった。それでも、当時はシェルダンをこれほど、とは思わなかったのだが。
「しかし」
未だ、シャットンのほうが怪しんでいるのだった。
(いや、怪しんでいる、というより、もしシェルダンに欺かれているとしたら、ということか)
ここであえなく、神聖魔術の指導を出来る人物に逃げられることとなる。シャットンがシェルダンを放免したくない理由はそれだろう。
シェルダンが胡乱な眼差しでシャットンを睨みつける。
特に何も言わない。ただ、睨んだだけだ。
(何の論拠もないなら、黙っておけ、と)
リオルは苦笑いだ。
シャットンもこれ以上、何も言えなくなった。
(特に恋人同士、という雰囲気でもないようだが)
むしろ、リオルとしては気になるのはシェルダン説得の成否ではなく、クラリスとシャットンの関係性の方だった。
あくまで護衛の剣士と儚げな聖女、という印象だ。甘い雰囲気も何もない。仲は良いようだが、兄妹に近い気がする。お互いに恋愛という気持ちには向かないのだろう。
(だったら、私が入っていく余地はありそうだな)
リオルは密かにほくそ笑むのだった。
本当はシェルダンに口添えしてもっと恩を売りたいのである。食事ぐらいは2人で取れるのではないか。だが、今、自分が割って入っても痛烈な皮肉を返されるだけだろう。
(いっそ、アンス侯爵にでも相談しようかな)
結局、上手くシェルダンの力を活用出来てきたのは、ドレシア帝国にはアンス侯爵しかいないのである。
シェルダンに嫌な顔をされている、というのはそれだけ協力を勝ち取ってきた証なのだ。
「では、お二人共、お帰りください」
シェルダンが最後通告をし、項垂れるクラリスとシャットンを見事に追い返してみせた。
「指導役が見つかること、北の戦線から心より祈念いたします」
さらに冷たい言葉を投げつける徹底ぶりだ。よほどクラリスからの懇願が忌々しかったらしい。
そして、仏頂面を自分に向けた。
「なにか、おっしゃりたいことはありますか?嫌がらせを為した謝罪以外にも、ですが」
シェルダンが淡々と問うてくる。しかも謝罪をするのはシェルダンの中では確定なのだった。
「別に減るものではなし。教えてやればいいじゃないか」
笑ってリオルは告げる。
やはりシェルダンが呆れ顔だ。話を聞いていたのか、と言わんばかりである。
「当然、出来れば致しますよ。存じていればね」
とぼけてシェルダンが言う。
「もっとも、存じていても、こんな面倒事に巻き込まれるくらいなら、知らぬふりを致すかもしれませんがね」
現にしている知らぬふりを、するかもしれないこととして、シェルダンが白々しく告げるのだった。
(もうしばらくは、私は皇都にいることになりそうだな)
馬車に乗り込んで当然のように北へ帰ろうとするシェルダンを見て、リオルは思うのであった。




