《椛修忍の里 その三》
「肩を貸してくれ。」
幸軌は有慈の肩を借り、足を引きずりながら、異様な雰囲気の大きな館に入っていった。
一見すると大きめの忍者屋敷のようだが、その屋敷内部に充満する空気は異常なほどに重くて暗い。
一歩進むごとに巨大な蜘蛛の巣に迷い込んだかのように体に纏わりついてくる。
それでもお構いなしに幸軌は奥へ奥へと進んで行く。
「幸軌、ここにはいったい何があるんだ。」
「分からないが、きっと何かある。仮面忍者はここで作られているんだ。」
確信に満ちた幸軌の言葉に有慈は黙って頷いた。
細い通路を進んでいくと左右から微かに人の気配がする。
二人は目を合わせすると、右の襖をゆっくりと開けた。
そこは薄い膜のような結界で覆われており、中には椛忍者が魚の干物のように規則正しく並んでいる。
生きているのか寝ているのか分からないが、強烈な結界で中には入れない。
左の襖を開けてみると、同じく薄い膜のような強い結界で覆われている。
そこには椛忍者の子供たちに混じり、桜忍者の子供たちも綺麗に並べられている。
「有慈、下がってろ!」
幸軌は有慈の肩を振りほどき、一歩踏み出すと忍刀を両手で握り眼前に構えた。
ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン
幸軌は呪文を唱え忍刀に火砕の威術を纏わせる。
ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン
ボワッと忍刀が炎に包まれると
セイヤッ! 目の前の膜に向かって振り下ろす。
ガチ~ン! ドスッ
刀は折れて、破片が天井に突き刺さった。
ガクッと膝をつく幸軌。
「この結界は無理だ。先に進もう。」
有慈は幸軌の肩を掴み前方を指さす。
見据える館の奥からはじわじわと妖気が溢れ出し、細い通路をこちらまで流れ込んでいる。
「幸軌!」
掴んだ肩を揺すぶり、言い聞かせる有慈。
幸軌は唇を噛みしめながら、悔しさに体が震えている。
「ごめんな、後で必ず助けに来るからな。」
声が結界内に届かないことも分かっていたが、幸軌はそう言わざるおえなかった。
「行こう。」
有慈の肩を借り、ますます重くなる妖気を振りほどきながら奥へ奥へと進んでいく。
何とか一番奥の部屋まで辿り着いた幸軌がそこで見たのは異様な光景だった。
尾と手足が釘ざしになった黒龍には無数の仮面が張り付けられている。
龍は幸軌たちを見据えると、大きな口を開き威嚇しているようだが、どこか弱弱しく悲しげな表情だ。
大きな黒い瞳はまだらに緑色が浮き出てきたと思えば、また深黒になりその度に大きな口を開けて威嚇する。
まるで何かと葛藤しているような龍の一連の行動に幸軌は、龍のものとは違う暗黒の氣を感じ取った。
すると徐々に大きな瞳は深い緑色に支配されていき。
「桜忍者よ、我を哀れに思うなら、背中に刺さっている神剣で脳天を一突きにしてくれ」
微かに残る自意識から振り絞るように声を出した。
龍の背中には五芒星が描かれており、その中央部に大きな剣が深々と突き刺さっている。
幸軌は頷くと龍の願いと仮面忍者の開放を信じて最後の力を振り絞った。
フンッ!
と両足に力を入れると布でグルグル巻きの右足からは血が噴き出した。
「有慈、足を強く縛ってくれ。」
有慈は無言で頷き、器用な手捌きで血が吹き出す右足を縛り上げる。
紅い紐は幸軌の血を含み、じんわりと暗紅色に染まっていく。
ハァ~~~~。
幸軌は印を結ぶと自分の命と引き換えに不動明王の力を授かった。
見る見るうちに体に力が漲りその背中からは湯気が立ち上っている。
バンッ!
と両足を踏ん張り龍の背中に飛び乗って大きな剣を一気に引き抜くと、続け様に黒龍の頭上から神剣と言われるその大きな剣で頭頂の仮面ごと脳を突き刺した。
ヌギゥ~~~
黒龍はカッと目を見開き、そのまま息を引き取った。
パリーン! パンッパンッパンッ!
大きな音がして龍の体中に張られていた無数の仮面が割れ出してバタバタと地面に落ちて行った。
ドサッ
龍の頭上から床に滑り落ちた幸軌の目は虚ろに天井を泳いでいる。
有慈は駆け寄り幸軌を抱え起こす。
「有慈、子供達を、子供たちを、」
頷く有慈。
「蓮、後は頼むぞ。」
幸軌は死んだ。




