34 辺境伯との遭遇
シェルダン・ビーズリーに会わなくてはならない。
だが、居候の身では相手の居場所を探る術もなくて、聖女クラリスは途方に暮れていた。どういうわけだか、皇帝シオンも聖騎士セニアも誰も、その在所を知らないと言って教えてくれないのである。
権力者達が知らないわけは無いと思うのだが。
「いろいろ見て回れるのは、良い経験なのかもしれないけど」
結局、自分の足でシャットンともに歩いて探そうと決めて、クラリスは皇都グルーンを探索していた。だが見つからず歩き疲れて、あてがわれた客室に帰ってきている。
「ごめんなさい。シャットンさん。付き合わせてしまって。でも、ありがとうでもあって」
クラリスは客室の入口に立つシャットンに礼を述べる。
護衛のシャットンが文句も言わずについてきてくれるから出来たことだ。
「私も久しぶりの良い歩行になりましたよ」
苦笑いしてシャットンが応じる。歩きながらシャットンとも多く言葉を交わすことが出来た。
「せっかくなのだから、平時に近いときなら楽しめたのだけど」
クラリスはこぼすのだった。
ドレシア帝国の皇都グルーン、フェルテア大公国の規模では考えられないほどの大都市だ。この中でたった一人の人物を探そうなどと、理性では無茶だと分かる。
「そうですね」
生真面目な顔でシャットンが頷く。相変わらずあまり笑わない。旧アスロック王国出身者は国が滅んだ禊で笑わないようにでもしているのだろうか。そう思いたくなるほどのシャットンであり、シェルダンという人も怖い雰囲気だった気がする。
クラリスとしては、もっとシャットンの笑顔が見たいのだった。
「その平時を早く取り戻そうと、自らを高めようという決意はご立派ですよ」
また、シャットンが他人行儀のようなことを言う。
間違ってはいないが自分まで堅物にされてしまった気がする。ミュデス公子のもとを逃れてからずっと一緒にいるのだ。もっと親しみも見せてほしい。
「私、まだ何も成し遂げられてません。シェルダン殿に会えてないのだから、始められてすらいないのだわ」
クラリスは窓の外を見やって告げる。こうしている間にも魔塔からは魔物が溢れているのだ。
(それなのに、私は何が出来るかすら、分からないところで立ち止まってる)
シャットンへの思いとは裏腹に考えると自分も焦るのだった。
「バーンズ殿が北へ出陣してしまったというのが痛いですね」
シャットンがバーンズへの親しみを滲ませて告げる。
なにか通じ合うものがあったらしい。シェルダン直属の部下でもあり、自分たちとも何かと縁のあった男だ。シェルダンへの取り次ぎを頼むことも出来たかもしれない。
「そうですね。確かにあの方なら」
クラリスも、よって頷くのだった。自分たちに対しても概ね親切だったように思う。
「しかし、今はいないので、別な人に頼むしかないでしょうね」
誰かに頼んでばかりではないか。クラリスはうんざりしてしまう。シャットン個人にではない。自分でも何をどうしたらいいのか、分からないから困るのだ。
(本当は、何も出来ることが私には無いのかも。ううん、馬鹿ね。出来る出来ないじゃない。するのよ)
自分でも弱気になりかけて、クラリスは自身を叱咤する。
物理的には自分は確かに弱い存在だ。戦う力など無いように思えていたが、他ならぬ大神官レンフィルが違うと太鼓判を押してくれたのだから。
「そう。このまま手をこまねいているうちに、フェルテア大公国が滅んでしまうなんて、そんなのはダメよ」
自分がもう、自由に入ることすら出来なくなった祖国だ。
(相手がどうのじゃない。私が守り、助けたいから力が欲しい。昔から本気で、平和を願って祈ってきた)
後ろ指をさされることなど何も無い。自分の人生は、至って単純だ。思ったことに対して、素直に行動し続けてきた。
かつて自分に笑顔を向けてくれた、フェルテア大公国の人々を守り助けたい。苦しむ姿を自分が見たくないのだから、突き詰めれば自分のためなのである。
