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第3話

 ◇


 そして、あっという間にレックスがアシュベリー子爵家の屋敷を訪れる日がやってきた。


 この日、屋敷は朝から慌ただしい。使用人たちは王子殿下が来るということから、あちこち磨きまわっている。


 合わせ、侍女たちはリネットを着飾るのに必死だ。朝からもみくちゃにされるのは、もう正直なところ勘弁願いたい。


「……アリエル、おかしく、ないわよね!?」

「えぇ、リネットお嬢様はとても素敵です」


 本日十二度目の質問に対し、アリエルは淡々と言葉を返してくる。


 今日のリネットの装いは、濃いめの桃色のドレスだ。これはリネットのお気に入りであり、レースがふんだんにあしらわれた可愛らしいデザインのものである。


 レックスの訪問に気分が落ち込んでいるということもあり、せめて装いだけはお気に入りのものにしようというリネットの算段だ。


「うぅ、どうして、こんなにも……」


 一人悶々とするリネットを他所目に、アリエルがリネットの髪の毛を編み込んでいく。


 普段はふわりとした波打つ長い髪を、この日は編み込んで一つにまとめることになっていた。だからこそ、リネットは大人しく髪の毛を編み込まれる。


「そもそも、お姉様ならば王子殿下に見初められても当然だわ」

「……リネットお嬢様も、大層素敵ですよ」


 リネットの独り言に、しっかりとアリエルが言葉を返す。鏡に映るリネット自身は、確かに大層愛らしい。


 が、所詮は愛らしいレベルである。傾国の美女だとか、天使に称えられる美少女とか。そういうのとは程遠い。


「こんな平凡な女の、何処をレックス殿下は見初めたのかしら……?」


 少なくとも、自分が逆の立場だったらリネットのことは見初めない。人に囲まれれば、あっさりと隠れてしまうような地味な顔立ちの娘など、気に入る理由がない。……身分が高ければ別問題なのだろうが。


「はい、終わりましたよ」


 アリエルにそっと肩をたたかれて、リネットは顔を上げる。


 鏡に映るのは、所詮愛らしいレベルの女の子。……やっぱり、天使にも女神にも見えない。


「本日、レックス殿下は旦那様と奥様に挨拶をされた後、リネットお嬢様と二人でお話がしたいということでございましたよね?」

「え、えぇ、そうらしいわ」


 父に聞いた話によれば、レックスはリネットの父と母に挨拶をし、その後リネットと二人で話がしたいということらしい。


 それを見た父は、リネットの返答も聞かずにことを了承してしまった。……恨めしいと思うリネットの気持ちは、生憎誰にも届かない。


「では、どうせですしお茶を用意しましょうね。……料理人に言いつけておきます」

「えぇ、お願い」


 一緒にお茶を飲むなんて、恐れ多くて気絶してしまうかもしれないけれど。


 心の中でそう付け足し、リネットが立ち上がれば、見計らったように部屋の扉がノックされた。


「リネットお嬢様。レックス殿下がいらっしゃいました」


 この声は、この屋敷の執事のものだ。


 だからこそ、リネットは「えぇ、今行くわ」と返事をして、震える足を一歩前に踏み出した。


「……もうちょっと、しっかりと歩いてくださいませ」

「無理よ!」


 アリエルの小言に、リネットはかっとなってそう言葉を返す。


 出来れば、玄関が逃げてほしい。ついでに言うと、レックスに帰ってほしい。


 心の中ではそう思うものの、決して言葉にはしない。言葉にすれば不敬になるからだ。


(私はリネット。リネット・アシュベリー。レックス殿下に見初められるような女じゃ……ない)


 ドキドキする胸を押さえつつ、リネットはそう心の中で唱える。


 楽器の才も、歌の才も。何もかもがないリネットが、レックスに見初められるなんてありえない。


 この考えは少々卑屈かもしれないが、常々周囲には姉と比べられてきたのだ。こうなっても、仕方がないともいえる。


 しっかりと前を見据えて、リネットは背筋を正して歩く。


 生まれてこの方貴族をやっているため、リネットの歩き方は大層美しい。背筋はぴんとただし、しっかりと前を見て足を前に踏み出す。


(しっかりとしなさい。……今の私は、この家を背負っているといっても、過言じゃないのだから)


 ふぅと息を吐いて、リネットは玄関へと向かう。


 まっすぐの廊下を歩いて、階段を下りる。その後、またまっすぐな廊下を歩けば……遠目に、輝かしいばかりの美しい金色の髪の毛が見えた。


「……レックス、殿下」


 ボソッとそう呟くと、レックスがリネットの方をしっかりと見つめた。


 ……地獄耳か。


 心の中でそう思いつつ、リネットはふんわりと笑う。すると、レックスもリネットに笑みを向けてくれた。


 その笑みがあまりにも美しく、リネットが気絶しそうになったのは……ご愛嬌だ。

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