32 再会
バーンズは仕事休みの日、治療院の女子寮を訪れていた。敷地の外側、正門前の寮監詰め所の脇にてエレインを待つ。
(エレイン殿には、隠そうとかそういう気持ちはないのかな)
バーンズは堂々と初老の女性である寮監に来訪を告げた上で待っている。『下話はしておきますから』とのことであったが。
時折、治癒術士の女性や事務職員と思しき女性が通りすがり、自分を一瞥してから過ぎていく。
「お待たせしてすいませんっ!」
時間通りにエレインが寮から姿を見せ、パタパタと駆けてきた。膝丈の深緑色のスカートに白いレースのブラウス姿だ。清楚な自身の魅力をエレインが存分に活かしていて、バーンズは束の間、目を奪われてしまう。
「いえ、こちらこそ、先日は」
一拍遅れて挨拶をして、バーンズは頭を下げる。面白がっている様子の寮監など当然に無視だ。
近寄ってきたエレインがバーンズの袖の内側を覗き込むようにした。
「うふふ、今日は武器を持ってきてないんですね」
満足げにエレインが言う。
「えぇ、今日はエレイン殿との再会を楽しもうと思いましたから」
さすがに自分も同じ失敗はしない。バーンズも笑って頷くのだった。
寮監の女性が完全に面白がって見ている。
バーンズはさり気なく、そっとエレインの肩を押して歩き出す。
「ごめんなさい。私の方こそ、あのとき、デートを楽しんでくれてないのかなって、そんなことを考えちゃったから」
エレインが歩きながら言い、愛らしい顔を曇らせる。
無粋をして、気を使わせてしまったのだった。
(しかし、やはり表情豊かな人だな)
バーンズは改めて思うのだった。クルクルと目まぐるしく話し、笑い、怒るのだ。裏表がなくて良い。
「せっかくの1日を台無しにしてしまって、それでも今日はまた会おうと、ありがとうございます」
バーンズも思うまま告げられるのだった。
「こちらこそ、嫌われたのかもって、心配だったから。兄をだいぶこき使っちゃったけど、良かったです」
2人で歩きながら話す。
目的地はちゃんと決めてあった。自分の出征が近い。神聖教会への参拝と近くで食事をとる手はずだ。
広大な皇都グルーンの中には幾つかの教会があるのだが。そのうち、バーンズたちは中央教会を目指す。特に拘りはないがエレインの寮に近く、立派な造りをしているから、バーンズはそこに決めていた。
出陣前の神頼みというのは、軍人とその妻や恋人の定番でもある。
「お仕事の方はいかがですか?」
歩きつつバーンズは尋ねる。自分などは今、聖女クラリスから解放されて気楽な状態だった。訓練と町中の巡回ぐらいしかしていない。
「あっ、そうだった!」
エレインが答えずに大きな声を出す。手をパンッと胸の前で合わせている。
「バーンズさんっ、ルフィナ様にはもう2度とお手紙を預けちゃ駄目です。絶対にやめてください。ルフィナ様、ふざけてからかうから、全っ然、ダメなんですよ」
早速、エレインに怒られてしまう。いかにも、たおやかなルフィナが、他人の恋文をからかうなどとは思わなかった。
「す、すいません」
バーンズは素直に謝る。知らないところでエレインに迷惑をかけてしまったようだ。
(マキニスに頼ってばかりも良くないと思ったからなんだが)
シェルダンからも粗相が何かあって詫びるなら、相手の所属長を通してきちんと謝罪すべきだ、と教養されてきたのである。エレインの場合はルフィナだと思った。
「あまり、お兄さん頼みでもいけないと思ったのですが、今後はエレイン殿が許してくださるなら、直接、やり取りがしたくて」
言っている間に頬のあたりが上気してくる。バーンズ自身としては思い切ったことを口にしているのだった。
「本当に真面目な方ですね、もう。怒りづらいです」
エレインが頬を膨らませてみせてから、ニコリと笑う。
