3.鉄壁堂々
ほぼ同時刻。
ウイングボーンの一角。
この街の大規模商会、オットー・モーリッツ商会を経営するオットー子爵の豪邸。
居間で2人の男が話をしている。
1人は家の主である、オットー子爵。
彼はいわゆる商人貴族。
大金を稼いで貴族に成り上がり、ウイングボーンでの地位を築いていた。
人柄も良く頭も回るので、事業を順調に拡大し、莫大な蓄財をなしている。
今住んでいる邸宅も極めて豪華。
それは貴族の中でも、この街で一目置かれる存在であることを示していた。
しかし、オットー・モーリッツ商会はこのところ、商売が円滑にいっていない。
ある筋から、様々な妨害行為を受けていたのだ。
悪質な妨害をしてくるのは、ならず者の集団。
金持ちのオットー子爵にたかってきていた。
貴族には貴族の身の守り方があるのだが、そこは成り上がり貴族の悲しさ。
裏の世界への対応が甘かった。
何度か小金を渡して手を打とうとしたが、そのたびに反故にされた。
とにかく始末に負えない相手で困っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
話しをしているもう一人は、客である大男。
年齢は30代後半。
黒い金属製の重装備で、全身を覆っている。
その上に羽織るのは、黒いマント。
ヘルムは付けてない。
顔付きは、極めて精悍だ。
しかしどことなく柔和な印象もあり、装備の重々しさを和らげていた。
オットー子爵は、知り合いの貴族を通して連絡を取り、この男を招いていた。
「支度金を用意しました。やつらに渡してしまって構いません。なんとか商売の邪魔をしないよう、王都に掛け合ってもらえませんか?」
「子爵、やつらに金を渡しちまうのはどうかな?」
「そりゃお金を渡さずに、話がつくのなら、それが一番ですが・・・・・」
「私が明日、飛鷹騎士団に出向いて話してみますよ」
「それは・・・・・むりですよ。もう何人も出向いてもらいましたが、皆ひどい目にあってます」
オットー子爵は困った顔をしながら、話を続ける。
「王都の騎士団から話をつけてらった方がいいと思うんですが・・・・・」
「んー、飛鷹騎士団は、王都騎士団とは交流は無いはずですよ」
「王都騎士団が、ヤツらの上位組織じゃないんですか?」
「いや、たぶん関係はないでしょう。私も飛鷹騎士団は名前しか知りませんでしたし。この街ならローゼンハイン伯爵の親衛騎士団が、王都騎士団と協力関係にあるんですよ」
「そうなんですか・・・・・」
オットー子爵の声は不安気。
それに対してもう一人の男の声は、どこかのんびりしている印象。
「まあ、だいじょうぶですよ。こういう時こそ私の様な人間の出番なわけでね。うまく話をつけられたら、渡す金を除いた差額を、こっちでもらってもいいですか?」
「もちろんです。今後、うちの商売に手を出さないと約束してもらえると、ありがたいです」
客の男は顎に手をやり、思案気。
オットー子爵の顔に目をやりながら、小声で尋ねる。
「いくら用意してあるんです?」
「2000万ルタです」
「それがやつらの要求額だったんですか?」
「はい、そうです」
「強欲なやつらだ」
自分のことは棚に上げ、男は笑いながら首を振る。
客の男は、『鉄壁堂々』のギルバート。
呼び名の通り堂々とした体格で、筋骨隆々の大男だ。
オットー子爵をタチの悪いのから助けてくれ、と知人に頼まれていた。
彼は最初、めんどくさいと思っていた。
それでも知人の顔をたてて、オットー子爵に会いに来た。
話を聞いてみると、金になりそうだったので、俄然助ける気になっていた。
「とにかく明日、私が飛鷹騎士団に行って話してみますね」
「はい・・・・・それでうまくいけばいいんですけど・・・・・」
オットー子爵はまだ釈然としない。
しかし藁をもすがる思いだったので、まかせることにした。
彼は、ダメならダメで別の手を考えればいいか、と冷静に判断。
さすがに成功者らしいしたたかさも、持ち合わせていた。
◇ ◇ ◇
旅の途中の若いエルフ。
夜の街を得意げに走り回る小悪党。
それを嘆く老いた父。
頼まれてならず者の相手をすることになった大男。
様々な者たちの思いが交錯し、長い夜は更けていく。
彼らの胸に去来するのは、嘆き、怒り、悲しみ、そして絶望・・・・・あるいは希望。
自分が何を求め、何を捨て去り、何を糧とするのか。
それを正確に知る者は、まだ誰もいない。
自らの存在を賭けて、唯一の現実を追い求めていく。
それだけが彼らの精一杯の、そして逃げることのできない戦いなのだろうか。