322 エピローグ
フェルテア大公国の魔塔が崩れてから1か月が経った。
報告のために帰還したバーンズは、そのままドレシア帝国の皇都グルーンにて通常の業務に戻っている。当たり前のようにエレインともども散々、引き留められたのだが。
「で、結局、お前はどうするつもりなんだ?」
魔塔内部の情報を取りまとめ終えたシェルダンが尋ねる。ヒラヒラと手紙の束を振っていた。全てフェルテア大公国からのものだ。
「いずれ、フェルテアの方に移るのも、悪くないと思っています」
正直にバーンズは立ったまま答えた。
仲間たちともにフェルテアの魔塔を攻略したことは自信になっている。シェルダンやペイドランとはまた違った持ち味で、自分も貢献できたのではないかと思う。
「いずれ、か」
シェルダンが苦笑する。
つい先日、この上司が第1ファルマー軍団総指揮官への就任が発表されたばかりだ。爵位もまた上がるのだという。
本人が不満だらけであることは想像に難くない。
「えぇ、あっちでも良くしてもらいましたし、俺も力を尽くしてきましたから」
同じくバーンズも苦笑を返す。
何度も報告と話し合いのため訪れた、ゴシップ雑誌だらけの部屋だ。シェルダンのことをバーンズは自身の手本だと思っていた。
(それは、これからも変わらない。隊長のおかげで、俺は軍人として大きく成長出来たんだから)
恩返しをしていたいと思う半面、それはいつまでも下で面倒を見てもらうばかりではいけないとも思い始めていた。
部下でいるということは、庇護下にあるということでもある。自分という人間をもっと、外で試してみたい。
「フェルテアの連中には、随分と気に入られたようだが。その逆も然り、か」
シェルダンが苦い顔で言う。
「目が離せないんですよ、あの人たちは」
バーンズはそれに対して、心からの笑顔を見せてやった。
無茶をしそうなラミアに、頼りないクラリス、付き合いが下手なシャットンに、無骨なガズスらに欠点を見出しつつも、助け合ってきたのだ。シェルダンとはまた違った形で自分を必要としてくれる。
「お前がいなくなると、俺は大変になるな」
シェルダンがボヤく。
本人なりの最大の褒め言葉だ。
「隊長なら、幾らでも人を育てられるでしょう?俺ごときをここまでにしてくれました。デレクさんもラッドさんも、ペイドラン閣下も」
シェルダンに育てられた人物たちをバーンズは並べる。それこそ聖騎士セニアもそこに含まれるのではないか。
「俺は伸びそうな人間に少し、手助けしただけだ。お前らみたいなのが、そうホイホイ転がっているものか」
深々とシェルダンはため息をつく。
「隊長の家系は、1000年続いているんですよね」
バーンズはかねてから思っていたことを話そうと切り出した。
「ん?あぁ」
若干、虚を突かれたような顔をシェルダンがした。
「その歴史は血縁だけじゃなくて、俺みたいなのもまた、そうなんじゃないですか?」
技術や軍人としての立ち居振る舞い、考え方や哲学について、長年、薫陶を受けてきた。自分のような部下もまたシェルダンのビーズリー家には大切なのではないか、と。
「そんな気負うな。俺の家のことは、俺の家のことだ。お前まで何かを背負うことはない」
笑って言ってくれるのは、シェルダンの良いところだ。
バーンズは、バーンズの人生を歩めと遠回しに告げてくれている。
「ありがとうございます。俺、今、エレイン殿と正式に婚約して、無事、お互いの実家への挨拶も済ませました」
バーンズは併せて身上報告を行った。
「あの娘だけは、考え直せと俺は言いたい」
仏頂面でシェルダンが言う。もともと、エレインの天真爛漫さが苦手なのだ。シェルダンの方もエレインからは苦手視されている。
「それと、ガズス将軍と聖女クラリス様の婚約式に参列したいんですが。休暇と出国の許可をいただけますか?」
エレインへの苦言は無視してバーンズは打診する。
(まだ、落ち着かないけど。俺の階級を考えると)
昇進が決まった。小隊長と自分はなるのだが、ガズスやクラリスには見劣りする。
「お前らが行かないと外交問題になりかねん。仕方がないから行って来い。送り出してやらないと、俺が陛下に文句を言われるんだろうからな」
シェルダンがわざとらしい苦笑いで応じる。
魔塔攻略成功を機に、とうとうガズスが距離を縮めた。何度かのデートに会食を重ねてから、結婚を申し入れ、クラリスからの快諾を得たのだという。
「ありがとうございます」
バーンズは礼を言って、シェルダンの前を辞す。
そのまま軍営を出てから治療院へと向かう。エレインと会う約束をしているのだ。
辿り着くと門前でエレインが待っていた。
「バーンズさんっ!」
エレインが自分を見つけるや駆け寄ってくる。
「エレイン殿。シェルダン隊長から許可を得ました。2人の婚約式には参列出来そうです」
バーンズは恋人に、報告した。
2人での旅行も兼ねている。エレインの方も休暇の許可が下りないと意味がない。治療院院長ルフィナの了承が要る。
「良かった。私も大丈夫だったんですけど」
エレインが真面目くさった顔をする。許可を得られたなら手放しで喜ぶのがエレインだ。あまり見たことのない表情だった。
「どうしました?」
出来るだけ優しくバーンズは尋ねる。
「私、この数日、すんごく体調が悪くて」
そしてとんでもなく心配になる話から切り出してきた。
「今は大丈夫なんですか?」
当然、心配になって、バーンズは確認する。
「ええ」
事も無げにエレインが頷く。
「で、ミルラに診てもらったら、いるって言うんです」
唐突にエレインが告げた。どこに何がいるのか。分からないようで、すぐに察せられる話だ。
「なんですって?」
バーンズは理解が追いつくや訊き直す。
「だから、お腹に赤ちゃんがいるって言うんです」
エレインがより分かりやすく説明した。
最早、言葉も出てこない。
あまりの嬉しさにバーンズはエレインを思いっきり抱きしめてしまい、即座に反応して身を離し、顔を見合わせてエレインと笑い合うのであった。