「でも、そんなふうに思ってくれてたのは、嬉しいです。次の約束とか、今日のうちに決めておいてやり取りしましょ。寮監さんだって、噂好きだから、あまり通したくないんです」
考えつつエレインが言う。
にこにこと穏やかな笑顔を浮かべている。
しばらく歩き人とすれ違ううちに、黄色いレンガ造りの建物が見えてきた。円錐形の細い屋根も視界に入ってきた。皇都グルーンの中央教会だ。
「1つだけ、すんごい気になってることはあって」
エレインがふと切り出した。前を向いたまま考える顔だ。
「なんです?」
バーンズは訊き返す。
「治療院でも話題なの。聖女クラリス様のこと。すごい綺麗だって、私、男の人たちからどんなだったか散々聞かれたの」
会うどころか引っ叩いたこともあるエレインである。聖女クラリスに関心のある人から見れば聞きたくもなるだろう。
「バーンズさんは、なんとも思ってないですよね?ほら、何度もお仕事で会ってて、聖山ランゲルまで行ってるし。どうなのかなって」
一生懸命に上目遣いでエレインが言う。
「フェルテアの聖女クラリス様は確かに美しい人でしたが」
バーンズはまじまじとエレインの顔を見つめる。今度は不安そうな顔なのだ。クリクリとした瞳の大きい可愛らしい女性である。19歳なのだから、聖女クラリスよりも歳上なのだが、なぜだか年下ぐらいに見えた。背も若干、低いのかもしれない。
自分の上司シェルダン・ビーズリーも美しい女聖騎士セニアと縁深かったようだが、お互い何もなかったようだ。
(難なら、未だにカティア様にぞっこんだもんな、あの人)
幾度も何時間も聞かされ続けてきた惚気話をバーンズは思い出す。人の魅力は外見の美しさだけではないし、自分にとってはさほど重いものではないように思う。
聖女クラリスには嫌われても気にもならないが、エレインにはどう思われているか、自分もかなり気になるのだった。
「俺は、エレイン殿のように可愛らしい方のほうが」
言いかけてバーンズは言葉に詰まる。
期せずして、告白まがいのことを早くも言いそうになっていた。もっとも、何事か考え込んでいたため、エレインが聞き逃したようだ。
「あ、私の方が何ですか?私、なんとか勝ってるとこないかって考えてて、ごめんなさい。聞き逃しちゃいました」
なんとも可愛らしいことを口走るエレインである。
思わずブッとバーンズは吹き出してしまう。
「あっ、なんで笑うんですか?今、変なこと言おうとしたんでしょう?」
エレインが立腹してしまった。悪口を聞き逃したとでも思ったのだろうか。会って二度目の、一度は粗相をした相手に悪口を言うわけがないというのに。
「いえ、キザなことを言いかけました。我ながら呆れてしまったんですよ」
バーンズは片手で口元を押さえ、もう片方の手で詰め寄ろうとエレインを制する。
「言っていいですよ。キザな言葉、大歓迎です」
一歩も退かずにエレインが言う。直立してバーンズの言葉を待ち構えている。
(そんな構えられて言えるわけないでしょう)
バーンズはおかしくてしょうがなかった。
「エレイン殿といると、本当に楽しいですよ」
心の底から嘘なく思っていることを、バーンズは先の代わりに告げた。
「あっ、全っ然、キザじゃない。絶対に本当は違うこと言ったでしょう」
エレインが納得せずに、再度、詰め寄ってきた。
バーンズは逃げるように歩きだして、教会へと向かう。
「待ってください」
エレインが小走りでついてくる。
歩いている間もエレインから追及され続けてしまうも、バーンズは決して白状しなかった。
綺麗な光沢の木製扉を押し開く。間の良いことに他の参拝客はいない。
正面奥に光をかたどった御神体が鎮座している。
「まず、祈りましょ。後でいっぱい質問攻めです」
エレインが質問攻め宣言とともに告げる。
「それはご容赦くださいね」
バーンズは苦笑いして言い、御神体の前でひざまずき、互いの無事を祈り合うのであった。




