《氷柱の広間 その二》
ピチャッ
頭上のツララから落ちてきた水滴で、櫂は我に返る。
右手がほんのりと温かい。
「これは何ですかね。」
「何かの仕掛けかもな。」
叙里と蓮は積もった埃を手で払い、背もたれ上部の飾り細工を調べている。
さっきの大岩と違い綺麗な彫刻が施されており、色も微かにに残っている。
背もたれ周囲の壁面には五頭の龍がお互いに中央の細工を囲む形で彫られており、その細工中央に向かって突き出した龍の手には球が握られている。
龍の彫刻は壁面の岩を削って作られたものだが、その手にある球だけは色付きの水晶の様な石が埋め込まれている。
「確かに何かの仕掛けのようですね。」
叙里の好奇心がフル回転仕出したようだ。
壁や玉座の周りをいろいろ見まわし、チョンチョントつついたり、じっと見たり、自分の手を合わせてみたり。
「ん~これは古代の特殊な結界かもしれませんね。」
五色の龍に囲まれた玉座の背もたれには五芒星の飾り細工があり、その中央には特殊な石が半球状に飛び出すように埋め込まれている。
本当に楽しそうにキビキビと動く叙里。
「ダメよ、他に通路はないみたい。」
奏は広間の左側を調べている。
「こっちもないよ。」
団丸は右側を調べていたが、何も見つけられなかった。
「櫂殿、大丈夫ですか。」
姫が櫂に気が付いた。
「急に倒れたからビックリしたのよ。」
桃も傍らで話しかける。
「あっごめんね。疲れてたのかな。」
櫂はゆっくり起き上がり周囲を見回す。
姫と桃が側で見守ってくれていたようだ。
「かい~、生きてたんだね~」
「うわわっ」
団丸に抱き着かれれた拍子に櫂の右手から何かがこぼれ落ちた。
コロコロと石のような物が床に転がる。
「なにこれ。」
桃が拾い上げたのは鈍く輝く紫色の勾玉だった。
「返してよ!」
何故か櫂は強い口調になり、それを取り返した。
それは、さっきの夢で出てきた父に掛けてもらった勾玉の首飾りと同じものだった。
右手を握りしめると、またほんのりと温かくなってきた。
-あれは夢じゃなかったの-
-あれはお父さんなの-
-僕は何者なの-
-お母さんは-
-霧・・・
「みんな来てください。」
叙里の呼びかけが耳に入らず、櫂は握った右手をじっと見つめている。
「ここまでは灸忍長老の話通りですが、船への通路はどこにも見当たりません。」
「これは何かの仕掛けの様ですが、どのように解くのか分かりません。」
櫂以外の桜忍者五人と姫が玉座の前に集まると、叙里は静かに話し始めた。
「試したい方法があるにはあるのですが、それが正解なのか分かりません。」
「方法があるならやってみよう。」
団丸は無邪気に答えたが、叙里は真剣な顔で続ける。
「その方法で船へたどり着くのかも分からなければ、失敗して毒が噴き出す可能性もあります。」
「えっ、どっどくー。」
叙里は団丸を無視して更に続ける。
「試してみるか、引き返してもう一度船の手がかりを探すか、みんなで決めてください。」
「引き消しても、洞窟内にはもう手がかりはないわよ」
奏はイライラした様子で食って掛かる。
「じ、じゃゃ。ああ、ど洞窟、かっから出て、べっ別の船を探そうよぉぉ。」
団丸は縮こまって、声までブルブルと震えている。
「そんな時間はないわ。椛忍者が来る前に、その方法を試しましょう。」
松吉に任務の遂行を誓った桃は、覚悟を決めているようだ。
姫はみんなの意見に従うという意志を持った目で頷く。
皆の視線がまだ意見を述べていない蓮に集まるが、蓮は石の上で右手を見つめる櫂に視線を向ける。
その目線に気付いた叙里が、また話し始める。
「どうなるか分からないので、姫は櫂と一緒に少し下がっていてください。」
姫は頷き玉座から離れて櫂の元へ行くが、櫂は呆然と握った右手を見つめている。
「代りにオイラが姫の護衛をするよ。」
「ダメです。五種の属性が必要なのです。」
叙里に提案を却下され、悲しげにうつむく団丸。
「蓮いいですか。」
チラッと櫂を見るが何も反応しないので黙って頷く蓮。
「壁に描かれている五頭の龍は石を削った彫刻ですが、握っている球だけは特殊な石で出来ています。」
叙里は壁面の五頭の龍を指さしながら、その方法について話し始める。
「その石はちょうど五色で青赤黄白黒です。」
「陰陽五行論では、それぞれ木火土金水に分類されます。」
「桃は一番上の龍が握る青い石を掴んでください。」
「奏は右上の赤い石を、団丸は右下の黄色い石を、蓮は左上の黒い石を握ってください。」
「では同時にいきますよ。準備はいいですか。」
五人は顔を見合わせ、それぞれに決意の表情を見せる。
「ではいきます。せーの、ハイ。」
桃は玉座の肘掛に立ち、奏と蓮は背伸びをして、団丸と叙里は片膝をつき、掛け声に合わせてそれぞれの石を掴んだ。
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
し~んとした広間。
何も起こらないようだ。
「どうやら違ったようですね。」
がっかりする叙里
「櫂!」
「えっ。」
櫂は蓮の呼びかけで我に返ると、目前で心配そうにこちらを見ている姫に気付く。
そして玉座周囲で龍の球を掴んでいる五人、櫂はその中央で五芒星の中にある紫色の石に魅入られる。
「姫、ここに座ってて。」
そう言って姫を魔法石に座らせると、櫂は五人が待つ玉座に向かった。
「もう一度、もっとしっかり石を掴んでみよう。」
「え~またやるの~。」
「アンタ男でしょ、だまってやりなさい。」
団丸は泣きそうだが、蓮の提案とそれを後押しする奏の意気込みに、尻込みする。
櫂は玉座の前まで来ると、じっと背もたれ中央の半球状の石を見つめている。
「ではもう一度、いきますよ。せーのハイ。」
叙里の掛け声で、五人はこれでもかという位にしっかりと龍の球に手を合わせる。
蓮は左手で龍の球を掴みながら振り返り、玉座の前でたたずむ櫂に「分かっているだろ。」と言う表情で次の行動を促す。
その目に櫂は黙って頷き、五芒星中央にある半球状の石にそっと手を合わせた。
ポワァ~ンと六個の球は淡く光りだし、ガタガタと洞窟内は揺れはじめた。
その場にしゃがみ込み、何事かと辺りを伺う六人の額もそれぞれに淡く輝いている。
すると円柱状の石から垂直に光の束が天井に向かって伸びていく。
その光は揺らめきながら虹彩色に輝き、その上に腰かけていた姫を包み込んでいく。
六人はその揺れに足を取られながらも、光に包まれた姫に向かって走り出す。
桃が姫を捕まえようと手を伸ばした次の瞬間、
ドカ~ン!
大きな音とともに一際大きな縦揺れが七人を襲ってきた。