「私は今、自分の守りたいものを守るために、他人を振り回している。そうしなくちゃいけないって、思ったからしてしまったことで。でも、シャットンさん、あなたから見て、私は最善を尽くせていますか?」
クラリスは改めてシャットンに尋ねる。
本当はもっと、いろいろな人にぶつけてみたい質問ではあった。
「少なくとも、セニア様に直談判したのも、大神官様のもとを訪れたのも正解ではなかったようですね」
肩をすくめてシャットンが告げる。
「間違えたから最善ではない、とも限りませんよ。少なくとも私の見てきた人々は間違えた上に、最悪の結末を迎えてしまいましたが。それでもそれは、人の価値を決めるものではないと思いたいです」
さらに加えられた、シャットンが言っていることも若干、的から外れている気がする。
何か心の微妙なところをついてしまったらしい。シャットンもシャットンで難しい人間なのだった。
「正解を見つけるまでは間違い続けるしかないかもしれませんね」
微笑みを意識して作って、クラリスは告げるのだった。
とにかく諦めるつもりはないのである。
「失礼します」
2人であぁでもこうでもない、とシェルダン探索の方針を話していたところ、ふと、ドアの外から知らない声が割り込んできた。
さらにノックの音も響く。
「お客様かしら?シェルダン様?」
来訪客の予定など、クラリスにはない。知らないだけかも知れず、シャットンを見る。黙ってシャットンが首を左右に振った。
「私はドレシア帝国軍第4ギブラス軍団の指揮官でリオル・トラッドと申します。トラッド辺境伯などとも呼ばれております。フェルテア大公国の聖女クラリス様はご滞在ですか?」
ドアを開ける前から、ドア越しにとても丁寧に挨拶されてしまった。
名前からして知らない人である。
どうしたものか。クラリスは苦慮してしまう。相手の来た用件もまるで見当がつかない。
「おられますが、失礼ながらどのようなご用件で?一度は刺客の皇城へ来たこともあり」
シャットンが代わりに大声で尋ねてくれた。
「表敬訪問だ。長く一国を聖なる祈りで守り続けてきた聖女様を一目みたくてね。当然の心情ではないか」
あまりに胡散臭い言葉が飛んできて、シャットンが顰め面で首を横に振る。
「要するにただの助平ですな」
吐き捨てるようにシャットンが言う。
確かに言うとおりなのだろう、とクラリスも思いはしたが。
「入ってください」
クラリスは声を発していた。第4ギブラス軍団と名乗っている。軍の有力者なのだ。そして、自分の探しているシェルダン・ビーズリーも軍人なのであった。
「クラリス様っ?」
シャットンが驚く。
「いざとなれば、本当に助平な殿方だとしても、シャットンさんが今ならいますから」
無礼者なら斬り捨ててもらえばいい。クラリスは苦笑いで告げる。
シャットンが渋々、扉を開く。
入ってきたのは、青い髪に純白の軍服姿をした貴公子である。弓使いなのか、背中から白塗りの弓と矢筒とが覗く。
「お初にお目にかかります」
ひざまずいて、リオルが頭を下げる。
「私はただの一般人です。辺境伯閣下にそのような」
逆に恐縮して、クラリスは立ち上がってしまう。
「いや、神々しい上に美しい。お近づきになれて、私は果報者です。そして、私は独身なのですよ」
とても露骨な言い寄りを見せた。本当に助平は助平なのだ。クラリスも内心はうんざりである。
「第4ギブラス軍団というのは北の守りと伺っております。まさにフェルテア大公国との国境を守っているとか。宜しいのですか?いま、まさに魔物の侵攻を食い止めているであろう軍団の指揮官がこんなところで、女性を口説こうなどと」
かなりの険しさを言葉に込めて、シャットンが指摘する。
「偏屈な友人の付き添いで、わざわざ来たのですよ」
まったく怯まず、あくまでリオルがクラリスに告げる。
「シェルダン・ビーズリーという男でね。まぁ、そろそろ北へ一緒に帰ろうかと思っているのですがね」
思わぬところでシェルダン・ビーズリーとつながりを持つ相手が登場し、クラリスはシャットンと顔を見合わせるのであった。




