31 旧交2
リュッグと別れたそのままの足で、シェルダンは皇都の街中を歩く。
既に日が傾きかけていたが、まだ会っておきたい相手はいる。
(あっちはラッドも置いてきたから、上手くやっているとは思うが)
今のままではフェルテア公国の魔塔に手出しの出来ない状況が続く。他国内に立っているというのが面倒くさい。
(そのための裏工作にも着手していたというのに、呼び戻されてしまった)
ただ魔物への対処のためだけに北上していたわけではないのだ。
時間をかけすぎると、またアンス侯爵にバレる恐れもあった。シェルダンは忙しいのである。
軍営近くの荘厳な屋敷に至った。白い壁にえんじ色の屋根、練兵場まで伴った庭園には切りそろえられた庭木が並ぶ。かつての自分なら不似合いなほどに豪奢だ。
(今も不似合いだがな)
シェルダンは思いつつ、正門横に建てられた守衛小屋に訪いを入れる。
当然、自分の屋敷ではない。慌てた様子で数人いた守衛の1人が屋敷へ駆けていく。
(忙しいだろうに、なぜこんなものを?)
貴人の考えは分からない。たとえ戦友でも。シェルダンは思いつつ正門内に立って待つ。
「ど、どうか、お掛けになってお待ち下さい」
なぜだかひどく恐縮して残った守衛が言うのである。
「シェルダンッ!よく来たなっ!」
どやどやと騒がしい気配とともに、帰宅後、間もないであろう巨漢の騎士団長ゴドヴァンが姿をあらわした。青を基調とした騎士服姿のままだ。左の肩からは『氷の大剣』の柄が覗いていた。
「お前ら、なんで立たせておいたっ!こいつはもう子爵なんだぞっ!」
ゴドヴァンが守衛たちを怒鳴りつけた。
「私が好きで立っていたのですよ。馴染まぬことは嫌ですから。意図を汲んでくれた方々を怒鳴らないでください」
シェルダンは苦笑いして告げる。
「そうか。なら、いい。皆、すまなかったな」
ゴドヴァンがすぐに申し訳無さそうに使用人に詫びる。使用人たちも苦笑いだ。こういうことがなければ良い雇い主なのだろう。
「お久しぶりです」
シェルダンは軽く頭を下げて告げる。
旧アスロック王国時代からの戦友にして、ルフィナを除いては唯一、最古の魔塔での先代聖騎士レナートとの思い出を共有出来る相手だ。
「来たわね」
同じく遅れて、ゴドヴァンの妻となったルフィナも姿を見せる。こちらは治療院の制服である白地に金縁のローブを纏っていた。そして、なぜだかニヤニヤと笑っている。
「おぅ、久しぶりだ!今日はどんどん飲むぞっ!」
ゴドヴァンが肩を乱暴にバンバンと叩いてくる。
普通に痛いので、シェルダンは顔をしかめてみせた。
「そうね、飲みましょ。面白い話をね、いくつか仕入れておいたのよ」
意味ありげに目配せしてルフィナが告げる。先程から何だというのだろうか。
(ルフィナ様の面白い話は大概、俺には面白くもなんともないんだがな)
思いつつ、3人で屋敷の居間へと向かった。
執事などがいて上着を受け取ろうとするが、当然、渡さない。腹には鎖鎌を巻いているのだ。
侍女と使用人とが多量の酒瓶を運び込んでくる。
「これを全部、飲み干そうというのですか?」
呆れてシェルダンは告げる。
逆に今度はシェルダンがゴドヴァンと目配せした。ルフィナに飲ませ過ぎるわけにはいかないのである。ルフィナには酔っ払うと服を脱ごうとする困った癖があるのだ。
「ま、ほどほどにな」
苦笑してゴドヴァンが言う。
「情けないわねぇ、2人とも」
酒豪のつもりのルフィナが言う。早くもグラスに並々と麦酒を注いでいた。やはり危険なのである。
「特にシェルダン。あなた、部下にどういう教育をしているのかしら?」
なぜだかまた、偉そうに胸を張ってルフィナが言う。
「おや、部下の誰かが治療院の方に粗相をしましたか?」
シェルダンは余裕たっぷりに訊き返すのだった。どうせ大したことではない。本当に大変な粗相があれば、それはつまり不祥事である。自分の耳に入らないわけがない。
(そもそも、うちの部下が治療院の治癒術士と絡む機会なんて、そうそうないからな)
シェルダンは部下の顔を次から次へと思い浮かべていた。
ゴドヴァンが時間差でにやにやと笑い始める。時間差で何か思い当たったらしい。すぐにはルフィナと同調出来ないのがいかにもゴドヴァンらしかった。
「お二人とも、まさか私の部下をご夫婦の間で笑い者にしていたのですか?」
若干、気を悪くしてシェルダンは問う。
「ごめんなさいね。でも、粗相は粗相よ。うちの子、かなり気を揉まされたみたいなんだから」
さらに思わせぶりにルフィナが言う。
(これは、ギリギリまで言わないつもりなのだな)
シェルダンはため息をつくのだった。どうやら詳細を明かさぬまま謝罪を勝ち取りたいらしい。
ゴドヴァンが変わらずニヤニヤしている。そして口を開いた。
「ほら、お前の部下でバーンズって奴、いるだろう?あのヘンテコな道具をいっぱい使う奴だよ」
