《津島忍者の洞窟》
そこは灸忍長老が言った通りの場所だった
洞窟に入るとすぐにひんやりとした大きな空間が広がっている。
ここを埋め尽くしていたと言われる津島忍者の彫刻は無くなっているが、今までに入った洞窟と比べると明らかに空気感が違う。
ここのどこかに船への手掛かりと氷漬けの津島忍者が眠っているかもしれない。
敵の気配は感じないが念のため姫の護衛に桃を付け、手分けして奥の床下にあるという階段を探していると。
「おいお前たち、そこで何してる。」
聞き覚えのある声が洞窟の入り口の方から聞こえてきた。
し~んと静まり返る洞窟内にはその男の足音だけが木魂する。
忍者のくせにワザと足音を立てて嫌な奴だ。
蓮は昔からその男が嫌いだった。
「久しぶりだな、見習いども。」
あの憎らしい群暮が目の前にいる。
櫂、桃、団丸、叙里の脳裏には六波羅館でのあの裏切りが鮮明に蘇った。
「群暮~!」
六人の口からほとばしる怒りの語気は一緒だった。
櫂の体からは怒気が湯気のように立ち昇り、額の紋様が微かに光る。
「怒っちゃだめよ、怒っちゃだめよ。」
と突然、櫂の肩に木の精霊が姿を現した。
「笑いながら殺せる人以外は殺しちゃだめよ。」
耳元の精霊の囁きにも櫂の怒りは収まらない。
「ん~あの男はどっちだろう。難しいから友達に相談しよう。」
木の精霊は友達を呼びに行ったようだ。
群暮はにやけながら間合いを詰めてくる。
「ではどれだけ成長したか見てやろう。」
と口に笛を咥えて。
「ピ~~ピョロ~」
「龍笛だ。」
蓮と奏は緊張に身構える。
ザザ~っと一斉に仮面忍者の集団がどこからともなく現れた。
「一旦逃げろ。」
蓮の鬼気迫る声と様子に櫂達は外へ飛び出そうとするが、
ピ~~ピョロ~ピ~~ピョロロ~急に笛の音が変わり
「フギャ~・ウギャ~」
仮面忍者が奇声を発しながら次々と襲いかかってくる。
奏はあの山での一夜を思い返した。
みんなが寝静まった夜に蓮に誘い出されて、洞窟横の茂みで覚悟して目を閉じた。
すると蓮の息がフーッと耳にかかり体の力がフニャンと抜けて行く。
しかしその時に耳元で囁かれたのは残念ながらは愛の言葉ではなく、今日の為の戦術だった。
仮面忍者には遁術が一切効かない上に痛みも感じない。
唯一の手段は仮面を額から叩き切る事だが、仮面忍者は神隠しに遭った見習い修忍らしい。
きっとこれを櫂達に話すとあいつ等は殺さないように手加減して戦うだろう。
そんな甘い考えではあいつ等は倒せない。
方法は二つ、逃げるか額を叩き割るかだ。
蓮は櫂達四人に姫を護衛しながら隙を見て洞窟から逃げ出せともっともらしい指示を出した。
四人は初めて見る蓮の阿修羅のような氣勢に黙って従った。
「奏、五秒時間を作ってくれ。」
ジャキ~ン、カチーン。
ジョキ~ン、カチャ~ン。
奏は蓮の前に立ち、迫りくる仮面忍者を次々と弾き返す。
奥の方でも櫂、団丸、叙里が姫と桃の周りで仮面忍者を次々と弾き返している。
ノウマク・サマンダ・ボダナン・ラタンラタト・バラン・タン
ノウマク・サマンダ・ボダナン・ラタンラタト・バラン・タン
蓮は阿修羅刀を両手で持ち頭上にかざしている。
ノウマク・サマンダ・ボダナン・ラタンラタト・バラン・タン
ノウマク・サマンダ・ボダナン・ラタンラタト・バラン・タン
頭上の忍刀がピカーッと発光し二本に分かれていく。
その光は頭上から扇型の残光を残しすっぽりと両手に収まっていく。
「今よ逃げて。」
奏の大声に櫂達は一斉に洞窟の入り口目掛けて走り出す。
次の瞬間、ヒュルヒュルヒュルー突然洞窟内につむじ風が巻き起こる。
蓮は回転しながら二十体以上はいるであろう仮面忍者を一瞬で吹き飛ばす。
仮面忍者を殺すのはさすがに気が引ける。
弾き飛ばすだけで済むなら極力そうしたい。
蓮が成長したのか元々の仮面忍者の力がそれ程でも無かったのか。
この程度の相手なら殺さずとも逃げられるかもしれない。
確かに仮面で覚醒しているようだが、元は修忍見習い達だ、このまま殺さずに乗り切ろうと思っていると、
フギャギャギャ~!
一人だけ飛びぬけている仮面忍者がいた。
物凄い跳躍でまるで大鷲のように宙を舞いながら、次々と忍刀を繰り出してくる。
これはさすがに蓮も防ぎ続けるのは不可能だ。
覚悟を決めて次の攻防で額を叩き割ろうと阿修羅刀の回転力を一段上げた。
後ろでは櫂達が姫を守りながら洞窟の入り口目掛けて走っている。
時折、蓮の阿修羅刀を逃れた仮面忍者が襲ってくるが櫂、団丸、叙里がそれぞれに弾き返していく。
「木子ちゃん呼んだ。」
櫂の肩に火の精霊が現れた。
「来てくれてありがとう火子ちゃん。あっこの子達は殺しちゃダメよ。」
群暮は笑いながら殺せるか考え込んでいた木の精霊も目の前の仮面忍者に気付き。
「えっ、この子達を殺したら笑えない。この子はダメよ笑えない。」
理由はよく分からないが櫂の耳元では火と木の精霊が仮面忍者を殺すなと言っている。
今、櫂は姫と自分に向かってくる刀を弾き返すだけで逃げるのに精一杯だ。
「そうしてるよ。」
と櫂が精霊達に語りかけた時、
ブワッとつむじ風が急に強くなり
「きゃ~。」
姫は転んでしまった。
「お怪我は」
桃が駆け寄ると。
蓮の覚悟の一撃を摺り抜けた飛びぬけている仮面忍者が姫の頭上から襲いかかる。
「しまった!」
櫂、団丸、叙里は間に合いそうもない。
桃は瞬時に姫に覆いかぶさり振り返って頭上の仮面忍者を見据えた。
それはまるで大鷲のように優雅に舞いながら一気に急降下してくる。
その姿に桃は十歳の紗衣五村の対抗戦を思い出した。
そして仮面から覗く左目には、あの黒い痣が。
「まつきち!」
その言葉に仮面忍者の剣は桃の眉間でピタリと止まる。
仮面の奥から覗く幼い両目は何かと葛藤するように、ヒクヒクと虹彩が脈打っている。
「うっうっうっ、ホギャ~。」
仮面忍者はうめき声をあげ再度刀を振り上げた。




