振り返れば、あいつがいた
彼は、すべてがそろっていない部室の鍵かけを眺めていた。
「みんな熱心なこった。」
今日は雨だというのに、多くの部活が練習をしていた。
もう雨は、上がり気味だったが、遅くまで熱心な生徒たち。
体育教師、若田部康太は、そんな三高の生徒たちに感心していた。
体育準備室、各運動部の部室の鍵を管理し、体育教師が普段仕事をおこなっている場所に、若田部は、独りだった。
若田部は、つい、にやりとしてしまった。
彼には、自負があったのだ。
この三高の生徒たちを指導しているのは、自分だという。
慢心していては、だめだ。
若田部は、自ら自分自身を戒めた。
きゅっと表情を作り直すと、どっと疲れが来たのか、椅子にふんぞり返ってしまった。
「まだもう少し練習か。」
彼はまた、すべてが揃っていない鍵かけを見つめた。
ふと、魔が差したのか。
若田部は、ふんぞり返っていた椅子から立ち上がった。
「ちょっと巡回でも行くか。」
そんな独り言が、自然と出た。
若田部は、体育準備室から出て校舎のほうへと向かった。
練習を終えた弓道部の女子生徒とすれ違った。
「・・・・・・・。」
若田部は、さようならと一人心の中でつぶやき、歩を進めた。
校舎の前には、放課後ということもあり生徒は誰もいなかった。
雨はすっかり上がり、地面は雨で濡れていた。
ぼんやりと若田部が校舎を見つめていると、少し強い風が吹いた。
若田部は、顔をしかめてしまったが、風がやむと顔を上げた。
すると、そこに誰だか人影が見えた。
若田部は、じっとそれが誰なのか見つめていた。
「・・・・・・へ」
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俺と千歳は、宮崎さんと向かい合い、誰もいない教室にいた。
沈黙を破ったのは、意外にも俺だった。
「宮崎さん、ちょっと待ってください。
俺と千歳にこの事件を解決してほしいとでもいってるんですか?」
宮崎さんは、少しほほ笑みながら、首を横に振った。
「そこまで追い詰めないでおくれ。四谷君。
なにも解決だなんて、そこまで言う気はないよ。
千歳君は先ほどの推理力があるし、何より四谷君には、
4年前の幼いながらの名探偵ぶりがあるじゃないか。」
宮崎さんは、何かを楽しんでいるかのようにそう言った。
「だがね、四谷君。僕はそういった君たちの才能を見越して、事件のなにか、そう、
解決への糸口やヒントのようなものを見つけることがあったら、教えてほしいだけなんだ。」
そう宮崎さんは言い終えて、満面の笑みを作って、
さあと、促しながら立ち上がった。
俺と千歳は、宮崎さんが急に立ち上がったので、つられて立ち上がってしまった。
(乗せられてしまった・・・・。)
俺の心の中で、そんな言葉が出た。
「なら、おもしろそうじゃない!ね!よつやくん!」
笑顔でうんうんと俺の横でうなずいていた千歳は、一緒に立ち上がって俺の背中をそういいながら叩いた。
「はあ、そうだな。」
俺は、ついに名実ともに腰を上げねばならなかった。
「宮崎さん、ほんとに少しだけですよ。」
「ああ。もちろんだよ。四谷君。千歳君。」
宮崎さんの笑みは、少し不気味だった。
そして、宮崎さんからこれから話を聞きに容疑者3名のところへいくので、
同行してほしいと俺たちに依頼があった。
宮崎さんの説明によると、俺たちは第一発見者ということもあり、
事件に関して何か気づくかもしれないということで、
同席していると初めに告げるので、そのまま一緒に話をきいてくれとのことだった。
宮崎さん曰く、何か気づいたことがあれば教えてほしいし、
何もなければそれでもいいという緩いスタンスで大丈夫とのことだった。
そして一番初めに、俺たちは若田部先生に話を聞きに行くことになった。
若田部先生は、二つ隣の教室で制服警官の聴取が終わったところだった。
「すいませんね。若田部先生。」
宮崎さんは、やさしい声で若田部先生に話しかけた。
「話ばかり聞いてしまって申し訳ありません。
ああ、彼らは第一発見者でして、少し参考のために同席を。」
若田部先生は、若干うつろだったが、一瞬怪訝そうな顔をした後、
納得したようにうなずいた。
これも宮崎さんの何とも言えない雰囲気のせいだろうか。
「ああ、かまいませんよ。
さっきも聞かれたような話になってしまうと思いますが。」
若田部先生は、ゆっくりそう口を開いた。
「ええ、繰り返しになってしまったら申し訳ない。」
宮崎さんは、そう断って話を始めた。
若田部先生は、事件当時、体育準備室に一人でいたそうだ。
そして、校内の巡回に向かった。
先生の証言通り、体育準備室を出たのを弓道部部員が目撃していた。
「すると、若田部先生。なぜ校内の巡回に?」
「ええ、生徒たちが部活をまだやっているので、私も仕事をしようと、
ふと思っただけですよ。」
「ふとですか。」
「ええ、今となってはそれがあだになったようですが。」
宮崎さんと若田部先生のやり取りにはどちらもまだ警戒心があった。
「先生、そのいいですか?」
俺は、勇気を振り絞って問いかけた。
「なんだい?」
「その、校内巡回に行かれたとおっしゃっていましたが、
そこで何か、見ませんでしたか?」
俺は、若田部先生の瞳の奥を見つめた。
先生は、生徒に弱いというか、誠実な先生だ。
「ああ・・・・・・。」
なにも。と続くのかと思った。
だが、先生は何かを思い出しているようだった。
「・・・・へ・・・・・ナ・・・・」
「・・・・・・いいや、なにも。」
若田部先生は、そのまま、教室の天井を見つめて黙ってしまった。
(へ・・・・ナ・・・)
俺は、心の中でそうつぶやいた。
千歳もそんな感じだった。
もういいだろうと判断したのだろう、
宮崎さんも席から立ちあがった。
三人で教室を出ると、千歳が俺に話しかけてきた。
「ねえ、よつやくん。若田部先生ってもったいないよね。
生徒に誠実なのに、自分で隠してるっていうか。
プライド高いのかな。
すごい嫌われちゃってるよ。生徒指導でこの前やりすぎたって。」
俺は、そんな評判初めて聞いたので、千歳に聞き返した。
「そんな話、あったか?」
「なにいってんの。この前、髪の色、地毛なのに女の子にしつこく迫ったって。
染めなおして来いって。それで、女の子泣いちゃって。」
「女いじめの若田部って言われてる。女子の敵だって。」
「それっていつの話だ?」
「うーんと、4月の終わりくらいかな。」
「そうか。今回の事件とは関係なさそうだな。」
ふと振り返ると、俺と千歳の何気ない会話の横で、
宮崎さんは、うっすらほほ笑んでいた。