ゴドヴァンがなぜだかバーンズのことに言及した。遠眼鏡も手甲鈎も、ゴドヴァンにかかれば、ただのヘンテコな道具なのである。
「ルベントにいた頃からの部下ですよ。バーンズが何か?」
一番、粗相をしなさそうな部下だ。デレクなどの方が余っ程、女性の治癒術士あたりに無礼を働きそうなのだが。
「ゴドヴァンさんっ!もうっ!なんで言っちゃうのよ!」
酔ったルフィナが愛しの夫を咎める。
ゴドヴァンの失言は大概迷惑だが、今回は珍しく、シェルダンとしては、とっとと話を進めたかったので有り難かったのだが。
「あっ、すまん」
ゴドヴァンが身を縮めて頭を掻く。結婚したらしたで、この二人の惚気けたやり取りはまどろっこしいのだった。
「して、バーンズはなにか?」
シェルダンはルフィナに向き直って先を促す。
「うちの期待の若手エレインとデートしてたのよ」
さぞ重大発表かのようにルフィナが告げる。
「はぁ」
あまりに大したことではないので、シェルダンは曖昧に声を発した。
バーンズも、もう21歳の立派な若者だ。別に若い年頃の女性とデートぐらいしても何らおかしくはない。身上報告がまだ来ていないのはいただけないが、北方遠征と重なったせいだろう。
(俺がカティア殿と出会ったのも21歳だからな)
シェルダンは我が身と重ねてしまう。
「もうっ、もっとこう何かないの?びっくりしました!みたいなのは」
じれったそうにルフィナが言う。むしろ、面白がってルフィナ辺りが恋路を邪魔しそうなので、シェルダンとしては引っ込んでいるべきだと思った。
「バーンズが女性と交際していても、なんらおかしいことはないでしょう」
シェルダンは呆れて告げる。
むしろ遅いぐらいかもしれない。自分の時はアスロック王国からの亡命をしていたから婚期が遅れたのだ。
「本当に驚かし甲斐がないわねぇ。『本当ですか?』・『お相手はどんな女性ですか』みたいなのもないの?」
部下の恋愛を酒の肴として楽しむほど、自分は悪趣味ではないのである。
(そんな野暮な詮索をするかよ)
シェルダンはただ苦笑いを返した。
「ルフィナ様の部下ならば、まず間違いのない女性でしょう」
バーンズが身持ちを崩すような相手でなければいい。
「ええ、エレインは可愛らしいし、腕の良い治癒術士よ。仕草なんかがちょっと子供っぽいけどね。歳の割に。可愛げだと思うように部下のバーンズ君に吹き込んでおいてちょうだい」
胸を張ったままルフィナが言う。結局、ルフィナ自らがバーンズの交際相手を暴露しているのであった。
「強要出来ることではないでしょう。まったく」
シェルダンはやはり苦笑いだ。ゴドヴァンが機嫌良さそうに酒を煽っている。
(エレイン、あの時の聖女を叩いた娘か)
確かに整った容姿に、芯の強そうな娘だった。聖女や聖騎士セニアの診察にも伴うぐらいだから、確かに期待を寄せている若手なのだろう。
「あのエレインがなぁ。一目惚れしてシェルダンの部下に言い寄るなんてな」
感慨深げにゴドヴァンが言う。
「女の子に、言い寄るなんて言い方は、やめてちょうだい!勇気を振り絞って、恥じらいながらも兄づてに思いを伝えてデートしたのよ!言い方を選んでちょうだいっ!」
ピシャリとルフィナが自身の価値観を主張する。なぜだか怒られたゴドヴァンのたくましい上腕をぺちぺちと叩く。
シェルダンも聞く限り、驚くほどの行動力なのだが。
「すまねぇ」
愛妻に叱られて、素直なゴドヴァンが悄気返ってしまう。悄気てばかりだがゴドヴァンにとって、この酒宴はちゃんと楽しいのだろうか。
「バーンズのことは、とりあえずいいでしょう。そんなことより私は、お二人とはもっと古い話をしたいのですよ」
シェルダンは自分なりに笑みを作って告げる。
顰め面よりも笑顔でしたい、目出度い話が自分たちの間にはあるのだ、
「そうね、母子ともにとっても良好。あの、頑健なセニアさんですからね」
すぐに察して、笑顔でルフィナが告げる。
「しかも、男の子だとさ。ルフィナの見立てじゃ」
ゴドヴァンがさらに加えて告げる。2人ともすぐに自分のしたい話を察してくれた。かねてから同じ思いだったのだろう。
「男児でも女児でも、どちらでもいいではありませんか。目出度いことに、変わりはないでしょう」
珍しく自分がゴドヴァンの失言をたしなめることとなった。
「そうよ、シェルダンの言う通り」
ルフィナも腕組みして頷いている。既にかなり酔っ払っているのだった。
自分たち3人にとって、セニアの懐妊というのは特別な意味を持つ。
聖騎士の系譜が引き継がれるということでもあり、セニアの子供というよりもレナートの孫という思いが強い。セニアを通じて、レナートの人生が報われたように感じられるのだ。
「レナート様のお孫様に」
シェルダンは告げて、改めて戦友2人とともに乾杯をするのであった。




