第1話
今回から第2章です(n*´ω`*n)
どうぞ、引き続きよろしくお願いいたします……!
あの波乱のパーティーから約二週間が経った。
あれ以来、リネットの元には絶えずレックスからの手紙が届いている。
その所為なのか、最近両親が頭を押さえていることが多い。それは、リネットが少々の申し訳なさを感じるほどだった。
「リネット、少し、いいかい?」
ある日の夕食の最中。一家だんらんの空気を醸し出す中、不意に父がリネットに声をかけてくる。その声は真剣なものであり、リネットは何となく嫌な予感がした。
……正直に言えば、逃げ出したい。拒否したい。
心の中でそう思うが、そんなこと出来るわけがない。というわけで、リネットは恐る恐るこくんと首を縦に振る。
「夕食が終わったら、僕の執務室に来てくれ。……いいかい?」
一応疑問形で尋ねられているが、父の声音には拒否は一切許さないという迫力がある。なので、リネットは震える声で了承の返事をした。
「まぁ、悪い話……じゃ、ないと思うよ」
その歯切れの悪さが、何となく恐ろしい。
そう思うからこそ、リネットは並べられた美味しい料理の数々の味が、一切わからなくなってしまった。
◇
「しかしまぁ、旦那様はどんなご用件なのでしょうね?」
「わからないわ。それに、わかっていたらこんなにもドキドキしないもの……!」
リネットは自身の後ろをついて歩く侍女の言葉にそう返事をしながら、胸元を押さえる。
そうすれば、リネットの専属侍女であるアリエル・サーグットは「さようでございますね」と言葉をくれた。何処となく呆れたような感情を含んでいるのは、気のせいではないだろう。
「もしかしたら、最近レックス殿下からリネットお嬢様宛にお手紙が届いていると言いますし、そのことかもしれませんね」
アリエルはなんてことない風にそういうが、リネットだってその可能性にはたどり着いていた。たどり着いたうえで、考えないようにしていたのだ。だって、恐ろしいから。
「わ、私は、何が何でもレックス殿下との婚約なんて嫌だわ……!」
自身の腕をさすりながら、リネットは震える声でそう言葉を発する。その様子を見たからなのか、アリエルは「ふぅ」と息を吐いていた。
大体の貴族令嬢は王子殿下に嫁ぐことに憧れる。だからこそ、リネットのような反応を示す娘の方が珍しいのだ。
特に、レックスは美貌の王子殿下である。あんなにも美しい人に一身に愛を告げられれば、頬を染めるのが普通だろう。
「リネットお嬢様。お言葉ですが、お喜びになりましょうよ」
アリエルが呆れたようにそう告げてくる。けれど、リネットからすれば喜ぶなんてとんでもない。自分は子爵令嬢である。王子に嫁ぐにはいささか身分が足りない。
「無理よ。私、子爵令嬢だもの! レックス殿下の元に嫁ぐなんて、絶対に無理だわ!」
「ですが、歴史上には子爵令嬢でも王家に嫁いだ例はありますわ」
「だけど! 今はそんなことないじゃない!」
「……そうですが」
例があるのだから、そこまで嫌がる必要はないとリネットでも思う。が、女の嫉妬は激しいのだ。高位貴族の娘など、リネットのことを嫌うだろう。そうなれば、どんな嫌がらせをされるか……。
「とにかく、私は何が何でもレックス殿下と婚約なんてしないわ!」
「……そのお気持ち、お手紙に綴られていますか?」
「えぇ、控えめにお断りしているわ」
レックスから送られてくる手紙は、世にいうラブレターのようなものだったりする。読んでいると頬が熱くなるような感覚になるその手紙を、リネットは真面目に読んでいた。そのうえで、返事を書くのだ。
「結婚したいと書かれていたから、私では不相応ですと書いておいたわ」
「……レックス殿下、それくらいであきらめるとお思いですか?」
「……それを言われると、辛いわ」
アリエルにはレックスのことを詳しく話してある。そのため、彼女はレックスの性格をよく知っていた。……彼女の言葉の方が、正しい。それくらい、リネットにもよくわかる。
「だけど、そんな強く断るなんてこと出来ないわ。だって、もしもそんなことをしてお家取りつぶしになってしまったら……!」
がくがくと震えるリネットを、アリエルが冷ややかな目で見つめているのがわかる。
リネットだって、これが度を越えた不安だとわかっているのだ。あのレックスが権力を振りかざすことはないだろうとも、分かっているのだ。だけど、こういう風に考えておかないと、裏切られたときに辛いと思ってしまう。
「あのですね、リネットお嬢様」
静かにアリエルがリネットのことを呼ぶ。が、タイミング悪くそれとほぼ同時に父の執務室の前にたどり着いてしまった。
そのためなのだろう。アリエルが口を閉ざした。それを見つめ、リネットは手を伸ばす。執務室の扉をノックして、父の返事を待つ。
「いいよ」
しばらくして、父のそんな声が聞こえてきた。穏やかな、おっとりとした声だ。それにほっと一息をついて安心するものの、まだまだ安心はできない。
自分自身にそう言い聞かせ、リネットは扉をゆっくりと開いた。